2 王立冒険者学園ヘクトール、入学試験

2-1 王立冒険者学園「ヘクトール」到着早々、イキったブレイズにバトルを挑まれる

「そ、そんなあ……。僕、僕とランの未来のために頑張ったのに……」


 ブレイズはがっくりと肩を落とした。


「次の方、どうぞ」


 受付の優しそうなお姉様から声がかかり、順番待ちの列が進んだ。俺とランも一歩進む。あとふたりだな。


「……モーブ」


 下を向いたまま、ブレイズは俺に話しかけてきた。


「この学園への入学というのがどういう意味か、わかってる?」

「ああもちろん。ここは全寮制だ。学費さえ納めれば、基本的な衣食住が保証される。もちろん、入学試験で冒険能力者として適性が認められればの話だ」

「入試が擬似バトルなんだよ。それは知ってる?」

「そうらしいな」


 入学希望者に模擬戦させて、技術とか咄嗟の判断力を見るんだわ。ゲームで経験してるしさ。


「その試験で、僕は全項目オールA。学園始まって以来の成績を出して、噂の的になったんだよ」

「へえ、良かったな」


 まあ主役だからな。ゲームではこの学園で早くも初期ハーレムを築いて、初戦からモンスターをタコ殴りなんだよなー、ブレイズ。


「だから特待生扱いになって、払込済の学費も全額返還になったよ」


 顔を上げて、なぜか俺を睨む。


「実家はもう無くなったけど、僕、大金持ちになったんだ。ランの学費だって、代わりに払ったっていいんだよ。それがモーブ、君にできるかな。ランを幸せにすることが。僕を頼って学園にのこのこ顔を出したモーブに」


 なんだよ。性格いい設定のくせに、ランのこととなると、俺に絡むなあ、ブレイズ。まあゲーム開始早々メインヒロイン失って、悔しいのはわかるけどさ。


 そもそも、別にブレイズを頼って来たわけじゃない。俺とランの将来のために、とりあえず生活基盤の整った場所に居着きたいだけで。それに村長も口を利いてくれたからな。


「私もモーブも……本当にブレイズを追ってきたわけじゃあ……」


 遠慮がちに、ランが否定した。一応幼馴染だ。傷つけないよう、気を配っているのだろう。


「それに成績とかお金を自慢するの、なんだか子供っぽいよ、ブレイズ。モーブは私の命を救ってくれたけれど、ひとことだって恩に着せたりしないし」


 俺の腕を胸に抱いた。


「ねっモーブ……」


 熱い視線で見上げてくる。


「……そうなんだ」


 ブレイズは唇を噛んだ。


「……なら僕が、入学試験の相手をしてあげるよ」


 ブレイズと俺達を、青く透明な、炎のフィールドが取り囲んだ。同時に、俺達とブレイズは、戦闘開始位置まで離された。こいつはゲーム後半の闘技場でやたらと見ることになる、シミュレーションバトルのフィールドだ。


「止めとけよ、ブレイズ」


 俺は溜息をついた。


「俺もランも、ケンカしに来たわけじゃない。お前もさあ、幼馴染相手になにイキってるんだよ」


 まあ俺自体は、ブレイズなんかほとんど知らないけどな。ゲーム中のモーブが幼馴染設定というだけで、外から来たプレイヤーの俺は別だから。


「なんだなんだ」


 入試受付会場に突然バトルフィールドが広がったので、周囲に人だかりができた。実際の受験は、体育館での模擬戦で行われるからな。そっちはそっちで、今頃誰かが戦っているはずだ。


「おい見ろよ。オールAの噂の天才が、入学前の素人にいきなりケンカ売ってるぜ」

「しかも相手、ふたりともボロボロの服じゃん。貧乏人相手に大人気ないなあ、あのオールA」


 ギャラリーのざわめきを聞きながら、俺はまた溜息を漏らした。めんどくせーっ。


「止めようぜ、ブレイズ。模擬戦とはいえ幼馴染でバトルとか、お互いなんの得もないだろ、こんなん」


 俺を無様に叩き潰して、ランにいいところを見せつけたいんだろうなあ。そら初期ハーレム要員にして、ゲームのメインヒロインだもんな。主人公なら取り戻したいだろうさ。


「始めようよモーブ。剣を抜いてくれ」


 俺の提案は無視。腰に下げた長剣を、ブレイズは抜き放った。刀身は炎に包まれ、めらめらと赤く輝いている。


「イフリートの剣か……」


 こんなレアアイテム、初期装備にしてるんか。これ、初回限定版特典ダウンロードの剣だろ。ゲーム中盤までメイン武器として使える奴やん。


 それに抜けとか言われても、俺、剣なんか持ってないし。どうしろってんだ。


「ねえいいですよね、リーナさん」


 ブレイズは、受付に横目を飛ばした。


「これがふたりの入学試験ってことで」

「あらあら……」


 緊迫した状況にもかかわらず、受付のお姉様――リーナさんって言うのかな――は、のんびりした声だ。


「今期の新入生は、みんな面白そうねえ……」


 頬に手を当て、微笑んでいる。


「そこのふたりは……」


 手元の書類をパラパラめくった。


「……モーブくんとランちゃんね。ブレイズくんと同じ村の出身かあ……。ならまあ、同郷のよしみってことで」


 書類から顔を上げて、俺とランを見た。


「試験と認めてもいいけど。……でもいいの、ブレイズくん。相手、ふたりだよ」

「オールA入学の僕が、素人ふたりに負けるわけないですよね」


 すごい鼻息w いや成績良かったかも知らんけどさ、お前もまだただの新入生じゃんよ。


「そっちのふたりもいいの、それで」

「……どうする、モーブ」


 ランに見つめられた。


「ブレイズの剣からは、強い魔力を感じる。ブレイズ本人はともかく、あの剣はやっかいだよ」


 ランは後々強いヒーラーに育つからな。魔法に対する感受性は高いんだ。レア武器「イフリートの剣」の桁外れの強さを、すぐ感じ取ったんだろう。なんせSTR高いし、属性持ちだしな。所持するだけで軽い炎魔法ならMP消費無しで使えるようになるし。だから中ボス戦だけじゃなく、雑魚戦でなぎ倒すのにも便利なんだわ。バトルタイムとMP節約になるから。


「まあいいか」


 俺は溜息をついた。めんどくさいけど、ブレイズと絡んでやるか……。


「ブレイズがイキってるんだ。なんか相手してやらないとかわいそうだし」

「でも……」

「俺に考えがある。任せろ、ラン」

「わかった」


 信頼しきった瞳で頷いた。


「モーブが決めたなら、私も従う」


 俺は決意した。「即死モブ」たるモーブのゲーム設定では、主人公ブレイズに勝てるはずがない。しかも無装備の俺に対し、相手はレア剣だし。この状況で勝つには、「例の手」しかない。それを使うと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る