2-4 令嬢マルグレーテ・エリク

 この女は……。


 俺は見覚えがあった。もちろんゲームで。


「今のあなたの能力、なに」


 俺を睨みつけている。


「なにもくそも、掌底しょうていを当てただけだが。カラテ……って知らないか。東方の神秘の武術」


 とりあえず適当なことを言っておく。本来のこのゲームでも、格闘士とかニンジャ職だと、空手っぽい技を使うしな。


「嘘っ」


 腕を腰に組んだ。


「あなた、なにか力を隠してるでしょう」

「はあ?」


 こいつなー。マルグレーテとかいう名前だ。同じ新入生で、ゲームのサブヒロインのひとりだわ。最初は辛く当たるけど、学園のイベントを通じて、あっさり主人公ブレイズに陥落して取り巻きになるという。


「あんた。絡むなら俺じゃなくて、そこに転がってるブレイズだろ」


 座り込んで頭を抱えたままのブレイズを、俺は目で示した。


「ブレイズくんはたしかに強い」


 マルグレーテは、あっさり認めた。


「けど既知きちの力で、驚異には感じない」


 いや本人の目の前で言うなよ。かわいそうだろw ブレイズの奴、悔しそうに唇噛んでるし。


「その点、あなたは違う。なにかとてつもない力を隠してるでしょう」


 いや違うし。勘違いだし。ただのバグ技だし。


 なんか、おかしくって仕方なかった。俺、「秘められた力の勇者」みたいな扱い受けてるじゃん。


 まあいいか。せっかく勘違いしてくれたんだから、ちょっとからかっておこう。どうせモブの俺とは、これから先も無関係。エリート勇者パーティーに加わるハーレム要員なんだし。


「なんだバレたか」


 わざとらしく溜息をついてみせた。


「ならついでに予言しといてやるよ、マルグレーテ」

「ど、どうしてわたくしの名前を。初めて会ったのに」


 飛び上がらんばかりに驚いてるな。おもしれー。


「ま、まさかこれも、あなたの能力……」

「どうかなー、マルグレーテ」

「わ、わたくしを呼び捨てにしていいのは、お父様とお兄様だけです。マルグレーテ様とお呼びなさい」

「わかった。マルグレーテ」

「あなたってば……もう」


 腕を組んで、悔しそうに俺を見つめる。


「まあいいわ。それより、予言というのを早く聞かせなさい」


 初見で名前を当てた俺の予言だ。そら気になるだろうよ。


「マルグレーテ、お前はなあ、そこにのびてるブレイズとパーティーを組んで、とびきり仲良くなるんだ」


 おっ。マジか――などと、まだ残っていた数少ないギャラリーから、声が上がった。


「バ、バカ言わないで。あなた、なにをおっしゃっているの」


 真っ赤になって怒ってるな。


「わたくし、男なんてだいっ嫌い。弱いくせにいばるしエッチだし」


 なんか知らんが随分歪んでるな、こいつの男性観。素直なランとは大違いだわ。


「わたくしは、ひとりだけの力で世界を救うのっ」


 はあさすがは勇者パーティー組。いい心掛けじゃん。頑張って魔王を倒してくれ。俺には関係ないけどな。俺はここでランとのんびり暮らすから。


「お前は男の力をみくびってる」


 俺は言い放った。


「そ、そんなことないわ」

「なら……」


 マルグレーテの腕を、強く握った。


「ほら、振り払ってみろよ」


 俺は知っている。マルグレーテは魔法使い、つまりメイジ枠だ。STRが低く力は弱い。モブの俺でも簡単に制圧できるとな。


「いやっやめてっ」

「暴れても無駄だって」


 腕を振り回して暴れたんで、俺の腕に抱かれる形になった。


「ほらな」

「ずるいっ」


 半ば崩折れるような形で抱かれたまま、悔しそうに俺を見上げてきた。


「魔法さえ使って良ければ、わたくしのほうが……」


 唇を噛んでいる。


「わかってるって」


 笑い掛けると、マルグレーテは、すっと素の顔になった。


「わかってる?」

「ああ。あんたは詠唱に優れた、いい奴だ。でも世の中には、力ってものもある。そこを侮るとお前、いずれ死ぬぞ。魔物は俺ほど優しくないからな」

「……」

「それを教えてやったんだよ」


 俺に抱かれたまま。じっとしている。いい匂いするなあ、髪も体も。これやっぱ育ち、絶対いいじゃん。


「……放してよ。もうわかった」

「ああ、ごめんな」


 俺から解放されると、服の皺をぱんぱんと伸ばした。


「あ……ありがと、アドバイス。一応お礼は言っておくわ」

「おう」


 なんだ。ちゃんと礼は言えるんだな。


「エリク家の人間はね、相手がたとえ貴族でなくとも、礼儀は尽くすのよ」

「そうか……。ありがとうな、マルグレーテ」

「よ、呼び捨てにしないでって言ったでしょ」


 真っ赤になると、走ってっちゃった。


 あらー。からかいすぎたか……。


 と、途中で止まった。


 しばらくじっとしていたが、振り返る。


「あ、あなたの名前、モーブよね」

「そうだ」

「そう……。モ、モーブ、よろしくね」


 言い捨てて消える。


「あの娘、モーブのこと睨んでたよね」


 ランは心配顔だ。


「……大丈夫かな。SSSクラスみたいだし、モーブが意地悪されたりとか」

「平気だろ。あいつ、ブレイズとパーティーを組む枠だから基本、俺とは無関係だし」

「えっそうなの」


 驚いてるな。


「……そうなる予定なんだよ」

「へえ……。モーブって、時々未来を見通すよね」


 頼もしげに俺を見上げた。


「君達ふたりには、これから入寮と寮生活の決まりを教えるけど」


 もうギャラリーもすっかり居なくなった。ブレイズも、脚を引きずりながらいつの間にか消えた。最後に一度、俺とランをうらやましそうに見つめて。


 ふたりだけ残った俺とランに、リーナさんが話しかけてきた。


「リーナさん。俺とランは、旧寮に入ります」

「えっ……」


 驚いたように、リーナさんが目を見開いた。


「普通は男子寮、女子寮に入ってもらうんだけど」


 首を傾げている。


「それに旧寮があるって、よく知ってるわね」


 ゲームでおなじみだからな。この旧寮では、けっこうイベントが起こるんだわ。


「この学園は衣食住提供とはいえ、生活費の援助はない。みんな、実家から仕送りをもらうわけで。俺もランも孤児だから、それがない。なっラン」

「うん」


 ランは頷いた。


「私とモーブは、ブレイズとは違うんです」


 ブレイズは、受験費用だけでなく、事前に学費を納入していた。特待生になったことでそれが返還されたはずだから、生活費どころか大金持ちも同然だ。


「だから俺とランは、寮費の掛からない旧寮で暮らします。男子寮女子寮の寮費の分は、現金で支給して下さい。それを生活費にてます」

「なるほど」


 感心したように、リーナさんが頷いた。


「たしかにその手はあるか。……君、生活力と交渉力あるね。十五歳とは思えないわ」


 そりゃあな。安い給料で激務ブラック企業勤めのおっさんだからな、俺の中身は。この程度の工夫できなきゃ、体も心も、五年も前に潰れてただろうさ。


 リーナさんは、しばらく黙った。なにか考えている様子だ。


「でも旧寮知ってるならわかってるかもしれないけど、あそこ今、馬小屋として使ってるのよ」

「知ってます」


 放置場所だからこそ、謎に満ちたイベントが起こるんだわ。ゲームでは、本筋に無関係のランダムイベントが、旧寮で発生する。ちょっとした賑やかしイベみたいな奴よ。誰それが古井戸に落ちたら中に小ダンジョンがあったとか、馬が掘り返した地面から古代の魔法アクセサリーが見つかるとか。そのたぐい


 開発者が当初予定していた要素だけど「本筋と折り合いが悪いから削除した」的な奴を、ここにまとめて突っ込んだと思うんだけどさ。


「馬小屋住まいでも、いいわけ?」

「ええ」

「たしかに馬小屋になってない部分もあるけど、長いこと人が住んでないから荒れてるし、馬の匂いするわよ」


 リーナさんは、ランに視線を移した。


「モーブくんは男だからいいかもしれないけれど、ランちゃんは女の子だし」

「いいんです、リーナさん」


 ランは笑いかけた。


「私もモーブも、田舎育ち。お馬さん好きだし。……世話してもいいんですよね」

「そうしてくれれば、学園はむしろ大助かりだけど……」

「俺達は、なるだけほっておいてください。のんきにやりたいだけなんで」


 実際、ランとの生活を安定させるために入学しただけだからな、俺。別に冒険者になるつもりないし。


 俺の希望に、リーナさんは笑い出した。


「気に入った。あなたたち、変わってるわあ……。冒険者学園に来る子って、ここで貴族にコネ作って出世するんだーとか、近衛兵に取り立てられるんだーとか、みんな野望でギラギラ輝いてるもんだけどねー」


 ほっと息を吐いた。


「ならまあいいわ。旧寮ちょっと荒れてるけど、掃除するなり片付けるなりしてふたり、好きに暮らしなさい」


 俺とランの手を取った。


「私もたまに、様子を見に行くからね」




●次話から新章「第三章 おんぼろ旧寮暮らしの日々」開始。イベント章です。



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