75.決着


「貴様……。我がウェルズリー家の名に泥を塗るだけでは飽き足らず、実の父親に楯突こうというのか!」


 激怒のあまり歪んだその表情は、アルトが夢の中で見た彼の姿にそっくりであった。


「貴様の実力不足が原因で追放されたくせに、そんなに私が憎いか!」


 ウェルズリー侯爵がいくら吠えようと、アルトの心が揺れることはなかった。


「別に今はもう父上を憎んだりはしていません。ただ、俺には護らなくちゃいけないものがあって、それをあなたが壊そうとしている。だから戦う、それだけです」


「ついこの間までノースキルだったお前が、私に敵うとでも思っているのか!? カミーラの魔法を破ったからといって調子に乗っているようだが、勘違いも甚だしい!」


「確かに、前までの俺なら負けてもおかしくなかった。でも、今はもう以前の俺じゃない! 仲間が繋いでくれたタスキを、俺は無駄にしない!」


「ならば猛火に焼かれて後悔するがいい!」


 ウェルズリー侯爵はそう言うと、〝ファイヤーランス・レイン〟を四度唱えた。ウェルズリー侯爵の頭上に現れた炎の槍はその数が尋常ではなく、もはや巨大な壁のようですらあった。

 だが、アルトはそれを見ても怯むことはなかった。

 アルト自身にも理由は分からないが、リリィに抱きしめられてから力が湧いてくるような感覚があったのだ。

 絶対に負けるはずがない、そう思えた。


「<ファイヤー・ランス>起動!」


 アルトの宣言に呼応して現れたのは、たった一つの槍であった。しかも、ウェルズリー侯爵の発動した〝ファイヤーランス・レイン〟の一つよりも小ぶりである。


「やはりカミーラの幻影魔法によって精神が犯され、制御力を失っていたか! 流石はノースキル上がりの能無しだ、自身の精神状態すら把握できていないとは!」


 喜びの声を上げ、アルトを嘲り笑うウェルズリー侯爵であったが、アルトの心は凪いでいた。


「まさかこれほど――」


「今更力の差に気づいたところで、もう遅いんだよ! 偉大なる父親に恥をかかせた罪、今ここで命をもって償ってもらおう!」


 ウェルズリー侯爵が言い終わると同時、無数の炎がアルトに向けて放たれた。

 直後、あまりにも眩い閃光が走った。

 その場の誰一人として目で捉えることができなかった。

 それほどに、ほんの一瞬の出来事。

 ウェルズリー侯爵は、自身が作り出した炎の槍がボロボロと崩れていく様を目の当たりにしていた。


「何が……起きた……?」


 疑問を抱いた直後、彼は自らの身に起きたことを徐々に理解する。

 いやに熱を持った腹部。

 触れると、どろりとした生暖かい液体が手を赤く染めた。

 結界はいつの間にか塵となり、その残滓を空(くう)に漂わせていた。


「一撃で……結界を貫通した……だと……?」


 痛みを感じるよりも前に、視界がぼやけ始めていた。

 ウェルズリー侯爵は、信じられないものを見るような眼差しをアルトに向けていた。


「私が…………負けた…………?」


 だんだんと体から力が抜けてゆき、四肢が言うことを聞かなくなる。

 膝をつき、両手をつき、それでも体を支えられなくなって、地面に倒れ伏した。


「覚えて………………いろよ………………!」


 それだけ言うと、ウェルズリー侯爵の意識は失われていった。

 一陣の風がアルトの頬を吹き付ける。


「――まさかこれほど強くなれるなんて」


 アルトは自分が発動したスキルに驚いていたのだ。

 そこにフランキーの声が聞こえてきた。


「おい、アルト! こっちも片付いたぜ」


 振り返ると、アルトを苦しめた幻影魔法の使い手が倒れているのが見えた。

 フランキー、リリィ、ミアの三人が共闘して無事に戦いを制したようであった。


「さっきの雷みたいな光はアルトが出したのか?!」


「いつの間にあんなスキル使えるようになってたのよ!」


「……ユニークスキルが進化したのですか?」


「確かに俺が発動したスキルで間違いないんだけど、……あれ、いつものスキルと同じものを使ったんだ」


「同じスキル? だとしたら、なんであんな爆発的な力が出たんだ?」


 フランキーの疑問に他の二人も同意するようにアルトを見つめた。

 実のところ、アルトもはっきりと理由が分かっていたわけではない。

 ただ、リリィに救われた後から変化が生じたことは確かだった。

 それをどう説明したものか、アルトが思案していた時に、離れたところから足音が聞こえてきた。

 音の主を目にした瞬間、第七近衛隊全員に緊張が走った。

 そこにはリチャード王子と彼を護衛する近衛騎士の姿があったのだ。

 フランキーはゴクリと唾を飲み込んだ。

 王女暗殺に係る一連の騒動は全て裏で王子が糸を引いていた。シャーロットの話から第七近衛隊はそう理解していたが、決して証拠があるわけではない。


「王子様……隣国にいらっしゃると聞いていましたが」


「そのとおり、王様と我とで隣国に訪問していたところだ」


「……では、なぜこちらに……?」


「昨夜に王様を呼び戻す伝令があったのだよ。王様は重要な外交の交渉中であるため、代わりに我が戻ってきたのだが……これは、何があった。報告せよ」


 フランキーは、王女様が王様を呼び戻すために使いを送った、と言っていたことを思い出していた。自体を打開するための行動が、まさか敵の総大将を呼び寄せてしまうとは思っていなかった。

 下手な言質をとられてしまえば第七近衛隊に無理やり罪を着せることだって可能であるため、フランキーは悩んだ。

 だが、逡巡の後、出来事をそのまま話すことに決めた。


「あそこに倒れている二名が王宮の特別護衛結界の魔法陣を破壊していたのです。王女様護衛の任務遂行のため、危険行為に及んでいた二名を制圧しました」


「倒れているのはウェルズリー侯爵のように見えるが、特別護衛結界を解除しようとしていたのは確かか」


「はい、この辺りにあったはずの魔法陣は既に破壊されています」


 王子が目で合図すると、近衛騎士は素早い動きで魔法陣があったはずの場所を確認し始めた。満開になった草花が地面を覆っているため、一目見ただけでは魔法陣の状態が不明なのだ。

 近衛騎士が一(ひと)とおり辺りを確認し終えると、立ち上がってリチャードに声を掛ける。


「確かに、魔法陣は消滅しているようです」


「そうなると魔力制御の首輪が必要だな。すぐ兵を呼んで連行しろ」


「はっ!」


 近衛騎士が倒れていた二人の脇を駆け抜けて王宮へ向かう。

 その気配でウェルズリー侯爵の意識がうっすらと戻った。

 朦朧とした状態の中で、リチャードがいることに気づいたウェルズリー侯爵は、まるで神様を見つけたかのように目を見開く。

 思いどおりにならない手足をなんとか動かして、這うようにしてリチャードに近づく。


「お、……さま! おう……じ……さま!!」


 うまく回らない呂律でも、彼が必死に王子を呼んでいることだけは分かった。

 だが、それを見たリチャードの目は酷く冷たかった。


「おうじさま!!」


「寄るな、汚らわしい! 反逆者め!」


 ウェルズリー侯爵は投げかけられた言葉の意味が飲み込めない様子であった。

 そして、城兵を連れてすぐに戻ってきた近衛騎士が、倒れている二人に魔力制御用の首輪を取り付ける。


「おい、きさま、は、だいよんぶたいの……」


 かつて武闘派騎士として知られたウェルズリー侯爵だったが、騎士団の内部では部下を使い捨てのように酷使していた。

 今彼を連行しようとしている近衛騎士は、かつて騎士団でウェルズリー侯爵の部下だった人物であり、権力にものを言わせた横暴の被害者でもあった。


「わかぞうが……こんなこと……許されないぞ!!」


 近衛騎士は何も答えず、淡々とウェルズリー侯爵を拘束すると、半ば引きずるようにして歩き出す。

 連れ去られる間際、彼はものすごい形相でアルトを睨んだが、もはやアルトの心の中には父親に対する畏怖や恐怖心といったものは完全に無くなっていた。


「国家への反逆者である彼らの陰謀をよくぞ阻止してくれた。王様にはこちらからも報告しておこう。君らはシャーロット王女の元に戻りたまえ」


 そう言うと、リチャードは近衛騎士の後を追うようにして去っていった。

 リチャードの姿が見えなくなると、フランキーは大きくため息をついた。


「ウェルズリー侯爵はアンタの仲間じゃなかったのかって話だよな」


 リチャードの非情な尻尾切りの瞬間を目にした一同もフランキーと同じ気持ちであった。敵とはいえ、見ていて気持ちの良いものではない。


「親父があんなことになっちまって……なんつーか、気の毒だな」


 血筋を重んじる貴族だからこそ、フランキーはアルトに同情の声を掛けた。

 リリィとミアもどこか心配そうな表情であった。

 しかし、当のアルトの表情は明るかった。


「父上と違って、今の俺には仲間がいます。だから心配ありません」



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