74.復活
アルトは暗い世界で震えていた。
洗脳によって記憶の一部が欠落した意識は、最も見たくなかった未来を写していた。
誰にも認めてもらえず、誰にも頼ることができず、ただただ蔑まれ、貶される生活。カミーラの幻影魔法によって、深層心理に埋まっていた恐怖が、何百倍にも増幅されてアルトの前に現れているのだ。
あまりに追い詰められた心はいつ崩壊してもおかしくない状態にあった。
そんな時、この果てしない暗闇の中のどこか遠くから光が差し込んでくるのを感じた。
初めは気のせいではないかと思った。
しかし、光は徐々に強くなっていき次第に存在感を増していった。
まるで陽光のような、全てを包み込むような暖かくて心地よい光。
「わたし……はここ!」
途切れ途切れに聞こえた言葉。
いつかどこかで聞いたことのある声。
アルトの心にあった恐怖は氷が溶けるようにして徐々に形を失っていく。
「アルト!! 私の手を取って!!」
いつの間にか全てを思い出していた。
今のアルトは決して一人なんかではない。
それは、ウェルズリー侯爵によって追放され、失意のどん底にいた時に、アルトの目を覚ましてくれた人物がいたからだ。
「ああ、そうだ。あの時も救ってくれたのはリリィだった」
アルトは手を伸ばし、光の中の手を取った。
「――ッ! 何が起きているの?」
カミーラは目を見開いていた。
幻影魔法は人間用に作った魔法ではあるが、あまりの威力により、付随的に周囲の動物や植物の生気を失わせることができる。
魔法陣を傷つけることなく発見する必要があるというウェルズリー侯爵の指示により、わざと幻影魔法を地面に打って、周囲の草木を全て萎れさせていた。
それらはほとんど枯れかけと言ってもよい状態であったはずなのだが、なぜか徐々に生気を取り戻しているように見えた。
そしてついには、完全に幻影魔法の術中に嵌めたはずの二人が意識を取り戻したのだ。
「明るい……戻ってこれたのね。――アルト! アルトは!?」
「リリィ、ありがとう。俺も戻ってこられたみたいだ」
アルトはまだ痛む頭を片手で抑えながら、それでもはっきりとした意識で立ち上がった。
「暗くて苦しい夢の中で、リリィが俺の名前を呼んでくれたんだ。それで全部を思い出すことができた」
「よかった、ほんとうによかったよ」
リリィがアルトを抱きしめる。
すると、つい先ほどまでガンガンと響いていた頭痛も薄れてゆき、やがて完全に消滅した。
その光景を驚きの表情で見ていたのがカミーラだ。
「ワタシの完全な幻影魔法に掛かっていたのに、精神が崩壊していない……? 完成したはずの魔法が、打ち消されている……? そんなこと、あり得ない!」
カミーラは杖を大きく振った。
「********************************************************************************」
カミーラが幻影魔法を詠唱すると同時、リリィはアルトから離れ、振り返り様に手をかざした。
リリィの思いに呼応するように、眩い光が辺りを包み込む。
すると、草木は一斉に色とりどりの花を咲かせた。花びらが舞い散る中で凛と佇むリリィの姿に、アルトは神聖さすら感じていた。
カミーラが放った幻影魔法は確かにアルトに命中していた。
だが、精神を蝕むはずのそれは、一切の効果を発揮せずに終わっていた。
「詠唱なしの防御魔法?! 分からない、ワタシの魔法体系には無い。一体何をした?!」
「私にあなたの魔法が理解できないように、きっとあなたにこれは理解できないわ」
自分が組み立ててきた魔法が正体不明の力によって打ち消されたカミーラは歯噛みする思いであった。
それと時を同じくして、一帯が華やかになったことでアルトの復活に気づいたフランキーが声を上げた。
「アルト! 無事か!」
「はい!」
「なら交代だ! 俺たちじゃ侯爵には勝てねぇ! 悪いが任されてくれ」
「分かりました」
一瞬、アルトとフランキーの視線が交わる。
「頼んだぞ!」
力がこもったフランキーの言葉をアルトは確かに受け取った。そうして、アルトとウェルズリー侯爵は正面から対峙した。
想定外の事態に、ウェルズリー侯爵のこめかみには青筋が浮き出ていた。
「カミーラの幻影魔法を打ち破ったというのか?」
「俺だけでは無理でした。でも、リリィが俺を救ってくれた。だからもう次は失敗しない。あなたの企みは全てここで終わらせる!」
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