73.リリィの覚醒2


 リリィが気づくと、そこは暗闇の世界であった。


(私、失敗したの?)


 戦いの最中、敵の長い詠唱が完了した途端、この世界に立っていた。

 意識ははっきりしている。

 だが体の自由はほとんど効かない。辛うじて首を回すことはできるが、それで精一杯だ。


 なんとか辺りを見回すと、かなり遠い場所に何かが見えた。光も何もない世界に、異質な何かがふんわりと浮いている。

 目を凝らして見れば、それは虚空でうずくまったアルトの姿であった。

 アルトは明らかに苦しんでいた。

 リリィの目には映っていない何かに怯えているようであった。


(アルトは幻を見ているの……? つまり、これがあいつの言っていた幻影魔法の効果?)


「…………!!」


 リリィは必死で呼びかけようとするが、言いたいことが音にならない。


(あんなにアルトが苦しんでいるのに、私は見ていることしかできないの……?)


 リリィは悔しさで唇を噛む。


(アルトが家を追放された時、何もできなかった。アルトが強くなって帰ってきた後だって、戦っている傍で見ていることしかできなかった)


 リリィが先に騎士となり、後にアルトが入団した。二人で騎士になるという夢は叶った。

 だけど、いつの間にかアルトはリリィの遥か先を歩いていた。

 いつでも力になりたいと思っていたが、アルトにリリィの力は必要ないように見えた。

 そして、いざアルトが苦しんでいる今、自分はただ見ていることしかできない。

 なんとかしたい。でもなんにもできない。

 そんな歯痒い気持ちから、リリィは拳をぎゅっと握り込んだ。

 すると、リリィは右手に微かな温もりを感じた。


(この温かい感じ……最近どこかで……)


 記憶を探るとすぐに思い当たった。

 それは、グラムやカーターがいた北の街で、心を閉ざした少女の拳を両手で包んだ時だ。

 その時は少女の体温が手を通して伝わってきたのだとばかり思っていたが、今は手の中に何もない。

 自身の握った拳を見れば、指の隙間から仄かな明かりが漏れていた。


「これ……は……いったい……」


 そこまでしてリリィは気付いた。

 掠れているが声が、出ている。

 ぎこちないが、体も動くようになっている。


(この不思議な手の光が、私を縛り付けていた何かから解放してくれた?)


 今この時もアルトは苦しんでいる。

 アルトを苦しみから解放できるなら、よくわからない力だって構わない。

 リリィはアルトに向かって手を伸ばす。

 使い方なんて検討もつかない。

 だから、ただひたすら念じた。

 この暗い世界を明るくしたい。

 苦しんでいるアルトの助けになりたい。


「アルト、……わたし……はここ!」


 さっきよりも確かに声が出るようになっている。

 手の中の光も強さを増している。


(やり方は、間違っていないはず……!)


 リリィはさらに念じ、そして思い切り大きな声で叫んだ。


「アルト!! 私の手を取って!!」

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