56.叙勲
ワイローによるシャーロット誘拐事件から半年が経とうという頃。
アルトは王宮内の小さな一室に待機していた。この日は勲章の授与式があり、アルトはその主役であった。
同室にはリリィとミアの姿もあった。アーサーとフランキーは別の緊急任務に奔走しており不在にしている。
「……アルトさん……緊張してますか?」
ミアが尋ねる。
「緊張はしてないんだけど、俺一人が勲章を受け取るのはやっぱり気が引けるんだよ。それに、勲章なんて大袈裟すぎるとも思うし」
今日の授与式の主役はアルトただ一人であり、同じ第七近衛隊所属として同席するリリィとミアへの叙勲はない。
「アルトさんが一番活躍してましたから……だから何もおかしくないと思います……!」
「ミアの言うとおりだと思うわ」
「んー、でもなぁ」
「この前も言ったじゃない、私とミアができたのはほんの少しの時間稼ぎ程度。アルトがいなかったら私とミアは確実に死んでいたんだし、アーサー隊長とフランキーさんだってどうなっていたか分からないでしょ」
リリィは腰に手を当てる。
「それに、縁起でもないことだけど、もしアルトのユニークスキルと機転がなかったら、王女様の命だって無かったかもしれないのよ? そう考えれば、絶対勲章を受け取るに値すると思うわ」
こうも熱弁されると、アルトとしても言い返すだけの気持ちは湧いてこなかった。
宮廷の使いの者から呼び出しを受けたのは、それから間もなくであった。
案内された部屋は、これまでアルトが見てきた部屋の中でも一際きらびやかであった。
そこには国内の有力貴族が詰めかけていた。
中央やや奥の位置に唯一用意された椅子には王様が腰を下ろしている。
その脇には、宰相らしき人物と王女様が控えており、さらによく見れば王子様とウェルズリー侯爵が貴族に紛れて並んでいる姿もあった。
アルトはウェルズリー侯爵家と完全に縁を切った形ではあるが、やはりその姿を見るとドキリとさせられる。
国中の貴族が集まっているのだから、父親が来ていることにも深い意味はないはずだ、とアルトは心を落ち着ける。
「アルト、前へ」
緊張に僅かな不安を混ぜたようなアルトの心の内を知ってか知らずか、隣に立っていたリリィが一瞬だけ手を握る。
たったそれだけのことで、みるみるうちに気持ちがほぐれてゆく。
アルトは一度深呼吸をして、お腹に力を込めて声を上げる。
「はっ」
フランキーから教わっていたとおり、一度深くお辞儀をしてから前に出る。フランキーはギルフォード伯爵家の現当主であり、騎士としての歴も長いため、このあたりの作法についてよく知っていたのだ。
「貴殿は王女シャーロットの命を二度に渡り救った。さらに、Sランク相当の魔物を二体も葬り、国が重大な危機に直面することを未然に防いだ。このことに間違いはないか?」
「ございません」
「よい。議会は全会一致でその功績を認めた。その証として、ここに勲章を授与する」
王様の言葉に、一部の貴族からは「王女派の叙勲に王子派の議員が賛成するなんて……」 といった声が上がった。
王女派、王子派、中立派が混在している議会において、勲章の授与が全会一致で可決されるなどこれまで無かった。
なぜなら、誰かが叙勲されれば、その人間が属する派閥の勢力が強まる。つまり、敵派閥の人間の叙勲に賛成するなど、通常はあり得ないのだ。
ところが、今回の叙勲は全会一致で決まったというのだ。会場内の貴族にはこのことに疑問を持つ者もいたが、今更誰かが待ったを掛けられるような類のものではない。
「今後も国益への尽力を期待する」
王様がそう締め括ったので、アルトは敬礼で応える。
すると、シャーロットがアルトの元へ歩み寄り、その胸に勲章の証であるリボンを付けた。
そして、アルトにしか聞こえないような声で囁く。
「これ、本当は宰相の役割なんですけど、どうしてもこの役がやりたいってお願いしちゃいました。たまにはワガママもいいものですね」
シャーロットはほんのりと頬を紅潮させていた。
なぜ宰相ではなく王女がリボンを付けているのか、会場は置いてきぼりである。
ただ、その光景を見て感じることは十人十色であり、不思議に思うだけの者もいれば、王族からの寵愛を羨ましがる者もいるし、王女派閥の人間であることが明白になったことで今後の動き方を考える者もいる。
そんな中、リリィはどこか遠くを見ているような気持ちになっていた。
(分かってはいたことだけど、やっぱりこうして見ちゃうと、アルトがどんどんすごい人になって遠くに行っちゃう感じがするな……なんだか置いていかれちゃうのかな……)
リリィは自然と過去の自分を思い起こしていた。
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