55.ボン・ボーンとエラソーの出会い
罪人を収監し、強制労働をさせる鉱山施設。
土煙が常に舞う中、囚人たちは魔法石の採掘を行っていた。
他人に毒を盛ったこと、公的な催しである騎士選抜試験を意図的に妨害したこと等を罪に問われていたボン・ボーン。彼もこの鉱山施設で強制労働をする一人であった。
そんなボンの声が、突如として施設内に大きく響き渡る。
「いだいぃぃぃい! 足に傷があぁぁぁ! ああ! 病気が傷口から入ってきた! これはまずいぞ! じびれるぅぅ!」
彼は今朝、他の囚人から聞いた話を早速実行に移していた。
労働中、採掘のために利用していたツルハシを空振りするフリをして、そのまま自らのふくらはぎに突き刺したのだ。
感覚の麻痺した足は引き摺って歩くことになるため、これでは採掘の足手まといになるばかりである。こうすることで、しばらくは鉱山内の休養施設で休むことが出来るというのだ。
罪人の強制労働とはいえ、肉体労働経験者であれば十分に続けていける程度のものである。
しかも休養施設にいる間は服役期間から除外される。つまり、休めば休むだけ、懲役が伸びるということになる。
これらを総合して考えれば、動けなくなるほどの傷を負うよりも真面目に働いていた方が得をする仕組みになっているのだ。
だが、ボン・ボーンは伯爵家生まれの生粋の貴族である。
力仕事は全て使用人に命じれば済んでいたこともあり、体力的な面はからきしダメであった。
そんな彼にとっての鉱山施設での労働は、毎日毎日体力を完全燃焼させる必要があるほどの苦役であった。
堪え性のない性格も相まって、ついに今回の自傷行動に至ったのである。
「あ、あじが……足がうごぎまぜんんんぅぅ!」
「おい、こいつはしばらく使い物にならん! 休養所へ送れ!」
ボンが躊躇なく一息に振り下ろしたツルハシは深く肉を抉っていたため、監督官も彼の演技を疑うことはしなかった。
休養施設に送られると、救護係の男によって止血が行われた。
簡単な応急処置が済むなり男は立ち上がり無言で去っていこうとするので、ボンはその背中を呼び止めた。
「おい! 薬草もポーションもまだ受け取っていないぞ!」
男は一瞬足を止めたが、振り返ることもせずそのまま歩き出してしまう。
「ボクはボーン伯爵家の跡取りなんだぞ! お前のような下働きなどボクの一言で容易く失職させることもできるんだ! はやく薬を持ってこい!!」
必死の叫びも虚しく、ボンの言葉はゴツゴツとした岩の壁に反響しただけであった。
むしゃくしゃした気持ちであったが、しばらく働かなくて済むことには違いない。久しぶりに時間を気にせず眠ることができる、そう思い横になる。
すると、そんな彼に話しかける声があった。
「ボーン伯爵家の跡取りと言ったな?」
「ん?」
「あの代々魔法適正の高い家系で知られるボーン伯爵家の息子であるのか、と聞いている」
突然の上から目線に、ボンは苛立ちを募らせて体を起こす。
「だったらどうした」
「ちょうど良いところに運ばれてきた。貴様を我がエラソー軍団の仲間に入れてやろう」
「エラソー? 随分と偉そうな割に聞いたこともない名前だな。ボクは家の助けが来るのを待つんだ。オマエみたいな薄汚い平民風情と仲良くやるつもりはないぞ」
「ふん、元Sランクパーティ隊長のこのエラソーを知らんとは、伯爵令息といっても見聞が狭いようだな。まぁ俺の強さは後々存分に教えてやるとして、貴様、焼き印を見る限りかなりの罪の重さのようだな」
「オマエには関係ないことだろ」
「そう決めつけるのは早計だな。俺の首筋も見てみろ、同じ刻印で間違いなかろう」
「確かにそうだけど……」
「新人に残念なお知らせだが、この刻印を持つのは王家の怒りに触れた者であり、刑期が延長される例はいくらでもあるが、短縮された例はないそうだ。それがたとえ公爵家の関係者であったとしても、だ。ならば伯爵家の権力など尚のこと期待できないだろう」
「そ、そんなぁ……」
ボンは心から落胆し、両手を地面につくとがっくり項垂れた。そしてぶつぶつと独り言を始める。
「ボクはちゃんと学校で一番大きい派閥を作って、有力貴族の息子にはゴマをすって、先生にだってうまく取り入って抜け道を教えてもらえるようになっていたのに……これで晴れて騎士になれるはずだったのに……なんで誇り高きボーン家のボクがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ……それもこれも、試験で突然現れたアルトが悪いんだ――」
「おい、今なんと言った!」
「ボクは騎士になるはずのエリートだと言ったんだ!」
「そこじゃない、その後だ」
ボンは苦い記憶を思い起こしていた。
「あぁ……王女様の推薦で試験に参加した卑しい平民のアルトってやつがボクの人生をめちゃめちゃにしたんだ」
それを聞いたエラソーは目を輝かせた。
「貴様もあの無能アルトによって陥れられたというのか!」
「え……ってことはアンタも?」
「そう! アイツが俺をハメたんだ。あの無能さえいなければ、俺だって今頃は宮廷から騎士としての誘いが来てるはずだったんだ。クソ、思い出すだけで腹が立ってくる! ほんとに許せねぇよな!?」
テンションの上がったエラソーとは対照的に、ボンは静かだった。
騎士選抜における第一試験、ボンは直接アルトと戦っていた。騎士学校ではトップクラスの魔法適性を有していたボンは、多少舐めてかかっていたとは言え、重要な試験の場において手を抜いたつもりはなかった。
しかし、それでも勝てなかったという事実をボンは冷静に受け止めていた。
「復讐はしたいさ……でもアイツの実力は本物だ」
「無能が怖いのか?」
「いや、悔しいけど、ボクが最後に見たアイツは無能なんかじゃなかった。仕組みは分からないけれど、第三の試験で〝ファイヤー・ランス〟を十六連打もしたんだぞ! あんなの、ほぼ最上級スキルだ。天才のボクにだってまだそんなことはできない」
「なるほど、あの無能はいつの間にかそんな力を手に入れていたのか。だが所詮はただの脳筋野郎ってことだろう? それなら俺たちにもやり方がある」
やけに前のめりなエラソーに対して、ボンは意気消沈していた。
「いくらアンタに策があったって、さっき自分で言っていたじゃないか。ボクたちはしばらくここを出られないんだろ? 懲役が終わって復讐を実現できるのなんて何十年も後なのに、そんなことを妄想したってなんの意味もない」
「いや、実はそうでもないんだ」
「……?」
「さっき、ちょうど良いところにきた、と言った理由がそれだ」
エラソーは声のトーンを落としてニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「貴様に実力があることを見込んで話すぞ。ここだけの話、外部からの手引きがあってな。秘密裏に脱獄計画が進んでいる」
「……っ!?」
「話が広がりすぎると計画が失敗するから、休養施設にいるヤツの中で使えそうなヤツを集めろ、という指示を受けている。ボーン家の魔法適性の高さは間違いなく役に立つから仲間に入れてやる」
「でも——」
「言いたいことは分かる。脱獄してもまたすぐに捕まるんじゃないかってことだろ? 実は騎士を倒せるようにある貴族の家で秘密裏に開発された道具があるって話で、それを貸してもらえることになっている」
「いや、それっておかしくない? 王家の怒りを買ったような人間を脱獄させて力も与えるなんて、そんな危険をいったい誰が……」
「鋭いな。今回の話は今の王様や王女様とは別の派閥の手引きだ。つまり、これが上手くいけば国が大きく変わる、だからその波に乗るんだ。俺たちがうまくやれれば、新たな騎士として登用するという約束も貰っている」
「なるほど。国が変わるならアルトの後ろ盾である王女のことを心配する必要はなくなるし、さっき言ってた道具でアイツもボコボコにできる。これでアイツの全てを奪ってやれるってことか!」
「話がわかってきたじゃねぇか」
こうしてエラソー軍団が一人増員したのであった。
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