第三章 王位争奪編

54.ウェルズリー公爵の決意



「よくもまあノコノコと我が目の前に出てこられたな、ウェルズリー」


 片膝をついたウェルズリー公爵をリチャード王子は睥睨する。


「ワイローがしくじった原因は、お前にもあったという噂を聞いているが?」


「確かにワイロー公爵の作戦の要であったモンスター、スカルデッドを用意したのは私でございます。しかし、ワイロー公爵が失敗したのは、あの男の実力を見誤っていたからです」


「あの男……目障りなアーサーの対策はスカルデッドで十分だったのではないのか?」


 リチャードはここまで一度も表情を変えていなかった。


 彼はいつもこうである。たとえ話し相手が王であろうと部下であろうと罪人であろうと、そんなことは関係なしに、常にお面を貼り付けたような冷たい表情をしているのだ。


 部下は王子の冷たい表情を前にすると萎縮してしまう者が多い。

 しかし、ウェルズリー公爵も一代で成り上がった切れ者である。相手が王子であるこの場でも臆することなく発言を続ける。


「おっしゃるとおり、第七近衛隊長であるアーサーの対策は確実に施されているとワイロー公爵から聞いていました。ですが、警戒すべきは彼のみではなかったということでございます」


「アーサー以外に脅威になり得る、そんな人間が王女派に存在していたか?」


「アルト、という名の新人騎士でございます」


「新人騎士のアルト、どこかで聞いた名前だが……」


「王女様による推薦を受けて飛び込みで騎士選抜試験を受けたあのアルトでございます」


「シャーロットの推薦か、なるほど、確かに記憶にある。ボーン家の策略を打ち破ったことは知っていたが、まさかワイローすら失脚に追い込むほどの実力だったとはな」


 そこでリチャードはウェルズリー公爵の正面にしゃがみ込む。


「だが、必要なのは過程ではない。結果だ。注意すべき人物が増えたからどうだなどと言い訳を並べても何の意味もない。王女は生きている」


「…………」


「おかげで王位継承の権利は王女側に傾きつつある。殺さねばならないのだよ、王女を。なあウェルズリー、どう落とし前をつけてくれるんだ? ワイローよりも権力の小さいお前に、それが出来るというのか?」


 そう問われ、ウェルズリー公爵はようやく面(おもて)を上げた。


「アルトという男、現在は家を失った平民でございますが、かつては我がウェルズリー家の長男でした。ヤツに関する情報の多さ、調査のしやすさなら私の右に出るものはおりません。また、私は騎士団出身であり、裏の世界を含めて腕の立つ者を多く知っています。荒事であればワイロー公爵以上の働きをして見せます」


 過去のこととは言え、かつては騎士団随一の武闘派として知られたウェルズリー公爵である。そんな男の言葉であるからこそ、リチャードは一考に値すると判断した。


「そうは言うが、結局のところ同じ轍を踏むのではあるまいな?」


「これまでアルトが重ねてきた実戦の情報を入手し、既に弱点は握りつつあります。ヤツを倒す算段はついているのです。ボーン伯爵やワイロー公爵の二の舞になることは決してございません」


「口でならどうとでも言えよう。その算段とやらの有用性を我に証明して見せよ。この目で見るまで信用するつもりはない」


「承知しました。数ヶ月のうちには準備が整います」


 リチャードは椅子に座って足を投げ出した。


「良いだろう。それであれば王位継承権の決定にまだ間に合う。こちらで機会を整えよう」


「はっ!」


「無事、力を示した後(のち)には王女を殺してもらうことになる。その目的を念頭に置いて動け。成功した暁には、一度ミスを犯したお前であっても取り立ててやろう」


「ありがとうございます!」


「力は正義なり、だ」


 リチャードの言葉には、普段よりもわずかに力が込められていた。


 ウェルズリー公爵は屋敷に戻るなり、使用人を呼びつけた。

 この使用人はウェルズリー公爵専属の執事を兼ねる人物であり、これまでも表の仕事から裏の仕事まで、手際よく捌いてきた実績がある。ある意味で、彼の命はウェルズリー家の盛衰と共にあると言っても過言ではない。


「ご主人様、そ、それは誠でございますか……⁉︎」


 清濁合わせ飲んできた彼ですら、今回のウェルズリー公爵が告げた命令を一息で飲み込むことはできなかった。


「そんなことをすれば、我々の手に負えぬほどに国が混乱に陥るやもしれませんが、よろしいのですか⁉︎」


「問題ない。寧ろ多少騒ぎになってもらわねば困る。騎士団を中央の王都から分散させるのが狙いだ。人物の選定は任せるが、そのほとんどは目眩しにすぎない。そいつらは騎士団に勝てなくても構わない。ある程度御し易く、お前が何とか出来る範囲で進めろ。内々に進めていた魔力凝集装置もついに完成することになるだろうから、使用してもらって構わない」


「そこまでは私でも何とかできますが……」


「お前の心配は十分にわかっている。安心しろ、本命のカミーラはこちらで何とかする」


「承知しました……」


 その言葉を最後に使用人は部屋から下がろうとした。しかし、ドアノブに手を掛けたまま動かない。


 ウェルズリー公爵は眉根を寄せた。


「ん? どうした」


「い、いえ……、何でもありません。どうかご武運を」


 そう言い残して使用人は去っていった。


 ウェルズリー公爵は大きく息を吐き、天井を見上げた。


「ご武運を、か。――大罪人カミーラを使うのだ。確かに私も覚悟を決めなければならないようだな」

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