50.分かれ道



 †


 ――王女はさらわれて、そのままミントンから少し離れた山に連れてこられた。

 霧の立ち込める人里離れた山奥。

 少し開けた場所で、王女を待っていたのは、よく見知った顔の人間であった。


「ワイロー大臣!!」


 ――そう。

 王女を連れ去ったのは、他でもないワイロー大臣であった。


 その前に膝をつく王女。


 この国で二番目に偉い人物が、自分の目の前にひざまずいていることにワイロー大臣は途方もなく恍惚とした表情を浮かべていた。


「なぜこのような暴挙に」


 王女が下から睨みつけてそう聞くと、ワイローは笑いながら答えた。


「暴挙などではない。完璧な作戦だ。そしてこうして人里離れた山奥で、あなたを殺すことができるのだから」


「私を殺したいだけならば、あの場ですぐに殺せばよかっただろう。なぜそうしない」


 近衛騎士たちが倒されていく中、シャーロットは死を覚悟していた。だが、実際には殺されず、こうしてワイローの前に連れてこられただけだった。

 それが疑問だったのだが、ワイローは鼻で笑って答える。


「安心してください、王女様。ちゃんと殺して差し上げますよ。だがその前に、一番目障りな男――あの近衛騎士のアーサーもついでに殺したいのでね。あなたには人質になってもらいます」


 王女を殺すだけであれば、もっと簡単だった。

 だがワイローにとって、それ以上に目障りなのはアーサーだった。


 実際、これまでアーサーはワイローの悪だくみを幾度となく粉砕していた。直接逮捕されるというようなことこそなかったが、受けた損害は計り知れない。


 だがアーサーさえ倒してしまえば、宮廷にワイローの敵はいなくなる。


 そして、この峡谷にはアーサーを倒すための罠が準備してあった。


「ふひひ、我ながら完ぺきな作戦ですよ。モンスターに民が苦しめられていると聞けば、あなたがアーサーたちを向かわせることはわかっていました。別動隊として使うためにわざわざ作ったのが第七近衛隊ですからね。そうしてエースのアーサー隊長があなたのそばを離れたところを狙って襲撃し、こうしてあなたを囮にする。当然アーサーはここまで追ってくる。そして――私たちのとっておきの魔物に食い殺されるのです」


 大臣はそう高笑いするのだった。


 †


 さらわれた王女の後を追って、アーサー隊長たちは馬を走らせていた。

 王女の誘拐には馬車が使われていて、土の道にはその跡が残っていた。


「隊長、少し変ですね……」


 アルトが言うと、アーサーもうなずく。


「わざとだろうな」


 アルトたちは、さらわれたと思われる王女を追うのに、さほど苦労しなかった。

 というのも、馬車の通った後が、不自然なほどはっきり残っていたのだ。


 前日まで雨が降っていたわけではないにも関わらず、輪の跡がくっきり残っていた。


「おそらく、我々を誘う罠だろう。王女を殺すだけならその場で殺せばよい。そうしなかったのは、王女を殺すだけではなく、我々も一緒に始末したかったのかもしれないな」


 アーサーはそう分析していた。

 つまり、罠とわかっていて、そこに飛び込もうとしているのだ。

 危険は重々承知だったが、王女をさらわれた以上、他に手がない。


 騎士になった以上、アルトたちもその危険は覚悟の上だった。


 馬車は峡谷に向かっていた。

 山々の間の道を進んでいく。


 だが、少しして問題が起きた。


「……分かれ道か」


 山の道は2つに分かれていた。

 そして、質の悪いことに、馬車の跡はその二つに伸びていた。

 つまり、


「我々を分断しようという作戦だな」


 道は二本。

 王女様は一人。

 ならば、どちらかが当たりでどちらかが外れ。


 言うまでもなく、敵の罠だ。

 だが、それに対してアーサーは即断即決で指示を出す。


「俺とフランキーは右に、アルト、リリィ、ミアは左に別れて向かってくれ」


 †

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