41.父


 アーサー隊長から三つのエンブレムを受け取り、振り返るミア。


彼女は絶体絶命で迎えた最後の試験で、騎士の座を掴み取った。

 その瞳には涙があふれていた。


「アルト……ありがとう。アルトのおかげで騎士になれた」


 アルトの前まで来て、片手で涙をぬぐいながらそう言うミア。


「いや、俺はそんな……ミアが頑張ってきただけだよ」


 自分も騎士になれたが、それよりもミアが騎士になれたことがもっとうれしく感じた。

 まだまだ短い付き合いだったが、期待されなかったという待遇がどこかで自分と重なっていたのだ。


 ――と。


 アルトは少しして遠くにいる人物に気が付く。


「ミア、あそこ」


 アルトはミアに目くばせでその場所を示す。


 ミアが振り返ると、その視線の先には――


「お父様……」


 観客席にいたのは――ナイトレイ伯爵。

 試験で結果を残せない娘を、家の恥だと言った男だ。


 ミアははじめ言葉を紡げずにいた。


 けれど、少しして、一つ呼吸をしてから、ようやく言葉にした。

 

「私、騎士になったよ」


 娘の報告。

 ミアがずっと言いたかったであろうこと。


 だが、それを聞いて、ナイトレイ伯爵は、


「そうか」


 低い声でそう言った。

 そして――


「我がナイトレイ家には関係のないことだ。勝手にしろ」


 そう厳かに言ってから、踵を返してその場を去っていった。


 ミアは呆然とその背中を見つめる。


 ようやく騎士になれた。

 ようやく認めてもらえると思った。

 だが、父が娘に掛けたのは、あまりに厳しい一言であった。


 ミアの瞳からは、うれし涙が引いて、代わりに悲哀の涙がこぼれようとしていた。


 ――けれど。


「ミア。あれはね、期待してるって、素直に言えないだけだよ」


 アルトは左腕をポンと叩いて、そう話しかける。


「そう……かな」


 半信半疑のミア。

 けれど、アルトは確信していた。 


「俺の父親は俺を捨てた。だからわかるんだ。本当に人を見捨てた時の目は、あんなんじゃないから」


 アルトがそう言うと、ミアは少しだけ視線を下に向けてから、顔を上げて涙をぬぐった。


「……だといいな。ううん、いつかちゃんと認めてもらえるように頑張る」


 ようやく笑みを浮かべるミアに、アルトもつられて笑う。


 二人そろって騎士になることができた。

 つかの間のハッピーエンドだ。


 ――だが、内心で一つ気になることがあった。


「(騎士になって王宮に行けば、また父さんと会うことになる)」


 アルトの父ウェルズリー公爵。

 本当に冷たい心で、息子であるアルトを見捨てた男。


 彼は、今宮廷にいる。

 このことは風のうわさで聞いていた。


 騎士が王に仕える身分である以上、いずれ顔を合わせることになる。


「(果たして父さんは俺を見て何て言うかな)」


 

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