第12話 L リードする手
私の趣味はフリークライミングです。いえ、正確にはだった、と言うべきでしょうか。
私には無二の親友がいました。子供の頃から何をするのも一緒、どこに行くのも一緒。フリークライミングも彼女がやりたいと言い出し、私も興味を持って、という流れです。
自分だけの力で大自然に挑戦する感覚。それは何事もにも代えがたい興奮をもたらしました。友人も同様の感触を得たようです。
皮肉なことに、そんな彼女の命を奪ったのもフリークライミングでした。珍しく私とは別行動での登攀です。
そして滑落。打ちどころが悪く、病院に搬送されたものの即死状態だったそうです。
喪失感のあまり、私は泣くこともできませんでした。
一週間、二週間経っても、彼女から連絡を待っている自分に気づきます。
これではいけない、乗り越えなくてはいけない。私はそう思いました。
そのために、彼女を奪ったフリークライミングで、私が彼女の代わりに登攀しようと決意しました。
共通の友人とともに、彼女が登った現場へ向かいました。聳え立つ岩肌を前に、彼女を奪われた憎しみと、また死も大自然の営みだという感情に同時に包まれました。
そんな感慨も捨て、無心でフリークライミングにチャレンジします。チョークとクライミング用のシューズだけの軽装に。左手を上げる。引っ掛ける。力を込める。体を持ち上げる。右足で、次の支えを探す。
体を動かすことに必死になっていると、だんだん友人の死を受け入れている自分に気づきます。大自然と、ちっぽけな人間。そのスケール感の前では、一個人の死とはいかに小さいのだろう。そんな気分でした。
30分も経った頃でしょうか。私はあることに気が付きました。私が手がかりを探して手を伸ばすと、その前に薄い腕のようなものが見えるんです。
細い女性の腕。見間違えるはずもありません。友人の腕です。
その透明の腕が伸びた先に、新しい支えがある。私は思いました。ああ、亡くなった友人が手助けしてくれているんだ、と。
透き通る腕に導かれて、私は右手、そして左手と腕を進めていきました。友人に励まされている。そう思いました。
さらに登ります。もう、導かれるままに腕を出すだけでした。
しかしある瞬間。私の右手は何も無い空間を掴もうとしました。
え?疑問を抱きます。慌てて体勢を立て直しました。どうして?彼女はずっとサポートしてくれていたのに…。
恐る恐る手を伸ばします。次の岩を掴み、体をホールド。ホッと一息つきました。気を引き締め、岩肌と向かい合うと同時に、私は悲鳴をあげました。そこには。
私を睨みつける友人の顔がありました。
私を導いていた手は、友人のトラップだった。今ではそう思います。一人で死ぬのが寂しいあまり、私を道連れにしようとしたのでしょう。
怒りよりもむしろそんな彼女が哀れで、私は彼女の写真に手を合わせるのです。
A to Zの怪異譚 戯 幽 @kasoke_501
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