⑧苺のピン止め
金曜日の朝、教室に足を踏み入れた瞬間、おれの席の周りに女子が数人集合しているのが見えた。(ん?)と思ったが、すぐに、それがおれの前の席の斉藤を取り囲んでいるのだと判った。
(斉藤が来てるんだ!)
そう思った瞬間ドキドキしてきたが、そんな気持ちは顔には出さず女子達の横を通り過ぎて席に着いた。
ランドセルの中から教科書を出しながらおれは、女子達の会話に聞き耳を立てた。どうやら会話は終盤を迎えているようだった。
「・・・じゃあ、今日、学校終わったら三角公園で遊ぼ!」
斉藤と一番仲のいい
「うん」
小さかったけど斉藤の声が聞こえたから、おれは安心した。
「イケ、おはよっ!」
その時、ランドセルを背負ったままのノセがおれに声を掛けてきた。
「おっ、おはよっ」
不意を突かれて、おれは一瞬ビクッとしてしまった。が、その後のノセの台詞にはもっとビックリしてしまった。
「おっ!斉藤~!大丈夫ぅ?」
なんと、ノセは斉藤に話しかけたのだ。
「ぅ、ぅん」
さっきよりも小さな斉藤の返事が聞こえた。
おれには絶対に出来ないスゴワザを、ノセはいとも簡単にやってのけた。おれは、ノセがめっちゃくちゃ羨ましかった。
おれの席からは斉藤の背中しか見えないから給食時間まで気が付かなかったんだけど、斉藤は、いつも前髪に付けている苺のピンを今日はしていなかった。
給食の時は机を班にするから、おれと斉藤の席はその時だけ隣同士になるのだ。
いつも出しているおでこが出ていない・・・それだけで、斉藤が少しオトナっぽく感じられて、おれは朝よりドキドキしていた。
シチューのおかわりで前の席のヤツらが席を立ったのを狙って、おれは思い切って斉藤に話しかけた。朝のノセをお手本にして、言葉に力を入れずに話しかけてみた。
「いつもしてる苺のヤツは?」
おれはみかんの皮を剥きながら、さり気なく口にした。
「ぇ?」
斉藤がこっちを見たのが判った。けど、おれはみかんの皮を剥きながら「苺のピン」とだけ言った。
「ぁぁ・・・おねえちゃんちに忘れちゃったっ」
「え゛ぇぇぇっ?!」
『おねえちゃん』というワードに反応し過ぎて、おれは変な声を出してしまった。
思わず斉藤に目をやると、「ん?」と言いながら微笑んでいる斉藤と目が合って、おれは慌ててしまった。
「ふ、ふぅん」
おれは平気そうなフリをしたけれど、心の中は全然平気じゃなかった。
(今、斉藤、『おねえちゃんち』って言ったよな?)
(うん、言った)
おれは、自問自答をする。
そして。
同時におれは『みどりのおっさん』の存在を確信し、今更ビビってしまった。
「先生、さようなら」「みなさん、さようなら」
帰りの会が終わると、教室中がざわざわし始めた。
いつもの様にもたもたしないでランドセルを背負うとおれは、斉藤より先に席を立った。
「バイバイ」
おれは給食の時くらいの勇気を振り絞って、斉藤の横を通り過ぎる時にそう声を掛けてみた。緊張し過ぎてめちゃくちゃ小さい声だったから(聞こえなかったかも・・・)と思いながら、通り過ぎた。
「バィバィ」
だけど、おれの耳は、それより小さな斉藤の声を聴き逃さなかった。
(ぃよっしゃぁぁぁぁああああっ!!)
心の中でガッツポーズを決めたおれは、ニヤニヤ顔を金魚達にツッコまれる前に足早に教室を後にした。
みどりのおっさん 山下 巳花 @mikazuki_22
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