第22話「魔獣襲来」


「ギャアァアァオオォオォォ!!」


 魔竜ドラゴンは森を抜けると同時に、けたたましい叫びを辺りに響かせた。


 その声の迫力で場にいた者は一瞬体を硬直させたが、それからワンテンポ置いて弾けたザクロのように散り散りに逃げ惑い始めた。

 ある者は全速力で街へと向かい、またある者は腰を抜かしてヘナヘナとその場に座り込む。


 だが皆、死を目前にした恐怖の表情を浮かべているのは共通している。


「わぁあぁあぁああ!!!」

「なんでこんなところに魔獣がいるんだよ!」

「あ、あれ魔竜だぞ!! 早くSランクパーティを呼べ!!」


 そんな叫びがあちこちこら飛び交う。

 状況はまさに、羊の群れに狼が紛れ込んだかのような大混乱である。


「んぎゃあああぁぁあぁあああ!!!」


 例のクソガキも腰を抜かせながら妙な叫びを上げている。

 その股間の辺りは妙に黒ずんでおり、情けないことに漏らしてしまったことを周囲に知らしめていた。


「爺や! 爺やぁあぁあぁああ!!」

「と、とりあえず逃げましょう!!」

「む、無理だよぉぉ!!」


 取り乱す主人に対し執事の方は冷静だ。

 とりあえずジタバタしている主人をその見た目からは想像もできない怪力で抱え上げると、そのまま教会の方へと走り出して行った。


 冒険者たちが街目指して続々と駆け出していく中。

 ライムントはそんな流れに逆らうかのように、その場で屹立したまま猛スピードでこちらに向かってくる魔竜を睨みつけていた。


 距離にして100メートル。

 魔竜はそこまで足は速くないが、それでも20秒もせずにここに着くだろう。


「よりによって魔竜かよ……」


 思わずぼやくライムント。

 別格の強さを誇る魔獣の中で、さらに別格の強さを有する種類だ。

 幸いにも【草の魔竜グラスドラゴン】は魔竜の中でも最弱だが、それでも以前相手した二頭牛バルバロス10体分くらいの強さだろう。


 正直、倒せる気はしない。


 だが時間稼ぎくらいは出来るだろう。

 少なくとも街の中心からSランクの冒険者たちがやってくるまでは何としてでも稼がなければ。


(街が完全に破壊される……!)


 そう考え、彼は剣を構えた。

 とりあえず、彼と同じように魔獣を威嚇しているだんごに指示を出す。


「だんご! 大きくなって腰を抜かしてる人を移動させろ! あのままじゃ巻き込まれる!!」

「キャン!」


 だんごは一回吠えると、その眼を輝かせながら姿をドーベルマンへと変化させ、「バウッ」と再び吠えながらそこら辺で座り込んでいる奴らを口で咥えると、そのまま教会へと駆けて行った。


 それを確認すると、今度は彼の脇で腰を抜かしているバクトーにライムントは再び叫ぶ。


「バクトーさん、早く逃げてください!!!」

「……ありゃ魔獣か?」


 ライムントの叫びを無視し、バクトーは目の前の化け物を震える指で指差した。


「見ての通りですよ! だから早くっ……!」

「ははっ、そいつはちょうどいいや」


 ライムントの叫びなんてまるで耳に入っていないかのようにフラフラと立ち上がると、バクトーはガクガク震えながらも剣を抜いた。


「一体何をっ……!」

「俺は両親をあの魔竜に殺されたんだ」


 ライムントの言葉を遮るように彼は話す。


「俺が冒険者やってんのはその仇を取るためだ。強くなってから探しに行こうと思ってたんだが……ははっ。野郎、自分からノコノコと出てきやがった」

「……怖くないんですか?」

「あぁ、怖いぜ。だが俺が死んでも悲しんでくれる奴はいねえ。未練なんかないさ」

「そうですか……」


 ライムントはそれ以上彼を引き止めたりはしなかった。

 彼は想像以上にバクトーが強いことに目を見張っていた。


 実力的に、ではない。

 精神的にだ。


(僕は親の仇を目の前にしてもなお踏み切れないでいるのに……彼は臆することもなく挑もうとしている)


 圧倒的な実力差があっても、だ。

 冷静な判断かどうかは置いておいて、彼は間違いなくライムントが持っていないものを持っている。


 それに何より、親の仇を目の前にした時のあのは、ライムントが誰よりもわかっていた。


「……分かりました。好きにしてください」

「あぁ、言われなくてもそうしてるぜ」


 バクトーが恐怖を抑え込もうと舌なめずりをするのと、魔竜がライムントの目の前でその歩みを止めるのは同時だった。


 魔竜は叫ぶこともなく、ただその金色の目でライムントのことを見下ろしている。

 ライムントはそれに対抗するように、フードからその眼を覗かせるように睨み返す。


 それから少しの間、二者のこう着状態は続いた。

 だがそれは間もなく打ち壊されることとなる。


「うぉぉおおぉおぉ!!!」


 バクトーが威勢の良い掛け声と共に、剣をかざし魔竜目掛けて走り出したからだ。


「止まってください!!」


 ライムントの静止を振り払い、彼は「両親の仇ぃぃぃぃ!!!!」と叫びながら魔竜の鼻っ柱に剣を振り下ろそうとする。

 だが魔竜がそれを許すはずがない。


 彼の剣が振り下ろされ始めた、その瞬間。

 どこからともなくいきなり生えたつたが、バクトー目掛けて勢いよく伸び始めた。




**




 親の仇が、目の前にいきなり現れた。

 もちろん、自分では敵うはずがないとだろうは分かっていた。


 分かっていたはずなのに。


 感情に流されて無謀な特攻を挑み、その結果がこれだ。


(情けねえ……)


 目の前にどんどんと迫ってくる蔦を眺めながら、彼はぼんやりとそう考えた。


 間違いなく死ぬだろうとは思った。

 あれが噂に聞く、魔竜が操る「人殺しの蔦」だろう。どこから生えるかは分からず、混乱している間に獲物はあの鋭い先端で頭を一瞬で貫かれて命を落とす。


 聞いてはいたし、対策も考えた。

 だが。

 体が動かない。


(情けねえな)


 ライムントの指示に従い、恐怖に従って逃げていたら死ぬことはなかったのかもしれない。

 でもこうして、自ら戦地に飛び込んでしまった。


 両親の仇を取るため?

 いや、変なプライドがあったのかもしれない。


 ……どっちでも一緒か。

 たった1つ変わらないのは、彼が死ぬと言うことだけだ。


(仇、果たせなかったなぁ……)


 蔦の先端は、今にも彼の頭と接触しそうだ。

 彼の意識もここまでだろう。


 目を閉じて、その時まで待つ。


 未練はあるが、後悔はない。

 悪くない人生だったな。


 そう思いながら、彼は死を迎え入れる準備を整えた。


 ……だが。

 いつまで経っても来ない。


(やるなら一思いにやれよな)


 魔竜の性格の悪さに呆れながら、彼は恐る恐る目を開けてみて──


 思わず目をその目を見張らせた。


 そこで彼がみたのは、自身の件で俺を殺そうとしていた蔦を真っ二つに切り落とすライムントの姿だった。


「バクトーさんは下がって!!」


 体勢を整えながらライムントが叫ぶ。

 バクトーは「お、おう!」となんとか返事をして、彼の指示通り剣を持ったまま後ろに下がった。


「バクトーさんの覚悟はよく分かりました!」


 剣を再び構えながらライムントは言う。


「その仇、僕が取ってみせます!!」


 魔竜は先端を失った蔦を一瞬引っ込め、困惑したようにビクビクと震える切り口を見た。

 だがすぐに蔦の数を10本くらいに増やし、それら全てをものすごいスピードでライムントに向かわせた。


「危な──」


 バクトーは思わず叫びそうになる。

 あの数に、あのスピード。さらにあの動き。


 かわせるはずが無い。

 

 だがそんな心配は不要だった。

 

 ライムントがその身をものすごい速さで動かしながら、襲い掛かろう蔦を切り刻みつつ攻撃を全て交わしていたからだ。


 目にも止まらぬ速さで足を動かし、時々クルリと体を回転させながら剣を振り回し、蔦を切り刻んでいく。


「……綺麗だ」


 そのあまりに無駄のない動きに、バクトーは感嘆の言葉を呟く。

 彼はそれまで何人も「最強だ」と名乗る人物に会ってきた。


 クソガキのような例外を除き、大半が確かに驚くべき強さを誇っていた。

 だがその強さは、「あぁ、すごい」と思わせるだけで決して見惚れたりすることはなかった。


 だが。

 ライムントの強さには間違いなくがあった。

 無駄にのない足の動きに、澄んだ川の流れのような剣の軌道。


「すげぇ……」


 強さの格の違いを見せつけられ、バクトーは再び感嘆する。


 これでFランクだというのだから笑える。

 ここらで最強のSランクパーティが相手しても、一瞬で蹴散らかされるだろう。


 しかし、だ。

 彼は今攻撃を捌くことは出来ているものの、攻撃を仕掛けることはまるで出来ていない。

 

 これではいつまで経っても倒すことは出来ないだろう。

 後でくるだろうSランクパーティの到着を待っているのか。

 

 戦いに巻き込まれないようなるべく距離を取りながら、バクトーはそう考える。

 だが間もなく、それは違うということが分かった。


 次の瞬間。

 蔦が完全に消え失せたのだ。

 なんの予兆もなく、その片鱗を一切残さず。


「……は?」


 困惑の声を漏らすバクトー。

 そしてそれは魔竜の方も一緒らしい。


「キシャアァアア」


 と戸惑うように奇声とも吐息とも取れない声を漏らしている。

 そしてライムントはその僅かな隙を見逃さなかった。


 彼は一瞬足を屈ませると、宙に大きく飛び上がる。


「んなっ……!」


 その高さを見て、バクトーは思わず唸った。

 なんと、30メートル近くも飛び上がったのだ。

 とても人間の為せる技ではない。

 

 そしてライムントはその勢いで宙で何回か身体を回転させると、そのまま真下──竜の首元に向けて剣を下に向けながら落ち始めた。


 竜の弱点は、首元にある頭と体の鱗の境目にある柔らかい部分であることがずっと昔から知られている。


 ライムントはちょうどそこを目指すように落下を続け──


 数秒後。


「ギャアァアァオオォオォォ!!!」


 魔竜の断末魔が辺り一帯に響き渡った。


「…………」


 状況を理解できないバクトーは、ただその口をパクパクさせながら、何も言えずに目の前で起こることを見ることしかできない。


 ライムントは首元に深々と突き刺さった剣から手を離し、再び飛び上がって身体を一回転させて力なくグタリと腹をつける魔竜のちょうど鼻先に着地する。


「あいつ、何を……?」


 そんな彼の疑問に答えるように、ライムントは魔竜の鼻先向けて手のひらを翳す。

 その上には──煌々と赤い輝きを見せる、小さな火の玉。


「……火球ファイアーボール


 そしてライムントがポツリとそう呟くと、その小さな火球はみるみるうちに大きくなり──


 弱りきった魔竜を、紅蓮の炎が飲み込んだ。




**




「魔獣はどこだ!?」


 逃げ込んだ低ランク冒険者の要請を受け、10個近いSランクパーティが魔竜討伐にやってきた。


 間違いなく現場には近づいているが、それらしき気配は感じられない。


「嘘だったのか……?」


 リーダー格の男が呟く

 とてもそうとは見えなかったが……。


 訝しみを抱えつつ、彼らは教会脇の草原へと出た。

 そして。


「ウッ」


 あちこちからうめき声が漏れた。

 彼らがそこで見たのは──


 真っ黒に炭化した魔竜の死体と、その上で放心したように座るフードの男の姿だった。

 

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俺の両親を惨殺した奴らがなぜか『勇者』って崇められてるんで、復讐します 春世レン @ren_haruse

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