第21話「兎を収穫する」


 魔鼠の悪夢から一夜が過ぎ、ライムントは再びギルドへとやって来た。


「なんか面白いクエストないかなぁ……」

「クゥン」


 無駄だと分かりつつぼやくライムント。

 だがふと、彼は面白いクエストが募集されていることに気づいた。



+---+


 今年も《丸兎ボールラビット》のシーズンがやって来ました! 森のそばにて収穫を行います。

 なるべく多くの人員を集いたいので、散歩感覚で気軽にお越しください。場所は町の東部のテンテラ教会前で、明日の正午ごろに集合してください。


 ・ランク:FからC

 ・報酬:丸兎一匹につき50ベク

 ※この紙は剥がさないでください。


+---+



「丸兎……?」


 聞いたことのないワードに、ライムントは首をかしげる。

 名前から兎であることは分かるが……。

 少なくとも魔物ではないだろう。


 それに「狩り」ではなく「収穫」と呼んでいることも引っかかる。


「なんだか面白そうだな」

「キャン!」

「他は相変わらずだし、これにしよう」


 集合場所と日時を控えると、他にすることもないのですぐに彼らはギルドを後にした。




**




 翌日。

 余裕を持って集合場所へとやって来たライムントは、存外人が多いことに目を見張った。

 100人はいるだろうか。


「これ全部低ランクパーティかよ」


 雑草にごろごろと寝転がるだんごの腹を撫でながらライムントは呟く。

 彼と同じく、普段の低ランククエストに嫌気が差してやって来たのだろうか。


 しかし思い出してみると、あの張り紙の募集の仕方だとどうもこれは毎年行っているらしい。

 ということは……。


「慣例行事なのかな」

「クゥン」


 1年に1回のお祭り、と言った感覚なのかもしれない。


 そんなことを考えながらボーッとしていると、ふと彼は背後に立つ気配に気づいた。


(誰だ?)


 幸いにも気配から殺気は感じられないが、真後ろに立って何も話さないのも気味が悪い。


 かと言って話しかけるわけにもいかず、なるべく気にしないようにしながら口笛を吹いていると、背後の奴はおもむろに口を開いた。


「……なぁ、あんた」


(うわぁ、なんかすごいデジャブ……)


 やはり思い出すのは、例の乱闘。

 負ける気はしないが、面倒ごとに絡まれたくないというのが本音だ。


 しかし無視をするわけにもいかず、


「僕のことですか?」


 と問いながら彼は立ち上がった。


「あぁ、そうだ」

「僕に何か……?」

「あんたって、1週間前くらいにゴルゴンを一瞬でボコした奴だよな?」

「ゴルゴン……あぁ、あの」


 例の冒険者の名前だ。

 わざわざその名前を出してくるとは……。


(これは面倒ごとになりそうだな)


 バレないようため息をつきつつ、ライムントは心中で嘆いた。


「……ええ、そうですが」


 背を向けたまま、とりあえず肯定しておく。

 これでどのような反応が出るか。

 怒るか、恐れるか。

 いい反応は決して出ないだろう。


 彼はそう思っていた。

 だがそれは、完全な杞憂であった。


「──あんた、すげえな!」

「……え?」


 予想外の反応に困惑の声を漏らすライムント。

 そんな彼を置いていくように、男はベラベラと話し始めた。


「あのクソ坊主、いっつもSランだってことを威張って低ランクの奴らをいじめるんだよな。もう俺らはめちゃくちゃ腹立ってたわけ。

 でもやっぱり向こうのほうが圧倒的に強いし、俺らも自分が弱いことくらいわかってるからどうしようもなかったわけ」

「は、はぁ……」


 とりあえず敵ではないことに安心し、ライムントは振り返って彼の方を見た。

 そこに立っていたのは、ガタイのいい体を革防具に包んだ、茶髭の人の良さそうな男だった。


 男は目をキラキラさせつつさらに話す。


「んでな、くそう、あのブッサイ顔面にパンチ入れてやりてえってみんなが思ってた時にお前がやって来たんだよ!

 いやぁ、あれほどスカッとしたことはないね! だってあの無様な負け方! あんな一方的にボコされるなんて、無様ったらありゃしねえ!

 お陰様であのクソ坊主もすっかりおとなしくなったし、お礼を言おうと思って探してたんだよ。いやー、見つかってよかった」

「そう、ですか」

「ほんとありがとな。名前を聞いてもいいか?」


 ライムントは少し間を置いた後、自分の名前を教えてやった。


「ライムント、か。神話から取られたのか?」

「よく分かりましたね」

「どうでもいい知識が多いのが取り柄なんでな。そんだけ強いんなら絶対Sランクくらいいってるよな。何でここにいるんだ?」


 ライムントは言いにくそうに言った。


「実はまだFランクなんですよ……」

「えぇ!?」


 男は大袈裟に驚いてみせた。


「お前、あんだけ強くてFランクとかどう考えてもおかしいだろ!」

「1週間前に登録したばかりなので」

「……あぁ、なるほど。にしてもAランクくらいまでに引き上げてやってといいと思うけどよ」

「そう思うんですがね……まぁ、皆さんと一緒に地道にやっていきますよ」

「そうか」


 男は軽く頷くと、スッと一歩前へ歩み出た。


「俺はバクトーっていうんだ。史上最強の冒険者!……って言いたいところだが、まだ駆け出しのDランカーだ。パーティのメンバーもまだ俺しかいない。なんなら入らないか?」

「あ、いえ。1人でやるって決めてるんで」

「さいでっかー……」


 男──バクトーはわざとらしくショボンと肩を落とす。が、すぐにまた表情を明るくさせて、


「ま、とにかくよろしくな!」

「えぇ、仲良くしましょう」


 そして2人は握手を交わした。


「……ところで」

「お? どうした?」


 ライムントがふと疑問を訊ねようとするのを、バクトーは腕を組みながら聞く。


「丸兎ってなんですか?」

「……はぁ?」


 バクトーが呆れたように言った。


「お前、そんなことも分からずにここにいたのかよ」

「すみません、何せここに来て日が浅いので」


 バクトーは「ふーむ」とその立派な髭をさすりながら、


「丸兎とは何か、ねぇ……説明するより見てもらったほうが早いな。もうじき主催者が来るはずだし、その時に説明があると思うぞ」

「あ、はい。分かりました」


 ライムントが頷くのと同時に、何処からか「遅いっ!」と言う誰かの叫びが聞こえて来た。

 反射的に彼らは声のした方を見る。


 そこにいたのは、いかにも高級そうな防具に身を包んだ金髪の少年の姿だった。

 目は細く、まん丸とした顔はニキビだらけ。


 いかにも「クソガキ」と言う風貌だ。

 そのクソガキは苛立たし気に足踏みをしながら舌打ちをし、再び「遅いんだよ!」と叫ぶ。


「坊っちゃま、大声はお控えください」

「じじいは黙っとけ! この最強のパウル様を待たせるなんて、なんたる無礼だ!」

「お言葉ですが、まだ集合時刻にはなっておりません」

「うるさい! 僕が遅いって言えば遅いんだよ! なんでこの僕が貧乏商人の言うことに従わなければならないんだ! 僕は最強なんだぞ!」


「……あれは?」


 ライムントは思わず訊ねる。

 バクトーは忌々しそうに教えてくれた。


「ありゃここらで一番の商人の一人息子だ。パウル、だったかな。一応Cランクだが、どうせ親が金を積んだんだろう。見た目の通り雑魚だよ。

 あんなんで自分が最強だなんて思っているんだから笑わせる」


 そう言って彼は「へっ」と鼻で笑った。


 そしてライムントが困ったように頷くのと、教会脇の草っ原の中心に置かれた壇上に男が登るのは同時だった。


 壇上に登った男は自身が辺りを治める商人であると名乗った。


「冒険者諸君には森の手前にいる丸兎を収穫していただきたい! 一匹につき50ベクだ! 期限は日没までとする! それでは解散! 作業にかかれ!」


 商人がそう言うと冒険者たちは次々に散っていく。


 クソガキも「とっとと行くぞクソじじい!」と言いながら早々と行ってしまった。


 こうして草原にはライムントとバクトーだけがぽつんと残された。


「じゃ、俺らも行くぞ」


 バクトーがライムントの肩を叩いて言う。

 それに彼は頷いてみせ、2人はだんごと共に並んで森の手前へと向かった。


 5分ほど歩くと、すぐについた。

 先に言った冒険者たちが跪きながら、草むらをかき分けて何かを探している。


「俺らも始めんぞ」

「ん、あ、はい!」


 バクトーがしゃがむのを追うようにライムントもかがむ。

 だんごは蝶々と遊ぶので忙しいらしい。


「多分ここらへんにいると思うんだがなぁ」


 そう言いながら彼はガサガサと雑草を漁っていたが、やがて「お、いたいた」と何かをつまみ上げた。


 それは──手足を持たない10センチ程度の真っ白な動物だった。

 身体はまん丸としており、その耳は兎のようにピョンっととんがっている。


「これが丸兎だよ」

「へぇ、これが」


 手足がないのだから、当然移動はできないだろう。

 だから「狩り」ではなく「収穫」、と。


「なるほどね」

「どうだ、なかなか面白い見た目だろう」

「初めて見ました」

「こいつが美味いんだよなぁ、一度食ってみるといいぜ」

「そうですね。是非とも食べて──」


 ライムントは突然、その言葉を詰まらせた。


「どうした?」


 バクトーがライムントの方に目をやる。


「……嫌な予感がするんです。なんていうか、嫌な音が……」


 そう言ってライムントは立ち上がると、その音がする方へと目を向けた。

 その眼は爛々と銀色に輝いている。


「お、おい、どうしたんだよ!」


 バクトーが再び訊ねる。

 だがライムントはそれに答えない。


 代わりに全身から滝のような冷や汗を溢れさせていている。


 彼の視線の先にあるのは──巨大な魔力塊。

 精霊が起こすものとは明らかに異なる乱れ方だ。


 それに、この独特の重厚感、迫力。

 間違い無いだろう。


「……ください」

「ん? なんだって?」


 弱々しく言うライムントの言葉を聞き取ろうと、バクトーは耳を近づける。

 だがその必要はなかった。

 

「今すぐ逃げてください!!!」


 ハッと我に帰ったようにライムントが声を張り上げたからだ。


「逃げろって、そりゃどうして──」

「いいから! やばいやつがきてるんです!」


 2人がそんな問答をやってある間に乱れはどんどんと近づいている。

 それに伴い、木々を薙ぎ倒す音も段々と大きくなって来ている。


「ん? なんだ?」

「なんか音がすんぞ」


 異変を感じ取った冒険者たちも、音がする方へと目がやる。

 そして彼らが見たのは──


 森からちょうど飛び出した、巨大なだった。

 

 トカゲのような形状に、緑の鱗。口の隙間から姿を覗かせる牙は鋭く光り、眼は黄金色に輝いている。


 この森の固有種。

 普段は森の中で常に眠っているはずの存在。


 最強格の魔獣に数えられる──


草の魔竜グラスドラゴン……!」


 ライムントはスッと鞘から剣を抜いた。

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