4章:冒険者入門

第20話「最初のクエスト」


 演説の3日後。

 諸々の準備を終えたライムントは、だんごを連れて4日ぶりに冒険者ギルドへとやって来た。

 初めてのクエストを受けにきたのである。


 あんな大乱闘を起こしたばかりなので声を掛けられたりするのではないかと彼は危惧していたが、それは全くの杞憂に終わった。


 ローブが変わったからだろうか、気づかれすらしなかった。

 そのために買ったわけではないが……。


(一石二鳥だな)


 思わぬ恩恵を授かり、自分がいかにいい買い物をしたかを彼は再確認する。


 そんなことを考えつつ、胸に抱えただんごと共に彼が眺めているのは、クエストの紙がびっしり貼られた例の掲示板である。


 先程からずっとFランクとEランクの依頼内容に目を通しているのだが、いずれも人探しや迷子のペット探しなど大したものではなく、ライムントはほとほと呆れていた。


(いくら初心者とは言え……スライム退治くらいの依頼はあってもいいだろ)


 スライムが退治されなければならない事態が起こるとは考えにくいが、いずれにせよやはり戦闘系の依頼が一つもないのは納得し難い。


「地道にやるしかないのかぁ……」

「クゥン」


 先の長い道のりに軽く絶望し、ため息をつくライムントとだんご。


 だが、ふと掲示板の隅へと視線をやったとき──彼は興味深い依頼が貼られているのに気づいた。



+---+


 水田に《魔鼠チャッキーマウス》が大量に発生しており、このままでは収穫に影響が出てしまいます。

 至急ご助力願います。


 ・ランク:E〜D

 ・報酬:3000ベク

 ※詳細はカウンターまで


+---+



「ふーむ」


 依頼内容を最後まで読んだライムントは悩まし気に顎を摩った。


 水田というのは、湖の南側に広がる水田地帯のことだろう。

 1000ベクと1リラは同価値なので、3000ベクは3リラに換算できる。


 Fランクパーティでもこなせる依頼としては悪くない感じだ。


 魔鼠相手ではあまり燃えないが、これもしばらくの辛抱である。


「……これにするか」

「キャン!」


 彼は依頼の書かれた紙を引き剥がすと、早速それをカウンターへと持って行った。

 やや並んだのちに順番が回ってくる。


「ようこそ、冒険者ギルドへ。どのようなご用件ですか?」

「あ、こちらのクエストを受けたいのですが」

「拝見します」


 前と同じ、猫耳の可愛らしい受付嬢は、ライムントから紙を早速受け取るとそれにジッと見入った。


「パーティ名を伺ってもよろしいですか?」

「あ、はい。【ゴスペル】です」


 猫耳嬢は「ゴスペル……」とライムントの言葉を反芻すると一瞬席を立ち、すぐに粘土板を持って戻ってきた。

 おそらくライムントが書いて提出した、パーティについての情報が書かれたものだろう。


「ゴスペル、ですね」

「はい」

 

 指でなぞりながら彼女は粘土板に目を通す。

 だが、ふとその指の動きが止まった。


「……ライムント様?」


 ライムントとという言葉に、受付嬢は訝し気な表情を浮かべる。


「あの、どうか……?」

「ライムント様って、あの4日前に登録された方ですよね?」

「そうですが……」


 ライムントが頷くと、受付嬢はパッと目を輝かせた。


「え、じゃああのバックルをたった1人で倒したり、ゴルゴン様を一方的にやっつけたっていうのは本当なんですニャ!?」


 その勢いに気圧されつつ、ライムントは「え? あ、はい」と頷く。


「すごーい!」


 目をキラキラさせながら受付嬢が言う。


「私たちの間で話題になってるんですよ! すごい新人が来た、って。それがライムント様だなんて……」


 ライムントとて男だ。

 こんな可愛い子に褒められて悪い気はしない。


 少し顔を赤くしながら、彼は「そんなことないですよ……」と言う。


「キャン!」


 そんな彼を戒めるように、だんごが鋭く吠えた。

 それによりライムントはハッと冷静になった。


「あの、クエストは……?」


 それでやっと仕事中だと言うことを思い出したらしい。

 彼女は恥ずかし気に「コホン」と咳払いをすると、元の説明口調になって言った。


「……それでは依頼主の住所はこちらのメモを参照にしてください。報酬は依頼主から直々に渡されますので、ご注意願います」

「分かりましたー」

「それでは、頑張ってくださいニャ」


 また胸をドキッとさせつつ、ライムントはギルドを後にした。




**




 街の外れまで歩いてそこからドーベルマンに変身しただんごに乗り継ぎ、およそ2時間。

 依頼主の元に着いたとき、時刻は正午に近かった。


 依頼主──ペクベル氏のやや古い戸を叩く。

 それからすぐに、豊かな白鬚を蓄えた温厚そうなお爺さんが出迎えた。


「どうもこんにちは。クエストを受けて来た者です」

「おぉ、それはそれは。はるばるどうも」


 慣例的な挨拶を済ませ、ライムントは早速ペクベル氏の案内の下、現場の水田に向かった。


「こちらになります」


 ふと立ち止まったペクベル氏が、左手を指しながら言った。

 そちらに目をやると、特に何も植えられていない水浸しの泥が広がっていた。


「もう本来は植えているはずなんですが、今年は魔鼠の数が酷くて……」

「それは災難ですね」

「急がなければ田植えが間に合わないので、なるべく早く、できれば今日中にお願いしたいです」

「分かりました。最善を尽くしましょう」


 2人は握手を交わし、それからすぐにライムントは作業に取り掛かった。


「魔鼠、か……」


 魔鼠は、名前の通り魔力を糧にする鼠。

 魔物の中で最弱種に含まれる部類だ。


 相手が魔物なら神眼の能力で辺りの魔力を奪い、動けなくなったところを広いあげるだけで済みそうな気がする。


 そう思い、彼は魔眼を発動させ──そして顔が青ざめるのを感じた。


 数が半端ないのである。

 田を埋め尽くすようにびっしりと魔力の群れがひしめいている。

 これを全て拾い上げようとしたら、1週間あっても足りないだろう。


「おー、マジか……」


 思わず嘆くライムント。

 だんごも魔眼を通じてそれを視認し、同じことを思ったらしく、「グルルルル」と威嚇するように唸っている。


 動けなくさせて拾う、というのは困難。

 ならどうするか。


「誘い出すしかねえか」


 魔物は自分より魔力量が大きい者へと吸い寄せられやすい、という特徴がある。

 今のライムントの魔力総量は魔鼠より小さいので、連中が襲ってくることはない。


 だが神眼を使って適当に魔力をかき集め、それを一点に集中させたら──


 魔鼠の方から自然と集まってくるだろう。

 後はそいつらを切り捨てれば任務完了。

 簡単なお仕事である。


 だが。


「うーん……」


 ライムントはあまり気乗りしないようである。

 魔鼠が何万匹束になろうが、彼にとっては脅威になり得ない。

 それなのに彼は何か恐れているようである。


 しかし、それ以外に方法はない。


「仕事だもんな、しょうがないか」


 諦めたように、吐息と共に言葉を吐き出すライムント。


 そしてスッと目の前に掌を差し出し、魔鼠たちに干渉しないよう注意しながらギュッと魔力を濃縮した。


 その瞬間。

 水田の水面がぴしゃぴしゃと水紋を立たせ始め──


 やがて束となって水面から飛び出し、ライムント目掛けてわーっと駆け出し始めた。


 魔眼の輝く真っ赤な目に、大きく突き出た出っ歯。体毛の纏わない体は妙にデブっとしており、今は泥に覆われている。

 そんな奴らが束になって殺そうとしてくるのだ。


 ライムントが嫌がる理由。

 それは──


「こいつら気持ち悪いんだよな」


 そうぼやきつつ、彼は一気にその群れを剣で切り捨てた。




**




「今日は本当にありがとうございました……これで何とか植えられそうです!」

「いえいえ、当然のことをしたまでで……」


 魔鼠を全て討伐したことを伝えると、ペクベル氏ははペコリと頭を下げながら感謝の言葉を伝えた。

 ライムントはそれに謙遜を示す。


「こちらが報酬の方になります」


 そう言ってペクベル氏はジャラジャラ鳴る皮袋を手渡した。

 ライムントは「ありがとうございます!」と頭を軽く下げつつそれを受け取る。


「それでは、僕は帰らせていただきますね。お米、楽しみにしてます」

「えぇ、とびっきり上等のを作ります!」


 2人はまた固い握手を交わし、ライマンとは玄関先で暇そうにしているだんごに飛び乗った。


「では、また会う日があったらその時に」


 その言葉に合わせるように、だんごは駆け出した。

 ペクベル氏の姿はどんどんと小さくなり、やがて完全に見えなくなった。

 それを確認すると、ライムントは前を向く。


「今日はなんだか疲れたな」


 何度見ても魔鼠はやはり気持ち悪い。

 精神面が大きく削られてしまった。


(こんなことがしばらく続くのか)


 上のランクになれば面白そうなクエストも増えるのだが、やはり下っ端はこういう地道な作業が多いらしい。

 正直考えただけで気が滅入る。


 だが、こんなことで参っていては復讐なんて到底なし得ないだろう。

 今が踏ん張り時である。


「よーし、頑張るぞ!」


 徐々に夕暮れに染まりつつある空を見上げながら、ライムントは自分に喝を入れるように叫んだ。

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