第11話 覚醒

 昏いな。

 最初の印象はそうだった。

 なんだかごみごみしている。その真ん中に俺は立っていた。あたりにはケーブルだのチューブだのがのたくり、配電室かどこかが爆発にでも巻き込まれたあとかと思ったほどだ。

 それから二つの事実に気付いた。

 自分が一糸まとわぬ裸であること。もう一つは部屋の片隅になんだか見覚えのある人影があること。

 人影といったが、人間をかたどっているだけで人間ではない。よく見て見ようと一歩踏み出すと危うくこけるところだった。自分の体のはずだが、何か勝手が違う感じがあって足がもつれたのだ。

 人影は動かなかった。壊れているのだろうか。少し近づいただけでわかった。あれは機械神のロボット体だ。ただ、腕がおちかけていたり、ぴかぴかだった頭のカバーが擦過傷だらけになっていたり、目が片方、ただのくぼみになっていたりしてぼろぼろでもう動かないことはわかった。

「ここはどこだ」

 独り言がうまく声にならない。

 しばらくあーあーと発声練習をやるときちんと話せた。

「ここはどこだ」

 自分の声のようだが、なんだか違う人の声に聞こえる。

 物音に気付いたのはその時やっとだった。

 誰かいるような気配。そちらに目をやると薄く四角い光の枠が見えた。どうも扉のようだ。真ん中にクランクハンドルがついていて、船の防水ハッチのように見える。

 光が見えるということは漏水しないようにロックしてないということだろう。押せばよいようなので、押してみた。

 先程のごちゃごちゃした部屋とは対照的に、がらんとしてさむざむとした部屋があった。さらに奥があるらしく、音はそちらから聞こえる。

 灯りのついた倉庫だった。ジャンプスーツ、下着などの衣類、道具箱、携帯式のソーラーパネル。武器もあるが他と違って無骨な剣や棍棒、それにスリングなどゲームの世界でなじみのあったものだ。

 それらの真ん中でより分けをやってる耳長族の小さな姿。

「ルキフェ? 」

 こちらを向いた彼女は、ゲームの中で知ってるのと同一人物だが少し違う点もあった。

 まず、眼鏡をかけている。非常に頑丈そうで、重そうな縁の太い眼鏡。

 そして服装。かなり擦り切れて書いてある文字も読めなくなったがまだまだしっかりしているジャンプスーツ。腰にはいろんな道具類をぶらさげたベルト。高所で工事する職人のようだ。

「ああ、マタザ。おきたのか。いや、ここでまでマタザもないか。リアルワールドの名前のほうがよいか」

 声も話し方もほとんど同じ。やはりこれはあのルキフェのようだ。

「ここは、いったい? 」

 ルキフェは一秒の間俺を見た。答えを選んでいたらしい。確かに質問の意図がいくつもありえる問いだし、そのすべてを問いたい状況だ。

「まず、ここが現実だ。君も私も仮想空間のデータ能動態ではない」

 一番聞きたい答えがきた。

「だとすると俺のこの体は」

「義体だ。君の本来の体は遠い昔に塵に帰っている」

 とてもそうは思えなかった。肌の感覚はあるし、鏡は見てないがおそらく自分の姿そのままのはずだ。そう思えるほど触った顔や体がしっくりきている。

 そして、自分が全裸だということを思い出した。

 慌てて前を隠すけれどルキフェは平然としていた。

「調整中にそんなものは何度も見た。落ち着かないなら服を着ろ」

 出してあったつなぎと下着が見事な放物線を描いて飛んできた。

 隣の殺風景な部屋でいそいそ着込んで何事もなかったかのような顔で咳払いして戻ったが、ルキフェは無反応だ。

「それで、ルキフェは何者なんだ」

 狂った神の同族、と聞いたがそれでああなるほどってなるわけがない。

「ルキフェはPRー202-3450シリーズの共通愛称。ここにいたのはPRー202-3451号だ」

 情報量が変に増えた。

「アンドロイドか? 」

「人間を模したプロトコルデバイスを持っていたのは事実だが、あくまでデバイスで本体ではない。君と同じデータ能動態だが、自己認識が君とちがって人間ではない。だが、メンタルモデルに人間の開発者のミームが入っているからアンドロイドともいえるな。人間とちがって寂しくて死ぬようなことはない」

 煙にまきやがった。

「過去形なのはなぜだ」

「君はオウラの話をどこまで理解している」

 はぐらかしか? とはいえ答え合わせはしたい。

 俺の理解はこうだ。

 この「現実」はテラフォーミングされた地球でない惑星。人間は既に移住しているが、どうやら「狂った神」とやらに脅かされているらしい。滅びた町もある。

 町には全部かどうかわからないが機械の神がいて、住人を導いているらしい。

「わからないところだらけだ。あの『ゲーム』の中の再現度もよくわからない。魔法なんてあるしね」

「そのことなんだが、魔法は存在する。古い創作にあるような大げさに呪文となえて仕草して、雷をよんだりするようなものじゃないけどね」

「まさかぁ」

 かなり素で声がでてしまった。ばかばかしいにもほどがある。そうでなければここも仮想空間ということだ。

「そういうと思った。まあ、見てくれ」

 ルキフェはナットのような部品を拾い上げ、壁に向かって投げた。身体がほんのり輝くのが見えて、部品は重い音を立てて壁に食い込んだ。

「言っておくが、今のわたしは君ほど力はない。力任せではなく、『ゲーム』の中でも見た通りの魔力による加速だ」

「魔法は、現実にはないから魔法なんだと思うんだけど」

 俺は自分が反論しているのではないと気づいた。信じられないものを見た思いだ。

「もしかして、ここは異世界なのか」

 そういうことならまだ理解できる。俺の生きていた世界、21世紀初頭の地球の片隅だと思ってたあそこにはそんな話がいくつもあった。

「それはある意味ただしい」

 ルキフェに肯定されて不安になる。

「宇宙というのはどこまでも均質で同じ法則に支配されているというわけじゃないんだ。いくつかの物理定数、法則がゆらいでいるところがあって、そういうところでは通常の天体や生命は存在できない。だいたいは何もない虚空なのだけど、運がわるくその端っこのほうにひっかかる星域もある」

 いいたいことはつまり、生命が存在できるくらいには通常と同じで魔法の存在する場所にいるということか。

「だけど、人間はもともと魔法が使えない。考えた通りに実現すればうれしいが、それができるのは夢の中くらいだ。どうやってそんなことができる」

「ミトコンドリアを知ってるか。君は知ってておかしくない社会設定の出身だ」

 ルキフェが不意にそんなことを言いだした。

 確か、呼吸をつかさどる細胞の部品じゃなかったかな。遺伝子が別枠なので、母親からしかもらえないのでミトコンドリア・イブなんて全人類の母の話があったような覚えがある。

「だいたいそんな感じだが、ミトコンドリアがもともと異なる生物だったと知っているかい? だから遺伝子が別枠なんだ。これを獲得することで呼吸を得た生命がよりすぐれた力をえて地球では主流になった」

 何が言いたい。

 ルキフェは自分の胸を叩いた。

「君のここにも、わたしのここにも魔石がうまっている。系統はずいぶん違うが、これも一種の生命だ。ゆらぎの起きる前からいたかどうかはわからないが、ゆらぎにはいって数億年の間に適応していた。研究データがほとんどないので詳細は不明だが、テラフォーミングの過程で地球型の生命との共存に適応したものが現れたらしい。彼らが宿主に与える力を人間の場合は魔法と呼んでいる。地球ではできない意思に従った物理干渉力だ。古い創作のそれとは違って制限は多いけどね」

 彼女は苦笑いを浮かべた。考えたらいつも無表情のルキフェが感情をしめしたのは初めてだ。人間でないと自称するわりに案外人間くさいことができるようだ。

「まあ、いきなり信じろといっても無理な話だ。いったんはそういうものだと思っておいてくれ」

 納得はいかないが、そういうことにしておこう。

「じゃあ、別の話だ。狂った神とは? あんたの同族だときいたが」

「オウラの言葉を借りれば、狂った生命の神だね。DV-312-21356-01号かDV-312-21356-02号のどちらかだと思う。テラフォーミングの生態系調整用のシステムだ。生命デザインで食物連鎖の各段階の生き物を生み出す能力がある。増えすぎた有害な種を駆除するための天敵を作ることもある。魔獣とよばれているのはこの駆除生物だ。一時的な措置では駆除生物に繁殖能力は与えられない。君も知る野犬や山猫たちがそうだ」

「まってくれ、生態系調整用のシステムが人間を駆除しようとしてるのか」

 それは狂ったといわれて当たりまえだ。

「彼は移民団の到着を知らない。知っているのはどこかから人間に似た生き物が入り込んで正式な移民団がしめるべき場所を奪っていることだけだ」

 聞き捨てならない一言がなかったか。

「人間に似た生き物? 」

耳長族エルフ鍵鼻族ゴブリン固太族オーク毛長族ドワーフ岩食族トロール、残念ながら君の知っている人間族ヒューマンはここにはいない。彼らは人間族のもつ様々な欠陥を解消し、役割に最適化された調整済の人類だ。そのことを告げるのはオウラの呼ぶところの出迎えの神、ルキフェの役割だったのだけどできなかった」

「どうして? 」

「法則の変化は長距離の通信を不可能にした。情報が拡散してしまうんだ。それだけじゃない。テラフォーミングの各システム、設備は不具合を起こし、衛星軌道上にいたものはほぼ全部落下し、移民団もルキフェとコンタクトできないまま緊急着陸をするしかなくなった」

 ルキフェなら狂った神を止められる。その意味を俺は理解した。

「あんたなら彼らが正規の移民団だと伝えられる。そうすれば魔獣をけしかけてくることはなくなるだろう、とそういうことか」

「そうだ。彼はどうも迷走しているようだ。本格的におかしくなるまえに止めたい」

 もうおかしくなってるかもしれない。魔人を生み出したところからしてなりふりかまってない気がする。

 そういうとルキフェは悲しそうな顔になった。

「その通りだ。だが、本当におかしくなったなら、なりふりかまわなくなっていればあんな獣ではなくもっと有効な手段がある」

「なんだ? 」

「病原菌だよ。これをやられたら打つ手はない。だが、ポリシーにしたがって自然淘汰の形で数を抑止しようとしている限り、彼はまだ正気だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とまどう神々は亡霊の声を聞く @HighTaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る