第10話 覚醒前⑩
神殿の内陣に進むのは初めてだ。ルキフェはそうではないらしい。迷うことなく角をいくつも曲がって進んでいく。
ここは迷宮になっているようだ。もしかすると侵入者の場合は罠や何等かの守護者が出迎えるのではなかろうか。そう思える広い何もない部屋もいくつか通った。
真っ白すぎて起伏がわからない一番奥の部屋の真ん中に機械の神が鎮座していた。
台座の上にうやうやしく飾られた金属のキューブ。それが神だという。
キューブのはまっている台座からは何本ものケーブルがはみだしていて、どこかにつながっているのはわかった。
そしてその横に古臭い人間型ロボットがいた。人間型といっても四肢と首と胴で構成されているほかはいかにも人工物の外見。カバーのあちこちが破れて中の機構が見えているのが古さを物語っている。
離れたところに高位の神官と思われる壮年の男がいたが、ルキフェの姿を見ると会釈してどこにドアがあるのか姿を消した。これでルキフェが神殿関係者ということは確定だ。
「連れてきた」
それどころか、神に対して友人にでも話しかけるかのように話しかける。
「待っていた」
ロボットから少し音割れのある合成音声が発せられた。これが機械の神の声なのだろう。
「浸食のあったリアルワールドはいくつあった? 」
「二つだ。思ったより少ない。申し合わせ通り、シャットダウンを開始している」
リアルワールド? シャットダウン?
「質問していいですか」
一応相手は神だ。丁寧をこころがけて質問の許可を求めた。
「問題ない」
神は鷹揚だった。
「リアルワールドと呼んでいるのは『現実』でしょうか。つまり、ここからログアウトして戻る場所です」
「そうだ。それと一つ訂正させてもらいたい。君たちはログアウトして戻るのではなくリアルワールドにログインしているのだ」
「こちらのほうが現実だと? 」
「いや、ここも仮想空間だ。仮想空間の中で構築された仮想空間、それがリアルワールドだ。そしてここは過去の記録を改変して作ったチュートリアル空間だ」
こいつは何を言っているのだろう。すでに丁寧にものをいうことはやめていた。
「過去の記録? それに俺の記憶はどうなる? これも仮想空間の嘘だと? 」
あそこで生まれて育って家族と食事をして遊びに行った思い出がある。それが仮想空間の中の虚構だと? 両親も、妹も現実にはいないというのはにわかには受け入れがたい話だ。
「リアルワールドの物と人は、かつて確かに実在したものだ。君自身も含めて」
つまり、俺は過去にいた俺自身の記録から作成された仮想空間の住人ということなのか。だが、俺の生きたところにはこんな凝った仮想空間を作る技術も人格を複写するような記録の方法などなかったはずだ。
そこではっと気づいた。それならこのゲームの世界だってあそこでは作れない。俺は似たようなゲームをしていたと思うが、こんなリアルなものじゃなかったはずだ。
と、いうことはやはりこの機械神オウラの言う通りなのか。
「もしかして、俺の人格、かなり補完してたりしないか」
「若干そうしている。だが、記録はほぼ完ぺきにライブラリにあった。過去に君の暮らした現実の社会は、あれ自体が実際の人間を使った世代をまたいだ社会実験だったのだ。実際にくらし、子供を作り、育てた。その子供たちの四世代目が君だ。ご両親も、妹さんも実際に生まれ、一緒に暮らした事実がある。その後の人生も少しあるがそこは取り込んでいない」
気の長い話だ。そして受け入れがたいと思いながらもやっぱりという実感もある話だった。
「なぜそんな実験を? 」
「孤立した人類が絶滅してしまわないようにするためのデータ集めだった。テラフォーミング船団があの後いくつも出発したし、数十年あけて播種船も出発することになっていた。成人含む余った人口を送り込むわけではないからね。そういうデータと私のような機械神が必要だった」
さらっと、やたら壮大な話が聞こえたぞ。
「ここは、地球じゃないのか」
「違う。ここはテラフォーミングされた惑星だ。管理番号は君には長いと思うので、住人が呼ぶ名前で呼べば『ゆらぎの大地』だ。地平線がひどくぼやけてゆらいでみえるからそう言われている」
なんてこった。
だが、ふと俺は自分が確かだと思うものがひどくたよりないものだったことを思い出した。聞くのは怖い。だが、確かめざるを得なかった。
「もしかして、俺の生まれた実験社会も? 」
「地球ではない。距離はかなり近いほうの、初期の失敗した植民星だ。君の先祖はその生き残りだよ」
実験のためとはいえ、あんなブラック労働が存在する社会を再現したのか。
「さしつかえなければ教えてくれ。俺のその後の人生は? 」
「脈絡が不明。質問の意図は? 」
「急に気になっただけだ」
機械の神は一秒だけためらったが、答えてくれた。
「結婚して、子供ができて、それから表向きは事故死したことになった」
「表向き? 」
「実験に気付いてしまったので、除かれたんだ。モニターはそこで打ち切っているのでその後については不明だが、ソースコードの痕跡から一つだけいえる。君はわたしのカーネルのオリジナルを書き、そのほんの一部がいまでも動いている」
「そんなたいそうなものを、俺が? 」
「君はちょっとした工夫で少し便利になる程度、でも起業できるかもという程度に考えていたかもしれないが、そうではなかっただけだ」
そうでなければ、本当に殺されてたかもしれない。そんな気がする。
「それからこの町は過去にあったものらしいが、どこにあったものだ? 」
魔法なんて虚構のあるこの仮想空間が現実にあったとは思えない。魔法要素はどこからわいてきたのだろう。
「この星だ。この町は過去にあったし、魔獣の脅威にさらされ史実としては陥落してしまった。君たちの倒したあの魔人が神殿に踏み込んで人々を殺しつくしたのだ」
「あなたもそこにいたのか」
「いた。コアをこの筐体にうつし、数人と逃げた。だからこの町の記憶が再現できているし、君たちのデータも保持している」
と、なるとあまりしたくない核心の質問をせねばなるまい。
「そうなると、俺たちは本当の現実ではどこにいることになるんだ」
「その答えをかねて君に頼みがある」
ロボットの体がゆっくり会釈した。
「狂った神は今でも新しい魔獣を生み出し、この滅びた町のように地上の住人たちを脅かしている。止めなければならない」
いやな予感がするぞ。
「今の俺はただの仮想空間の能動的なデータだよな」
「体を用意した。君がゲームと思っているこの空間での身体能力と同じだけの能力を有している。今の君なら問題なく能力を発揮できるだろう」
「それで、狂った神を破壊しろとでも? 」
さすがにそれは無茶ぶりだろう。狂った神も機械神なら破壊はできるだろうが、やすやすとやらせはしないに決まっている。
「いや、止めるのはルキフェがする。君には彼女と同行し助けてやってほしい。君の思うゲームでいえばクエストだ」
「ルキフェが、どうやって? 」
「彼女は狂った神の同族だ。止め方を知っている。問題は狂った神の所在が確定できていないことだ。協力して探してほしい」
「ルキフェと俺だけでいけと? 」
長旅になりそうなのに、それはちょっと。
「そうでもあり、そうでもない。詳しくは引き受けてもらえたあとにルキフェが説明するだろう」
そうか。しかし引き受けるなら最後の確認が必要だ。
「すべて済んだ後、俺はここに戻ってこれるのか? こことリアルワールドに」
「それは約束しよう。もし達成できなくとも十年以内に一度帰ってきてほしい。用意した体がそれ以上はもたない可能性が九割をこえている。仮想空間は全体に巻き戻しを行う予定だ。具体的には君が面談を終えた直後くらいにだね。その時は町への襲撃も延期になる」
なくなるわけじゃないんだ。
「もし、引き受けなければ? 」
「次を探すだけだ。巻き戻しでなかったことになりここで話を聞いた君は消える。何もしらない君が何も知らずに日常をすごすだけになるだろう。その間も現実では同じような襲撃が続くことになる」
断りづらい言い方だ。俺にできるのか? やるしかないのか? 俺じゃないとだめなのか? だが、こいつは俺に絞って準備をしていたようだ。
正直、迷惑千万だ。何で俺なのか。泣きたい気分になってきた。
返事は言葉にする必要もなかった。すとんと意識が暗黒に落ち、俺はなじんだ世界から放逐された。
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