第9話 覚醒前⑨
「私がどうやってあったこともないあなたのところに行けたと思う? 」
アストリーデに質問されたが、それはむしろ俺のほうが知りたい
「さあ、なぜだい」
「あなたのいたところが、『現実』に通じるゲートになってたのよ。あなただけじゃない。他の人のログアウトした場所も野犬がひっかいたら穴があくみたいよ」
「それをくぐってきたと? 」
無茶をする。
「ルキフェかわたしか、で魔獣がはいろうとしても阻止できるルキフェに残ったもらっただけ。あなたがこっちに戻ればゲートは閉じるしゲートをくぐってむこうにいった者はこっちに戻る。この場合、あなたを通じてあちらにいった魔獣とわたしね」
やっぱり情報量多すぎる。なんでそんなことを知ってるんだ。そしていう通りなら、あちらが気になるがログアウトはしないほうがいいことになる。
「もうそれくらいでいいだろう。マタザ、知っての通りいま町の中に魔獣がはいりこんでいる。君はこっちにもどってきたが、まだあちらに行ったままの者も多数いるし、あちらで殺されてしまった者もいるかも知れない。いちいち対処してはいられない。わたしはこれから神殿にいって神にあう。無事につけるよう同行してくれ」
「ルキフェってなにもの? 」
「知らない。カタリナは知ってるみたいだけど」
「わたしのことはどうでもよい」
ルキフェの無表情な声に少しいらつきが混じったと思う。彼女は立ち上がった。
「来てくれ」
へいへい。持ち物が記憶通りか確かめて俺は立ち上がった。
「行かないの? 」
アストリーデは座ったまま。彼女はもうしわけなさそうに手をあわせた。
「兄貴とあの二人と合流して市中の魔獣の追い出しをやるんだ。二人でいってきて」
かわいそうな「あの二人」。名前もいってもらえない。
アストリーデを無理にさそっても彼らがついてきてうるさいだけという気がする。
「だが、俺だけで大丈夫か」
「カタリナとハシバミも呼んである。途中で合流するはずだ」
「ハシバミを知ってるのか」
「一応、耳長族の仲間だからな」
そういえば、耳長族の先祖ってなんかやらかしたとかでプレイヤーはともかく、ノンプレイヤーキャラクターには恐れられている設定だったな。
「わかった、じゃあ行こう」
アストリーデは小さく手をふって見送った。そうしてると育ちのいい令嬢のようにも見える。普段着はジャージらしいが。
途中、魔獣と数回の交戦があった。山猫、はぐれ野犬、小熊。ルキフェの虎は攻撃力があるが打たれ強いわけではないのでひきつけるのは俺の役割になる。
数秒ひきつければだいたい虎が引き裂いてくれるのであまり大変さはなかった。牽制の槍がクリーンヒットして一発で倒したり、足元がすべってあわやというのを自分でも信じられない動きで立て直したり。
現実のほうでの交戦経験、あの謎の大男との戦いで成長したのだろうか。だが、あれは現実だ。人間の訓練による伸びを越える成長はないはずだ。
ないはずだが、実は少し妙な確信が生まれつつあった。同じことはアストリーデやカタリナも知っているようだ。もちろん、今一緒に走ってるルキフェにも。
「町は防衛できてたはずだ。なんでこんなことに? 」
かわりの質問。予想通りなら彼女はすらすら答えられるはず。
「新しい魔獣があらわれた。巨人型だ。強さだけなら小熊と大熊の間くらいで、知能もそれほど高くないみたいだが、野犬のリーダーのように他の魔獣を動かしている。そんなの誰も予測してなかったから、突破されてしまった」
現実のほうで会ったやつかな?
その特徴を話すと、たぶんそうだ、という返事が戻ってきた。
「顔をかくすものはそっちで見つけたのだろう。どういうわけか、あいつら顔を隠したがる。酷い場合は殺した人間の顔の……」
「わかった。それ以上はいい」
カタリナとハシバミがここで合流した。山猫をしとめたところのようだ。
二人は手をふって神殿の状況をおしえてくれた。
「魔人が一人、魔獣を各種あわせて十匹ほど引き連れて神殿の大扉を叩いている」
魔人ってなんだと思ったら、人型魔獣のことらしい。
「真正面からなんとかできる数じゃないよ」
こちらはルキフェと虎を2と数えても5、魔獣たちがその本能のままに動くなら手だてを考えることもできるが、野犬の群れのように統率されていると駄目だろう。
「狙撃は? 」
ハシバミは肩をすくめた。
「後ろ不用心だから一発ならいける。だけど少し距離があるのでバイタルゾーンにあてられる保証はない」
「毒は? 」
カタリナが肩をすくめた。
「手持ちもないし、材料もないわ。至近距離なら目つぶしになる熱いの用意できるけど、この距離じゃね」
「手持ちなら少しある」
ルキフェがバックパックからベルトホルダーにさしたシリンダーの一巻きを出した。
「麻痺毒、糜爛毒、神経毒、呼吸中枢に麻痺をおこすやつ」
物騒なのがごろごろめっきしたシリンダーにはいっているようだ。みんなちょっと飲まれたというか引いていた。
「暗殺でもやってたの? 」
「吹き矢で獲物をしとめるときに使ってた」
ハシバミが感心している。カタリナと俺は顔を見合わせた。言葉にしなかったがやっぱ暗殺みたいなものじゃないかと思ってるのは間違いなかった。
「で、これ使える? 」
「十分よ。五分頂戴」
割れないようにつめものをしたビーカーを出し、カタリナはシリンダーの毒をいくつかちょろちょろと入れて混ぜ合わせた。そしてビーカーを押し頂いた。少し光ったように思う。
「毒矢用の矢をちょうだい」
「自分でやるよ」
ハシバミは箙の矢をよりわけて間違えて取らないよう固定してあったものを取った。金属製で、中空になっているようだ。弦をかけるところが軟骨かなにかを削って作った栓になっている。
「気をつけてね。うっかり吸い込んだらいろいろ保証できないから」
ハシバミは鏃を浸し、栓をぬいて矢の尻をすって毒を吸い上げ、最後に栓を戻した。
「銀貨五十枚、だけど今回はまけとく」
結構高いな。この精緻な工作を考えるとそれもそうなのかもしれないが。
その後、魔人をしとめてからの作戦をたてた。魔獣どもが本能のまま動き出したらどうなるか、それにどう乗じるか。
作戦はカタリナが大部分立てた。ハシバミがスリングで目的の魔獣の注意を引き、やってきたのを俺が食い止め、横から虎がひっかく。必要に応じてカタリナが劇物で目つぶししたりルキフェが吹き矢や魔法加速した投石で援護する。
作戦がうまくはまると、そもそもなんでもない相手だったんじゃないかと錯覚しそうなほど簡単に行った。
貫通しきらないよう威力を調整した一矢。これがきまらなければ算を乱したように逃げ散るしかなかったと思う。魔獣どもの各個撃破とて、引っ張り方が間違いなら手に負えなくなる可能性があったし、俺が来たやつを支えられなかったらどうなったかわからない。カタリナ、ルキフェの補助も必要なときにはいってなければ支えきれなくなったり別に誰かに跳ねた危険もある。
最終的に小一時間ほどかけて神殿の前のグループを掃討することができた。
魔人は神殿の扉の前で大の字になって死んでいた。どんな毒をカタリナが作ったのかわからないが、この全身黒ずんで自分でひっかいてぼろぼろにしている死にざまは恐ろしい。
つけていた仮面、どうやらどこかの村でひろったらしい機械神の顔を模した祭礼用のそれがはずれて目鼻のバランスが不自然なゆがんだ顔が見える。苦悶のせいかもともとそうなのかわからないが、彼らが顔を隠したがるのは醜いと自分で思ってるせいじゃないかと思う。
そしてはだけたたくましい胸には黒ずんだ肌に黄色い文字で大きく「3」と書かれていた。入れ墨なのか何かで変色させたのか、直接書いたようには見えない。
何より、町で使われている文字ではなかった。俺の知っている、現実世界の数字だ。
「これは」
「狂った神でも神ってことね。たぶん試作ナンバーよ」
こいつら、この先知能があがったりするんだろうか。それは厄介だ。
神殿の扉はルキフェが開門要求を告げると軽い音を立てて開いた。見慣れた中には大勢の避難者がほっとしたように俺たちを見ている。
カタリナとハシバミはここで、避難者の中の冒険者を組織して市中の掃討を受け持つことになった。魔人がいないかぎり、慣れた相手ばかりだから大丈夫だろうという。それでも数がわからないのが不安で、まあしばらくは避難はつづけたほうがいいだろう。生存者の救出もするという。
人的被害がどれほどかわからないが、時間がたてばノンプレイヤーキャラが再登場するわけではない、という以上町の機能はかなりの制限を受けるはずだ。
被害がここだけならそれでも埋めようはあるが、近隣全体に被害が及んだ場合はそうはいかない。
「君はこっちだ」
俺も掃討に参加すべきだろうが、ルキフェがそれを許さなかった。
「機械神オウラ・ツー・オーが待っている」
神が俺になんの用だろう。
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