#41

――それから傷もろくに癒えぬ状態で、ドミノたちは町へと戻った。


あまり大きくない規模の町だということもあって、彼女たちが放った火によって建物のほとんどが焼け崩れている。


凄まじい異臭にとまだ熱を残す町には、甲冑姿の死体が多く転がっていた。


テンプル騎士団の面々だ。


おそらくはジャド·ギ·モレーのように甲冑をすぐに脱がなかったのだろう。


団員たちが身に付けている甲冑は鉄だ。


その熱伝導率は高く、当然衣服よりも熱が伝わりやすい。


「騎士団の連中は……」


「たぶん全員死んでるでしょ。この有り様だもの」


ドミノが敵の生き残りがいないかを口にすると、マダム·メトリーが全滅しているだろうと答えた。


地下道の出口で自分たちを待ち構えていたテンプル騎士団の一団は、十中八九外にいた別動隊だと思われる。


火の海のとなった町から生き延びたのは、きっとジャド·ギ·モレーだけだ。


三人が町の中を進んでいると、遠くから蹄の足音とそれに引かれる車輪の転がる音が聞こえてきた。


「あッユニコ! よかった、アンタも生きてたんだね!」


町の側に停めていたはずの馬車と馬のユニコだった。


どうやらユニコは、上手いこと脱出できていたようだ。


ユニコ自身も幌馬車も無傷で、町の火がしずまったからなのか、ドミノたちのもとに戻ってきてくれた。


ドミノは近寄ってきたユニコの顔を触れると、愛おしそうに撫でる。


そんな彼女のマネをしているのか。


マジック·ベビーも、ユニコの足を「よしよし」とでも言いたそうに優しく擦っていた。


それからドミノは、馬車の荷台から荷物を次々に外へと放り出した。


荷物を一通り放り終えると、彼女はマダム·メトリーに声をかける。


「マダム、約束のものだ」


マダム·メトリーがその中にあった袋の封を解くと、そこには凄まじい量の金貨が入っていた。


それは、ジャド·ギ·モレーから受け取った報酬の宝石を換金したものだ。


これは黒焦げになった町を立て直すための資金だと、ドミノは言葉を続ける。


「これだけあればなんとかなるだろう」


「えぇ。これでアンタも賞金稼ぎなんて辞めて、町長になれるわよ」


マダム·メトリーがそう返事をすると、ドミノは彼女の提案を拒否した。


自分はそんな器ではないと言って、わずらわしそうに首を左右に振っている。


そんな彼女の足元で、なぜかマジック·ベビーも顔をしかめて、同じような仕草をしていた。


「それに、私にはシスルに頼まれた仕事がある。まあ、今後ともいろいろ優遇してくれると助かるがな」


「もちろんよ。あなたには優先していい仕事を回すわ」


ドミノはマダム·メトリーにそう言われると、マジック·ベビーを抱いて馬車の御者台ぎょうしゃだいへ乗った。


抱いたベビーを自分の膝の上に乗せ、ユニコの手綱を握る。


「もう行っちゃうの? せめて傷が治ってからでもいいじゃん」


「この程度の傷なら移動しながらでも治せる。……レオパード、頼みがある」


ドミノは御者台からレオパードのことを見つめると、彼女へ話を始めた。


もしかしたらハーモナイズ王国の残党が、またこの町に集まって来るかもしれない。


ジャド·ギ·モレーとテンプル騎士団が倒されたと王国の残党たちが知れば、ここも危険になる可能性がある。


自分が仕事を終えて戻って来るまで、町を守ってほしい。


そう彼女に伝えた。


「でも、アタシ……元はあいつらの仲間だよ……。もしかしたら反乱軍だった連中も襲ってくるかも……」


俯いたレオパードに、マダム·メトリーが言う。


「その辺は大丈夫よ~。ワタシの用心棒ってことにすれば心配いらないわ。ここら地域に住んでる人間で、ワタシの賞金稼ぎギルドに逆らう奴なんていないんだから」


「おい、こいつを賞金稼ぎにするつもりか?」


ドミノが呆れながらそういうと、マダム·メトリーは口元を三日月のような形へと変えて笑う。


「なんで? いいじゃないの。賞金稼ぎはこの町の立派な住民よ。それとドミノ、アンタもだよ。その子とシスル·パーソンからの依頼を終えたらちゃんと帰ってきてね。なんてったってアンタはうちの看板賞金稼ぎなんだから」


「よく言う……」


ドミノが「ふぅ」とため息をつくと、彼女の膝の上にいたマジック·ベビーが顔を上げていた。


ベビーは二人との別れが寂しいのか、そのつぶらな瞳を潤ませている。


そんな赤ん坊をあやしながら、ドミノは手綱を引いてユニコを動かした。


別れの挨拶もせずに、幌馬車はレオパードとマダム·メトリーを置いて町から去って行く。


「ドミノ! ちゃんとベビーを守ってあげてよッ!」


去って行くドミノたちに、レオパードが声を張り上げた。


だがドミノが返事をすることはなく、彼女は無言で前を見ている。


「あぅ……」


マジック·ベビーがそんなドミノに何かを訴えると、彼女はヒップホルスターから拳銃を手に取った。


そして、空へ向かって発砲。


静かだった周辺に、ホイールロック式の拳銃の銃声が鳴り響いた。


「ガナー族流の別れの挨拶だ。これでいいだろう」


ドミノはマジック·ベビーにそういうと、拳銃をホルスターへと戻した。


硝煙の残りがドミノとマジック·ベビーをかすかに包む。


そしてベビーは、再び手綱を握った彼女をの無愛想な顔を見上げ、その身体に抱きつくのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フロンティア·レディ~賞金稼ぎと不思議な力を持つ赤ん坊 コラム @oto_no_oto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ