#40

「待てシスル。お前、死ぬ気か?」


ドミノが声をかけると、彼は振り返って答える。


「俺は使命を果たすだけだ」


「また使命か。依頼は受けないぞ。何を伝えたいか知らないが、その捜している奴には自分で会って自分で伝えろ」


そういったドミノは拳銃を握り、レオパードとマダム·メトリーへ指示を出した。


ボートが外に出たら前線には自分とマダム·メトリーが出て、レオパードはマジック·ベビーを何があっても守れと。


皆がコクッと頷いて狭いボート内で動き出すと、シスルはまとったいた炎をさらに強くした。


その凄まじい勢いで周囲を照らしたその炎は地下道を照らしていった。


あまりの炎の強さに、ドミノたちすら彼に近づけないほどだ。


しかし、その煌びやかな火の輝きとは対照的に、シスルの顔色が次第に青白いものへと変わっていく。


「突破するのは不可能だ。捕まれば赤ん坊は殺される。方法はただ一つ、俺が犠牲になることだけだ」


「ダメだ。何をするつもりかはわからないが、自爆はダメだ。……お前が必要なんだよ。ここから突破して、一緒に――」


「依頼を受けてくれ。そして、赤ん坊を連れて俺のいう奴に会うんだ」


「そんなのは私の仕事じゃない。……一緒に行こう」


「悲しむことはない」


「悲しんじゃ……いない」


シスルの言葉を否定したドミノ。


だが、どうみてもそれは強がりにしか聞こえなかった。


彼女は表情こそ変わっていなかったが、拳銃を握った手が震えていることがその証拠だ。


「これは俺の使命で赤ん坊を守るのがアンタのやることだ。頼んだぞ。必ずその子をあいつのもとに……」


シスルはそういうと、ボートから飛び降りた。


彼の身体は川に落ちることなく宙に浮き、水の流れよりも早く地下道の出口へと向かっていく。


「なんて伝えればいいッ!?」


ドミノが宙を飛んでいくシスルに声をかけた。


シスルは振り返ることなく、穏やかな声で彼女に答える。


「すまなかった……。ただそれだけでいい……」


シスルがそう呟くように言うと、炎をまとった身体から放たれた火の粉が、レオパードの胸の中にいるマジック·ベビーの顔へと飛んでいった。


それは、まるで赤子をあやすように輝いて消えていく。


誰もがその火の輝きに目を奪われていると、突然地下道の出口から物凄い爆発が起こった。


ボートが川の流れで地下道を出ると、シスルの姿はそこにはない。


外には、バラバラになった甲冑の破片がそこら中に転がっているだけだった。


その光景を見たドミノたちは理解する。


シスルが残された魔力をすべて使用して、敵を道連れにしたのだと。


「シスル……」


レオパードが彼の名を呟くと、マジック·ベビーが泣き始めた。


これまで一度も泣き喚いたりしなかった赤子が、声をあげて涙を流している。


ベビーにもわかったのだ。


シスルとは、もう二度と会えないということを。


「終わったね……。とりあえずボートから降りようか」


「あぁ、そうだな……」


マダム·メトリーが皆にそう言葉をかけると、ドミノは側にあった岩に向かってガントレットのワイヤーを発射。


岩に巻き付いたワイヤーを戻し、それからボートから降りて地面へと足をつける。


ハーモナイズ王国の残党――テンプル騎士団は倒した。


たったこれだけの人数で生き延びられたのは、すべてシスルのおかげだと言ってもいい。


皆が肩を落としに、彼を失ったことを悲しんでいると、突然マダム·メトリーが斬りつけられた。


「ぐわッ!?」


「マダムッ!?」


ドミノが苦痛の表情をするマダム·メトリーに駆け寄る。


傷は大したことないが、利き腕をやられた彼女はもう戦えそうにない。


ドミノがマダム·メトリーを支えながらが睨み、レオパードが剣を構えるのも忘れて立ち尽くしているその先には――。


「うそ……うそでしょ……? まさか生きていたの……ッ!?」


テンプル騎士団の総長ジャド·ギ·モレーが立っていた。


剣を構えたジャド·ギ·モレーの姿は、全身に火傷を負っていた。


自慢のテンプル騎士団の甲冑は脱いでおり、その下に着ている服も至るところが焦げている。


その姿から察するに、ジャドは火の海となった町からなんとか脱出して、ここまでドミノたちを追ってきたのだろう。


だが満身創痍ながらも、剣を握るジャドはまだまだ余力が残っていそうだ。


「たった四人に、我々が全滅させられるとはな」


ジャドはそういうと、動けずにいたレオパードに向かって剣を振り落とす。


そこへ飛び込んできたドミノが両腕に付けたガントレットで受け止め、レオパードとマジック·ベビーの盾になった。


ガキンという金属が川辺に響き渡り、そこからジャドの猛攻が始まる。


剣を振りながらジャドが言う。


「だが、まだだ! まだ負けてはいない! その赤ん坊さえ手に入れば、いくらでも巻き返せる!」


「ベビーは渡さん!」


ドミノは声を張り上げるが、彼女はもう限界だ。


雷の魔女――メアリー·ヴォワザンから受けたダメージで重傷である彼女では、もうジャドと戦う力は残されていなかった。


なんとかガントレットで剣を捌くも、あっという間に追い詰められてしまう。


剣を受けてよろめくドミノを蹴り倒し、ジャドが彼女の眼前に刃を突き付ける。


「これで終わりだ。しかし、安心するがいい。お前の拳銃は私のコレクションに加え、ガナー族がいかに素晴らしい加工技術を持っていた一族だったのかは、私が後世へ伝えてやる」


このままではドミノがやられる。


レオパードはそう思いながらも声すら出せなかった。


ジャド·ギ·モレーの執念が、彼女にかつてテンプル·ジュニアとして過ごしていたときの心的外傷トラウマをよみがえらせる。


震えて剣が握れない。


ガタガタと歯軋りすることしかできない。


戦わなければ殺されるとわかっていても、身体がいうことを聞かない。


「……クソッ! なんでこんなときにアタシは……アタシは……ッ!」


今にも泣き出しそうなレオパードが、胸に括り付けたマジック·ベビーを強く抱くと、ベビーが彼女へと呻き始めた。


シスルの死で泣き腫らした顔で「あーあー」言いながら、何かを必死で訴えている。


そんなマジック·ベビーの全身が輝き始めたが、その光はすぐに消えてしまった。


ベビーもまた限界なのだろう。


いくら凄まじい魔力を持っていても、この子はまだ赤ん坊なのだ。


レオパードはそんなグッタリとしたマジック·ベビーを地面に寝かせると、背負っていた大剣を手に握る。


「大丈夫だよ、ベビー。アタシが……アタシが守るから……。アタシが戦うからぁぁぁッ!」


レオパードはその分厚く大きな鉄の塊で、ジャドへと斬りかかった。


まさかレオパードが攻撃してくると思っていなかったジャドは、なんとか彼女の大剣を受け止めるが、彼もまた重傷だ。


表情を歪めながら強引に下がらされる。


「1517番! 私に逆らうつもりか!?」


「アタシは1517番なんて名前じゃない! レオパードだ!」


レオパードは自分にも言い聞かせるように叫ぶと、再びジャドへと斬りかかる。


だがしかし、剣技ならばジャドのほうが上だった。


しばらく打ち合うと、次第にその差が表れていく。


閃光のような刺突がレオパードの大剣を掻い潜り、ジャドの剣がレオパードの喉元へと突きつけられた。


「剣で私に勝てる思ったか?」


「思っちゃいないよ。でも、アタシの役目はこれで十分だ」


「なにを負け惜しみを言って――」


レオパードを追い詰めたジャドは、背後の気配に気が付く。


まだ動けたのかと剣で我が身を守ろうとしたが、もう遅かった。


ジャドの背後には、ホイールロック式の拳銃を構えたドミノが、その銃口を彼へと向けていた。


「やめろ!? 撃つなぁぁぁッ!」


その叫びも空しく、発射された弾丸はジャドの身体を貫き、彼の身体は川へと吹き飛んでいった。


川の水を血で染めながら流れていくジャドを見て、ドミノがレオパードに声をかける。


「私たちの勝ちだな……。助かった、レオパード」


レオパードは今にも倒れそうなドミノに肩を貸すと、何も答えることなく笑みを返した。


そして、そのままの体勢で傷ついたマダム·メトリーともとへ向かう。


マジック·ベビーはそんな二人の背中を眺めると、彼女たちの後を追いかけ始めた。


よちよち歩きで、実に嬉しそうに。

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