#39
酒場から地下へと入ったドミノは、爆弾で出入り口を吹き飛ばした。
町は火の海になっているが、念に念を入れての対処だ。
当然地下内は真っ暗だったが、マダム·メトリーはそれとなく灯りのある場所を知っていたのもあって、彼女の付けたランタンの火でドミノたちは奥へと進む。
先頭を歩くマダム·メトリーの後ろにいたレオパードが訊ねる。
「ここはどこに続いてるの?」
「町の外にある川よ。ここは町中の施設に繋がっているから、ちゃんとついて来ないと出られなくなるから気を付けてね」
マダム·メトリーの言う通り、地下内の道はかなり入り組んでいた。
まるで迷路のような道を進んでいくと、ドミノたちの耳にせせらぎの音が入って来る。
どうやらこの地下道には、そのまま川が流れているようだ。
「もう少しね。今から行くとこにはボートが置いてあるから、それに乗ってそのまま外に出られるわ」
それからドミノたちは、マダム·メトリーが話していた地下にあった川へと到着。
早速置いてあったボートに乗り込んで、小舟と繋がれていたロープを解く。
目で見る以上に川の流れは速く、この調子ならばすぐにでも町の外に出られそうだ。
ようやく一息つけたばかりに、マダム·メトリーが背筋を伸ばし始めた。
「はぁ……。これでテンプル騎士団の連中は追い払えたけど、ワタシの町も燃えちゃったねぇ」
「そこは大丈夫だと言っただろう。ジャド·ギ·モレーからもらった報酬はまだたっぷりとある。城の一つや二つ買えるくらいの額がな。それでアンタがまた町を創ればいい」
「なにアンタがもらった額ってそんなだったの? それだけあれば町を再建できるね~。そしたらドミノ、アンタは町のスポンサーだよ」
「肩書きに興味はないな。私は今まで通りに過ごすさ」
フッと息を吐いたドミノを見たマダム·メトリーは、次にシスルとレオパードに声をかけた。
この後に二人はどうするのかと。
二人のうち、先に口を開いたのはレオパードだ。
「シスルは元々人を捜してたんだっけ? う~ん、アタシはどうしようかな……」
「ちゃんと考えときなよ。アンタはまだ若いんだから。それに、もうテンプル騎士団に追われることもないしね」
マダム·メトリーがそういうと、レオパードの身体に括り付けられた布から、マジック·ベビーが声を出した。
いつの間にか目覚めたベビーは、嬉しそうに笑い声をあげている。
「大したもんだね、この子は。炎やら雷なりやらがドンパチやっている中で、泣き声一つ出さないんだからさ」
呆れたマダム·メトリーが、マジック·ベビーの顔を覗き込んでそういうと、皆が笑い出す。
その通りだといわんばかりに笑みを浮かべ、強張っていた表情や身体が緩んでいった。
しばらく川に流されていると、外の光が見えてくる。
もうすぐ出口だと、全員がその外の光が差すほうを眺めていた。
ハーモナイズ王国の残党――ジャド·ギ·モレー率いるテンプル騎士団との戦いは終わった。
そう誰もが思っていたのだが――。
「外に……テンプル騎士団が大勢いるぞ」
急にボートの前部分に身を乗り出したシスルが、顔をしかめてそう言った。
なぜそんなことがわかるのだとドミノが訊ねると、シスルは答えた。
彼がいうには、先ほど戦ったメアリー·ヴォワザンほどではないが、魔力を持った存在が外にいる。
それは、おそらくメアリー·ヴォワザンのような魔法使いではなく、武器に魔力を注入したであろう微力なものだが、その数は数十人はいると感じられる。
それが火攻めから逃げおおせた連中なのか、それとも町の外にいた別動隊なのかはわからないが、このまま外に出れば再びテンプル騎士団と戦うことになると、シスルは言った。
「なんだよそれ……。なら早くボートを止めなきゃッ!」
「無駄よ。ボートは漕いで進んでいるわけじゃない。水の流れで動いているのよ。止めようたって止められないわ」
「じゃあどうすんだよッ!?」
レオパードが慌ててボートを止めようとしたが、マダム·メトリーが意味がないと口を挟むと、彼女は声を張り上げた。
彼女が感情的になるのも無理はない。
こちらは四人。
しかも、ドミノは全身に雷を浴びて重傷。
頼みのシスルは、先ほどの戦闘で魔力が底をついてしまっている。
まともに戦えるにはマダム·メトリーとレオパードだが。
メアリー·ヴォワザンほどではないにしても、たった二人で魔力を持つ敵を数十人相手にできるはずもない。
「戦うしかない……」
「アンタそんな身体でなにを言ってんだよ!? でも降参なんてできないしッ! あぁぁぁッ! どうしようッ!?」
ドミノが答えると、レオパードが無理だと喚き始めた。
なんとかここまでやって来たというのに、ここで終わりか。
誰もがそう思ったが、マダム·メトリーが何かを思いついたのか、皆に言う。
「そうだ! この子よ! この子に魔法を使ってもらえばいいのよ! そうすればなんとかなる!」
マダム·メトリーはレオパードの身体に括り付けられた布――マジック·ベビーに向かって手を振る。
彼女はなんとかしてと必死に手を振って頼むが、ベビーは困った顔をしながら手を振り返しているだけだ。
赤ん坊はつぶらな瞳でマダム·メトリーを見つめては、「あーあー」と声を発している。
「子供に頼るな。その子は私たちが守っているんだ。逆に守られてどうする?」
「じゃあドミノ! アンタになんか良い案でもあるわけッ!?」
マダム·メトリーに大声で訊かれても、ドミノに代案などなかった。
すでに万策は尽きている。
これまで奇跡をみせてきたマジック·ベビーに頼ろうとするのも、現状では無理もない状況だ。
「ドミノ……。アンタに依頼がある」
「依頼?」
ボートが地下道から外へと向かう中、シスルが口を開いた。
こんなときに何を言い出すんだと、ドミノは思わずオウム返ししてしまう。
「この地図に記された場所に、俺が捜している人物がいる。そこへ行って、俺の代わりにその人物に伝えてくれないか」
声を掛けられたドミノも、マダム·メトリーもレオパードも、シスルが何を言っているのかが理解できない。
シスルはそんな彼女たちのことなど気にせずに、話を続ける。
「赤ん坊が何者なのかは、きっと俺の捜していた人物なら知っている。アンタはその子を連れてそいつに会うべきだ」
そう言ったシスルは六尺棒を一振りすると、凄まじい炎が彼の全身を包み始めた。
それはまるで彼の命を燃やしているような、そんな輝きを持った火の光だった。
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