#38
狭い店内で、シスルの炎とメアリー·ヴォワザンの雷がぶつかり合う。
その衝突によって凄まじい衝撃がドミノたちを襲い、彼女たちは二人の傍に近寄ることもできなかった。
こんな状況では援護など不可能だった。
「くッ!? こんなのもう人間の戦いじゃないよ!」
マダム·メトリーがテーブルを盾にしてながら叫ぶと、ドミノはあること思いつく。
「マダム。アルコール度数の高い酒は火を着けたら燃えるが、何度以上の酒が燃えるかわかるか?」
「えッ? こんなときになにいっての? 料理でも派手に作りたいわけ?」
「いいから教えてくれ。上手くいけば、この場から逃げられる」
アルコールに火が付く度数は、温度と気圧が関係するので一概には言えない。
室温の標準温度20℃で60度のウイスキーに火を近づけると燃え始めるが、40度ではすぐにつかない。
しかし、そのまま火を近づけたままでいると暖まって火がつく。
火がつくということはアルコールが気化(蒸発)したものに引火するということであるが、アルコール度数100%のアルコール液は、液体温度が13度でも火を近づけただけで引火する。
ただ液体温度が13度以下でもしばらく近づけていると、部分的に13度になると引火するということもあるので、一概にはっきりと答えられない。
マダム·メトリーは、ドミノに説明をしながらハッと気が付いた。
こんな炎と雷がぶつかり合うような室内にいたら、室内が火事になる。
早く逃げ出さなければ黒焦げだと、慌ててドミノへ言う。
「考えたらかなりヤバい状況じゃないのよ!?」
「ということは、この店の酒はほとんど燃えるんだな?」
「今日は気温も高いし、きっとすぐ燃えるよ! このままじゃさっきアンタが撃った弾丸みたいにワタシらも灰になっちゃうッ!」
慌て始めるマダム·メトリーにドミノは落ち着くように言うと、彼女たちから少し後方にいたレオパードに声をかけた。
それからドミノは二人へ、店の酒を使って火炎瓶を作るように指示を出す。
先ほどマダム·メトリーが教えてくれたアルコール度数100%に近い酒ならば、低温でも火が付く。
ドミノはそれらを使って、外にいるテンプル騎士団の連中を一掃しようと考えた。
「ドミノ、アンタ町を燃やす気!?」
「あいつらごとな」
「ワタシの町を燃しちゃうのか……」
「安心しろマダム。戦いが終わったら、町を復興させるだけの金は私が出す」
躊躇するマダムにそう声をかけたドミノは、マダム·メトリーとレオパードに早く作業に取り掛かるように言うと、シスルとメアリー·ヴォワザンのほうへと歩み始めた。
マダム·メトリーとレオパードは声を出して彼女を止めようとしたが、ドミノはそのまま歩を進める。
「私はシスルの援護を続ける。どの道、あの女は倒さないといけないからな」
ドミノの作戦は酒場にあったアルコール度数の高い酒を使って火炎瓶を作り、テンプル騎士団に火攻めをするというものだ。
幸いなことに、彼女には手持ちの爆弾と装填用の火薬がありったけある。
一か八かではあるが、今の状況を変えるにはこの方法しかないと、ドミノは考えた。
だが、その前にメアリー·ヴォワザンを倒すことは必須である。
ドミノは、人智を越えた魔法での戦い続けているシスルとメアリー·ヴォワザンに、今まさに割って入ろうとしていた。
まき散らされる炎と雷を避けながらホイールロック式の拳銃を握り、もう片方の腕をかざし、雷の魔女に狙いをつける。
「シスル! 私が女の動きを止める! その間に仕留めろ!」
ドミノはシスルに向かって叫ぶと、彼女のかざしていた腕――ガントレットからワイヤーは発射。
金属線が飛び出し、メアリー·ヴォワザンの身体に巻き付いた。
身動きを封じられたメアリーは、全身から雷を放出。
当然ワイヤーを伝って、ドミノの身体に閃光が流れてくる。
「ぐわぁぁぁッ!?」
「ドミノッ!?」
「早く、早く! 今のうちにやれ!」
全身に雷を浴び、苦痛の声を漏らしながらも、けして拘束を解かないドミノ。
シスルは彼女に言われた通りに動き出し、ワイヤーで縛られているメアリー·ヴォワザンに向かって
回転する炎の輪が放たれ、雷の魔女はその業火に包まれ、彼女は悲鳴もあげることなく燃え尽きていった。
メアリー·ヴォワザンを倒したシスルは、慌ててドミノへと駆け寄る。
「なんて無茶をするんだ、アンタは」
「これでお前の使命も完了だ。あとは町を燃やしてこの場から逃げるぞ」
そう言ったドミノの身体には、まだ雷の熱がこもっていた。
全身を火傷しているようだが、今はそんなことを気にしている状況ではない。
ドミノはシスルの肩を借りると、マダム·メトリーとレオパードへ声をかける。
「準備はできてるか?」
「オッケーだよ」
「ついでに酒樽にも導火線を付けといたよ」
「よし。じゃあ、外にいる奴らにたっぷりと振舞ってやろう」
二人の返事を聞き、ドミノがそう言うと、レオパードが窓から外に向かって酒瓶や酒樽を放り投げ始めた。
次々と割れてはそこら中にガラスの破片とアルコールがぶちまかれ、転がっていく酒樽にジャド·ギ·モレーを含めたテンプル騎士団が一体何事かと浮足立つ。
「シスル、適当に火を放ってくれ」
ドミノからそう言われたシスルは、言われた通りに店の外に炎を放った。
六尺棒から放たれた炎とアルコールが反応し、辺りが火の海になっていく。
「これはッ!? まさかメアリー·ヴォワザンがやられたのかッ!?」
ジャド·ギ·モレーの慌てる声が聞こえてくる。
そんなジャドの声を聞き、ドミノがボソッと呟く。
「そのまさかだよ、マヌケが」
それから彼女たちは燃えさかる町を後にし、床にあった蓋を開けて地下へと向かった。
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