#37

一人でテンプル騎士団へと向かうシスルを、レオパードが身を乗り出して止める。


「いきなりなにいってんだよッ!? いくらアンタが強いからって一人であの数を、ましてやあの女を倒せるはずないじゃん!」


レオパードは余程メアリー·ヴォワザンが恐ろしいのか、彼女の力を強調して口にした。


一方でシスルのほうは足こそ止めているが、今すぐにでも飛び出そうといった様子だった。


止めてきたレオパードには何も答えずに、両目を瞑ったまま敵のいる方向へ身体を向けている状態だ。


「なにか策でもあるのか?」


ドミノが訊ねると、シスルはようやく口を開いた。


だが、それは質問された答えではなく、ただ彼の意思を説明するだけのものだった。


メアリー·ヴォワザンが放つ禍々しい魔力は、かつてのシスルの仲間――英雄である漆黒の剣士が持つものと元は同じ力なのだそうだ。


シスルはその一端を知っているだけに、その力を放っておくことができないと言う。


「これは俺の使命だ。アンタらには関係ないよ。あの女、メアリー·ヴォワザンがあの力を持つ者ならば、この場で仕留めなければならない」


「そうか。じゃあ、お前はもう勝手にやると、そう言いたいんだな」


ドミノがそういうとマダム·メトリーも会話に入ってくる。


「さすがは英雄さまだねぇ。こんなときでも使命ってさ。ま、俗物のワタシは逃げさせてもらうよ。ほら、ドミノも嬢ちゃんもさっさと逃げるよ。せっかく彼が残ってくれるっていってんだからさ」


「そんなのダメだよ! シスルはアタシたちの仲間じゃん! シスルがいなかったらアタシとドミノはとっくに死んでたんだよ! それなのに、シスルをここで見捨てるの!?」


レオパードは、シスルを置いてはいけないと叫んだ。


そんな彼女の気持ちに気圧けおされたのか、マダム·メトリーが眉を曇らせていた。


「ドミノ……お願い……。シスルを置いていかないで……」


悲願するレオパードは、ドミノに訴えかけた。


メアリー·ヴォワザンはもう酒場の目の前へと迫っている。


もう作戦を考えている時間はない。


せめてマジック·ベビーだけでも逃がしたいが、レオパードはシスルを置いていくことはできないと言っている。


ならば、できることは一つ。


「あの女を殺して、シスルと一緒に逃げる……。それならお前たちも納得するだろう」


「ドミノッ!」


その言葉に、レオパードが歓喜の声を出し、マダム·メトリーは呆れて手に持っていた酒瓶に口をつけていた。


その中で誰よりも驚いていたのがシスルだ。


彼は顔をドミノのほうへと向け、自分を置いて逃げるように言う。


「気はたしかか!? 俺は好きでここに残るんだぞ!? アンタはあの子を守りたんじゃないのかッ!?」


「正気じゃないヤツにまともかどうか言われたくないな。もう話している時間はない。あの女が来るぞ」


ドミノがそう言い返すと、メアリー·ヴォワザンが出入り口の扉から入ってきた。


フードから見えるメアリー·ヴォワザンの顔は、どこか虚ろで正気ではないように見えた。


だがそんな彼女の表情とは対照的に、その全身からは禍々しい瘴気が放たれている。


「来た……来ちゃった……」


レオパードがガタガタと震えながらも大剣を構えた。


彼女と同じように、マダム·メトリーはメイスを、シスルは六尺棒ろくしゃくぼうをそれぞれ構え直す。


ドミノがホイールロック式の拳銃を握りながら、店内に入ってきたメアリーを見て考える。


正直、この狭い店内ではレオパードの大剣は不利だ。


しかもメアリーを目の前にしたせいで、明らかに恐怖を感じている。


これでは普段の半分の力も出せないだろう。


それでも、こちらは四人いる。


ジャド·ギ·モレーは知らないだろうが、自分たちはこれまでの旅で大型の魔獣らを倒してきた。


今目の前に現れたメアリー·ヴォワザンが、たとえマジック·ベビーと同じような力を持っているとしても、大型の魔獣らよりも強いとは思えない。


幸いことに、テンプル騎士団は動いていない。


先ほどジャドが口にしたように、この女――メアリー·ヴォワザンだけで自分たちを仕留めるつもりだ。


「それなら勝算はある……」


ドミノはそう呟くと、ゆらゆらと動くメアリーへ発砲し、彼女へと駆け出す。


次弾を装塡そうてんしながらも走り、一気に決着をつけにいった。


マダム·メトリーも彼女に合わせるように、カウンター内から飛び出す。


ドミノの撃った弾丸は、メアリーの目の前で灰になった。


彼女の周囲には、いつの間にか稲妻がほとばしっており、その閃光が弾丸を消し去ったのだ。


しかし、それぐらいは予想していたのか、ドミノは拳銃を握ったまま殴り掛かる。


飛び出していたマダム·メトリーもメイスを振り上げ、打ち合わせなしの左右から同時攻撃となった。


「二人共ッ離れろッ!」


突然シスルが叫んだ。


その声を聞いたドミノとマダム·メトリーは瞬時に攻撃態勢から切り替え、メアリーから距離を取った。


すると二人の目の前で雷鳴が響き、メアリーの周囲に無数のいかづちが落とされた。


もしあのまま飛び込んでいたら、全身を丸焦げにされていたところだったと、ドミノたちは息を飲む。


「こいつがこの女の魔法か……」


「あの子のときやシスル·パーソンの炎を見たときも驚いたけど、長生きはするもんだねぇ。ここ数日で奇跡体験しまくっちゃってわ」


軽口を叩くマダム·メトリーの顔は、冷や汗まみれになっていた。


口では平静を保っているようにみせているが、彼女もまたレオパードと同じように恐怖している。


それはドミノも同じだった。


しかし、それでもドミノには、この女が大型の魔獣よりも恐ろしいとは感じない。


「シスル、魔法使いに弱点はないのか? これじゃヤツに一撃入れることもできない」


ドミノがマダム·メトリーと共に後退しながら訊ねると、シスルは六尺棒ろくしゃくぼうを風車のように振り回して前へと出てくる。


「俺が正面からいく。皆は援護を頼むぞ。あの女の放つ雷さえ避ければ攻撃は当てられるはずだ」


そして、振り回した六尺棒をからは、彼の魔力――炎がまとい始めていた。

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