#36

「ジャド·ギ·モレー! お前のいう人間はここにはいないッ! それとこちらに赤ん坊は渡す気はないから、さっさとこの場から去ってお前のいう神様にでも祈りでも捧げるんだな!」


この場にいる誰一人としてマジック·ベビーを連中に渡す気はないと、ドミノが代弁する。


声を張り上げたドミノを見て、レオパードが笑みを浮かべていた。


それはマダム·メトリーもシスルも同じだ。


彼女たちはこんな絶体絶命の状況でも、けして諦めてはいなかった。


それぞれの信念や希望を胸に、圧倒的な数を前にしても心は奮い立っている。


ドミノの言葉を聞いたジャドは、顔をしかめると再び口を開く。


「祈りを捧げるのは、お前らから“それ”を取り返した後だ。お前は“それ”を何かわかっているつもりなのだろうが、わかってなどいない」


「わかっている。この子はまだ言葉も喋れない赤ん坊だ。道端にいるものを口に入れてしまうような、そんな放っておけない子供なんだ」


「本気で言っているのか? お前も“それ”の力は見ているはずだ。“それ”はただの赤ん坊ではない。世界を変えるほどの力を持った、神が我々に与えた物だ」


「この子を物扱いするようなヤツには渡せない。さっきシスル·パーソンが言っただろう。私たちは絶対にこの子をお前たちから守ると」


断固としてマジック·ベビーを守ると言い続けるドミノに、ジャドは呆れて上げていた手を下ろした。


それを見たテンプル騎士団の面々が武器を下げ、再び背筋を伸ばして整列する。


「本当に状況をわかっているのか? 私としても出できる限り暴力は避けたいのだ。神の慈悲に従い、お前たちに考える時間をやろう」


ジャドがそう言うと、整列した騎士団の中から一人の女性が出てきた。


窓から顔を出していたドミノとシスルには、その女性が見えていた。


ドミノはその女性のことを知っている。


そのフードを被った酷くやつれている女性は、ドミノがマジック·ベビーを奪ったときに見たメアリー·ヴォワザンという人物だ。


だが、そのときとメアリーの様子は違っていた。


ドミノが彼女を見たときは、もっとおどおどした弱々しい感じだったはずだが。


今目の前に現れたメアリーは、ゆらゆらと不安定に歩きながらも全身から禍々しい瘴気をまとっている。


様子がおかしいメアリーが前に出てくると、ジャドが再び話を始める。


「もし赤ん坊を渡さないなら、このメアリー·ヴォワザンをけしかける。彼女については、そこにいるジュニア·テンプル1517番に訊くといい。1517番は、自分の同胞が何人も消滅させられたのを見ている」


レオパードは、メアリー·ヴォワザンの名を聞いて窓から外を眺めた。


彼女の両目が恐怖で染まっていることから見て、メアリー·ヴォワザンの実力は本物だろう。


「あの女、あの女から凄まじい魔力を感じる」


シスルもまた先ほどから感じていた強い魔力の正体は、メアリー·ヴォワザンだと口にしている。


彼女たちが怯む中、ジャドはさらに話を続ける。


「またそこにいるガナー族の賞金稼ぎドミノ·ハーヴェイは、ガナー族と我々との戦いの話を聞いたことがあるだろう。特殊な加工技術で造った武器を持ちながら、どうしてガナー族が我々に敗れたのかを。メアリー·ヴォワザンが持つ力は、お前がもっとも恐れるものだ」


ジャドの言葉で、ドミノの表情が強張る。


「ギルドのリーダーであるマダム·メトリーには、その見た目には合わない年齢からくる経験と知恵で、仲間を説得してもらいたい。私がお前たちに与える時間は五分だ。こちらの交渉に応じてくれれば、命は奪わずに必ず解放することを約束しよう。おっと、だがシスル·パーソン、貴様はダメだ。貴様には赤ん坊と同じように、我々のかてになってもらう」


あくまで主導権は自分たちにあるといったジャドの態度に、ドミノたち全員が顔をしかめていた。


あくまで主導権は自分たちにあるといったジャドの態度に、ドミノたち全員が顔をしかめていた。


「どうする? 命だけは助けてくださるって言ってるけどさぁ」


マダム·メトリーは店にあった酒瓶を手に取り、ゴクゴクと飲みながら皆に訊ねる。


「シスル·パーソンには悪いけど、ここは一度あいつの提案を受けて出直すってわけにはいかない?」


「ベビーがこちらにいるうちは、連中も無茶できないはずだ」


「さっきあれだけ矢を打たれたのに、よくそんなことが言えるね」


「あの程度なら私たちがベビーを守れると判断したんだろう。ジャド·ギ·モレーは、私たちのことをよく知っているようだからな」


マダム·メトリーにそう答えたドミノは、突然店内を捜索し始めた。


何かを探している彼女に、レオパードが声をかける。


「いきなりどうしたんだよ? まさかこんな店にあいつらに対抗できる武器があるとか言わないよね?」


「武器はないが、ここはマダム·メトリーの言う通りここは一度出直そう。当然あいつの提案を突っぱねてな」


どうやらドミノは、ジャド·ギ·モレー暗殺を諦め、町から脱出することを考えているようだ。


「マダム、この店に他の出入り口はないのか?」


「見ればわかるでしょ? 扉は一つしかないんだからさ」


「この町にはアンタが作った地下道があっただろう。それがこの店にもあれば、ここから脱出できる」


「そうだわ……。なんで今まで忘れてたのかしら……。ある、この店にもあるわよ!」


マダム·メトリーはドミノの言葉で思い出したのか、カウンター内へと入り、密集している酒樽を退かしていく。


酒樽の下には、取っ手の付いた蓋が見えた。


ここからならば町の外へと出ることができる。


だが、少しだけ見つけるのが遅かった。


「時間だ。残念だが、お前たちは今日この場で死ぬ」


ジャドがドミノたちがいる酒場に向かって冷たい声を発した。


すると、テンプル騎士団の面々の前に出ていたメアリー·ヴォワザンが動き出す。


ゆらゆらと左右に揺れながら、まるで幽霊のような動きで酒場へと近づいてくる。


周囲にいた騎士団たちは、ジャドの指揮のもと全員が武器を構えていた。


弓矢を持つ者が前列に並び、店から出てきた者を射殺そうと攻撃態勢に入ったまま整列している。


「ヤバい、ヤバいよ! あの女が来ちゃうッ!」


「早く逃げましょうッ!」


レオパードが慌てて声を張り上げ、マダム·メトリーも皆へ早く地下道への入る出入り口に来るように声をかけた。


だが、ドミノは考える。


このまま地下道に入っても、あの人数で追いかけられたら捕まるのも時間の問題だ。


何か手はないかと、彼女が思考を巡らせていると――。


「俺があの女を食い止める」


シスルが六尺棒ろくしゃくぼうで床に突き、ドミノたちに背を向けて歩き出した。

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