#35

ジャドはドミノたちに向かって話を始める。


「ガナー族の生き残りよ。お前は我々を三度も裏切った。一度目はお前の一族が王国の法を拒み、二度目はお前自身が受けた依頼を放棄して逃亡し、そして今度は私を殺そうとした」


押さえた口調で丁寧に言っているが、ジャドのその声には怒気がはらんでいた。


たしかに彼のいうことにも一理ある。


ジャドが最初に口にしたガナー族が当時のハーモナイズ王国の傘下に降らなかったのは、ドミノには関係のない話だが(ガナー族の粛清当時の彼女は、ただの鍛冶屋の見習いだった)。


ドミノは賞金稼ぎとして、テンプル騎士団の依頼を受けたのだ。


それが急に彼らの目的だった赤子――マジック·ベビーを奪って逃げた。


その事実だけ抜き取れば、プロの仕事として、けして誇れることではない。


「だが、それでも我々の神は慈悲深い。たとえ国が消え、王が死んでも、我々テンプル騎士団の神は健在だ。お前たちがここで赤ん坊を渡すならば、全員、命だけは見逃がしてやろう」


ドミノを責めるような言葉を口にしていたジャドだったが、今すぐにマジック·ベビーを渡せば彼女たちの無事を保証すると言い出した。


その言葉を聞いたシスルが、羽織っていた外套がいとうのフードを頭から外し、ゆりかごをそっとテーブルの下に置く。


それから、彼はドミノたちに訊ねた。


ここでこの赤ん坊を連中に渡すのかと。


そう言われた彼女たちは――。


「ここで渡すくらいなら、最初から逃げたりしていない」


――ドミノ。


「ベビーはアタシたちが守るんだ! あいつらなんかに渡すわけないじゃん!」


――レオパード。


「死にたかないけど、あの子には借りがあるからねぇ。それにギルドの決まりに従うなら、いくらド汚いワタシでもあの子のことは渡せないよ」


――マダム·メトリー。


三人はジャドの誘いを拒否する。


彼女たちの返事を聞いたシスルは、クスリと笑みを浮かべた。


彼は訊ねたのが失礼だったと言いたそうな顔をしていて、少々バツが悪そうだ。


それからシスルは、陣形を組んでいるテンプル騎士団の先頭に立つジャドへと声を張り上げる。


「テンプル騎士団の総長、ジャド·ギ·モレーに、こちらから言うことがある!」


シスルそう言いながら、窓から顔を出し、その姿を敵に晒していた。


彼の姿を見たジャドたちテンプル騎士団の面々から、ざわつく声が上がり始める。


それも当然。


なぜならばシスルは、以前に世界中を襲った大型の魔獣を打ち倒した英雄――漆黒の剣士の仲間であり、さらには反乱軍のメンバーとして、彼らが所属していたハーモナイズ王国を滅ぼした敵なのだから。


「シスル·パーソン……。まさか貴様と再び相まみえようとはな。光などとううに失っているというのに、どこまでも我々の邪魔をしたいらしい」


「前に会っているようで悪いが、こっちはお前と会った覚えがない。当然名前くらいは知っていたけどな。ともかく、赤ん坊は渡せない! もし力で来るならば、こちらも全力であの子を守る覚悟だぞ!」


ジャドはシスルの言葉から、ドミノたちがマジック·ベビーを引き渡すつもりがないことを理解した。


それから彼は、そっと右手をあげてテンプル騎士団の面々に指示を出そうとする。


ジャドのその動きで整列していた甲冑姿の男たちが、一斉にそれぞれの攻撃態勢へと移っていった。


「これが最後の機会だぞ。さすがの神も、これ以上の過ちはお許しにならない」


手をあげた状態でそういったジャドは、さらに言葉を続ける。


「おい、1517番。それはお前もだぞ」


いきなりよくわからないナンバーを口にしたジャド。


何かの暗号かと、ドミノたちが顔を見合わせると、レオパードの俯きながら震えていた。


「私が気が付いていないとでも思ったか? お前がそこにいるのはわかっているんだぞ、ジュニア·テンプル1517番」


ジャドが謎のナンバーを口にするたびに、レオパードはさらに震えてしまっていた。


震えるレオパードを見て、ドミノとマダム·メトリーは互いに顔を合わせた。


ジャドが先ほど口にしている言葉が、レオパードに向けられているものだと理解し始めた二人は、彼女に訊ねる。


「レオパード。さっきからヤツが言っているのはお前のことなのか?」


「そうよ。1517番ってあなたのことなの?」


「そ、それは……」


レオパードは答えようとするが、上手く言葉にできないようだった。


よく考えてみれば、ドミノはレオパードの素性を知らない。


マジック·ベビーの捜索をジャドに依頼され、向かった先の廃墟となった街で偶然出会っただけの仲だ。


だが、ジャドは明らかに身内に対する遠慮のない物言いで、彼女に語り掛けている。


今もずっとよくわからない番号を口にし、レオパードにこちらへ来るように言っている。


「お前は、ハーモナイズ王国の人間だったのか?」


ドミノはレオパードのことを、てっきり腕試しで旅に出た貴族の娘だと思っていた。


退屈な暮らしに飽き飽きしたお嬢様が家を飛び出したくらいに思っていたのだが、彼女の素性はもっと複雑なようだ。


訊ねられても何も答えられないレオパードの代わりに、シスルが口を開く。


「ジュニア·テンプルは、テンプル騎士団の下部組織の名前だ」


シスルは、先ほどからジャドが口にしている言葉の意味を説明し始めた。


ジュニア·テンプルとは、ハーモナイズ王国軍であるテンプル騎士団の下部組織であり、そのメンバーは主に少年や少女で構成されている。


そのメンバーは幼い頃から剣技や教養、さらに王国への忠誠を叩き込まれた。


無慈悲で妥協のない神殿騎士テンプルナイトとして、与えられたナンバーで呼ばれる彼ら彼女らは、ハーモナイズ王国崩壊後にそのほとんどが戦死したと言われていた。


「彼女はその生き残りらしい。そうなんだろう、レオパード」


シスルにそう言われ、レオパードはコクッと頷く。


話を聞いたドミノは、これまでのことを思い出しながら納得していた。


レオパードのガサツな態度や喋り方と、彼女が食事を取るときの礼儀正しいとの差に違和感があったこと。


貴族が作法として覚えるお行儀のよい剣技にしては、彼女のそれがより実践的でたしかな実力があったこと。


そして、シスルのことを見たときに、気まずそうにしていたこと――すべてが繋がる。


きっとレオパードが魔獣の出るような廃墟の街に一人来ていたのも、王国があった中心地から辺境へと逃げてきたところだったのだろう。


知っている人間に出会わないように逃げた先が、たまたま危険な場所だったなんて運の悪い話だ。


「じゃあ、話は簡単だ」


ドミノはそういうと、マジック·ベビーが入っているゆりかごを拾ってレオパードへと近づく。


それから挙動不審になったレオパードに、彼女はゆりかごから出したマジック·ベビーの布で括り付けた。


「こ、これは……?」


「お前がさっき言っただろう。ベビーはアタシたちが守るんだって。だからこの子のことは任せる」


「ドミノ……ア、アタシ……」


瞳を潤ませるレオパードに、ドミノは背を向けると、今にも泣きそうな彼女へ言う。


「お前は私にとってレオパードだ。それ以外何者でもない。1517番なんてヤツは私の仲間にはいないんだ」


ドミノの言葉を聞いたレオパードは、グッと歯を食いしばると顔を拭った。


それから胸の中で眠るマジック·ベビーの顔を見て、表情を引き締める。


マダム·メトリーやシスルが、レオパードに覇気が戻るのを感じてホッと胸を撫で下ろしていた。


そんな空気の中ドミノは、ホイールロック式の拳銃を握り直すと窓から顔を出した。

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