#34
ジャドは酒場の店主に手を振り、人数分の酒を用意するように
ハーモナイズ王国で使っていたような形式ぶった杯へと、真っ赤なワインが注がれていく。
以前に店にはあのような杯やワインなどこの店にはなかったはずだが、ジャドが町を占拠して彼好みにしたのだろう。
「座ってくれ」
ジャドがマダム·メトリーにそういうと、彼女はドミノとレオパードを乱暴に席へと座らせた。
それから彼女たちはテーブルを囲い、店主が用意した杯に入ったワインが運ばれてくる。
それに合わせるかのように、周囲に散って並んでいたテンプル騎士団の団員たちが横並びに立つ。
この庶民的な店で、何か儀式でもするかのような物々しさだ。
ジャドはテーブルに運ばれた杯に手を伸ばす前に、再びドミノのほうを見る。
「君の同胞を苦しめたことは残念だった。あれは避けられたことだったことだというのに……。どうしてガナー族はあれほどまで抵抗した? 我々の法を受け入れれば、一族の加工技術はきっと世界中で賛美を受けられただろう」
ドミノはジャドから目を逸らすことなく、彼のことを見返していた。
だが、
「ガナー族だけではない。すべての民族が王国を受け入れれば、今のような混乱に満ちた世界になどならなかった。平和、繁栄……今の世の状況と王国が統治していた頃を比べればそれがわかる」
ジャドは、次第に熱が入りながら言葉を続ける。
「町から町へと移る君ならば見ているだろう。世界は革命以降、平和になったか? 私に見えるのは、無秩序に苦しめられる民衆の姿……殺戮と混乱だけだ」
どうしてだか、ジャドはドミノ一人に絞って話をしているようだった。
その態度から見るに、彼としてはハーモナイズ王国がガナー族を皆殺しにしたときに、何か思うことがあったのかもしれないと思わせた。
「だが、そんなカオスももうすぐ終わる……。赤ん坊を見せてもらおうか」
来た、チャンスだ。
レオパードはそう思いながらゴクッと息を飲んだ。
細かい作戦内容は変わったが、ジャドがマジック·ベビーをゆりかごから出した瞬間が合図。
ドミノがジャドを撃ち殺し、レオパード、マダム·メトリー、シスルで店内にいる護衛四人を無力化する。
しくじれば命はない。
町にいる数十人のハーモナイズ王国の残党が襲い掛かって来る。
失敗はそのまま死を意味する。
四人には、態度にこそ出していないが、緊張感が走っていた。
これからだとドミノたちが思っていたそのとき、突然酒場にテンプル騎士団員の一人が入って来る。
その団員はジャドのもとまで行くと、彼に耳打ちをした。
当然その内容はドミノたちにはわからなかったが、団員から何かを知らされたジャドが席から立ち上がる。
「これから乾杯というときにすまないが、ちょっと失礼する」
そういったジャドはテーブルから離れていく。
そして、先ほど耳打ちしてきた騎士団員から何かを手渡されていた。
それは、ハーモナイズ王国の紋章の
ジャドは
一方ドミノはその間に、テーブルの下に隠した手から縄を解いていた。
すぐにほどけるように緩ませていたため、するりと手を抜くと、腰にあるヒップホルスターからホイールロック式の拳銃を静かに取る。
「一発で仕留めなよ」
マダム·メトリーが小声でドミノに声をかけた。
ドミノが小さくコクッと頷くと、シスルは彼女たちへと近づき、二人に耳打ちする。
「強い魔力を感じる……。ここは一先ず退散したほうがいいかもしれない」
「魔力? マジック·ベビーが起きてなんかしてるの?」
レオパードが小声で訊ねると、ジャドは手紙を読み終えて酒場から出て行った。
それからどういうことなのか。
彼に続いて騎士団員たちも皆店を後にする。
黙ったまま何も言わずに出て行った彼らを見て、レオパードの顔が青ざめる。
「ねえ、なんか行っちゃったよ。もしかして、アタシらの作戦がバレたんじゃ……」
レオパードがそう口にした瞬間――。
突然、ガシャンという衝撃音と共に酒場の店主が倒れた。
ドミノたちは、バタンとまるで置物のように倒れた店主を見ると、矢が彼の後頭部に突き刺さっている。
窓ガラスを割り、誰かが外から弓矢を射たのだ。
「全員
ドミノが声を張り上げるのと同時に、窓を突き破って店内に矢が打ち込まれてきた。
無数の矢がまるで蜂の大群のように店内を覆い、ドミノたちは慌ててテーブルを盾にして身を守る。
「やっぱバレちゃったんだよ! どうすんのこのあとッ!?」
レオパードが声を張り上げてドミノたちに訊くが、この後のことなど誰も考えていない。
そもそも敵にこちらの作戦が見破られることなど、ドミノたちは考えてもいなかったのだ。
矢の雨が降り注ぐ店内で、彼女たちがどこで見破られたのかを考えていると、外からジャドの声が聞こえてくる。
「残念だ、本当に残念だよ。君らは我々との約束を破った」
彼の酷く悲しそうな声が聞こえると、矢が止まりドミノたちは、割られた窓から外へと目をやった。
そこにはまるで美術品の倉庫かのごとく、甲冑を着た男たちが並んでいた。
前にいる者らは弓矢を構え、その後ろに立つ者たちは剣や槍を手にしている。
「これは……かなり不味いことになったな……」
ドミノの表情が歪む。
彼女が見た外には、先ほど町で見たテンプル騎士団が勢ぞろいしていた。
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