#33

どうやらシスルがいうに、マジック·ベビーの持つ力は、魔法を学んだ者でもあり得ないほど強力なもののようだ。


たしかに大型の魔犬の攻撃を光の障壁で止めたり、マダム·メトリーの負った深い傷を治して見せたりと、数々の奇跡を起こしている。


だが、シスルのように使いこなしているとは言い難く、使用後に長い眠りに入ってしまうあたり、本人がまだ赤ん坊ということもあってかなり負担にはなっているようだと、彼は推測する。


「そういうことなら、あまり魔法を使わせないほうがいいということか?」


「そうだな。俺が知っている限り、あまりにも強力な魔力を持つ者は、次第にその力に飲み込まれると聞いた」


「それは、お前の仲間だったという漆黒の剣士から聞いたのか?」


ドミノはシスルに訊ねながら思った。


彼が捜しているという人物が、その漆黒の剣士であるということを。


そして、そのかつてシスルと共に大型の魔獣らを討伐した漆黒の剣士ならば、マジック·ベビーについて何か知っているかもしれないとも。


「あぁ、あいつは魔法のすべてを知っている」


「そうか……。なら、この後に私がすべきことが決まったな」


ドミノがそう答えると、先頭を馬で走っていたマダム·メトリーが馬車の荷台へと近づいてきた。


「なんだか大事な話をしているようだけど、そんなのは後だよ後。今はテンプル騎士団の連中をなんとかしなきゃ、今後のことなんてないんだからねぇ」


彼女は馬車を停めるようにいうと、ドミノとレオパードの両手に縄をつけるようにと指示を出した。


それは縄で彼女たちを緩く縛り、マダム·メトリーが二人を捕え、ジャド·ギ·モレーの前に連れてきたと見せかけるためだ。


シスルのほうは、マダム·メトリーが雇った賞金稼ぎということにしておき、面を知られている可能性も考え、フードの付いた外套がいとうで顔を隠すことにする。


それから馬車を停め、ユニコとマダム·メトリーの馬を町の外におき、歩いていくことに。


両手を拘束されたドミノとレオパードを引き連れながら、最後尾にはシスルといった状態で町へと入る。


「止まれ」


ドミノたちが町へ入ろうとすると、出入り口に立っていた甲冑姿の男に声をかけられた。


テンプル騎士団の団員だ。


町へと目をやれば、その声をかけてきた男の他にも甲冑姿の者らがそこら中に見える。


騎士団は「許可書を見せろ」と、マダム·メトリーに槍を突きつけてくる。


この町はもともとは彼女の仕切っていたものだというのに、ずいぶんな態度だ。


それはマダム·メトリーもジャド·ギ·モレーに良くない感情を持つだろうと、ドミノたちに思わせるには十分な光景だった。


「はぁ、こっちは急いでるんだけどねぇ」


「いいから出せ」


「はいはい」


顔をしかめながら、大きく開いた胸元から許可書を出すマダム·メトリー。


ドミノは彼女と見張りのことを一瞥すると、後ろにいるシスルの抱くゆりかごへと視線を向け、拳をギュッと強く握る。


許可書を確認したテンプル騎士団の見張りは、マダム·メトリーに町へ入っていいと言った。


マダム·メトリーは愛想なく返事をすると、ドミノたちを小突いて町の中へと足を踏み入れる。


町中を進むと、そこには以前にはあったはずの屋台などの出店はなかった。


先ほどから見えていたが、そこら中に甲冑姿の騎士団員らが武器を持って闊歩かっぽしている。


「ちょっと、聞いてた話よりも数が多い気がするんだけど」


そんな町の様子を見てレオパードが小声で言った。


マダム·メトリーの話では、ハーモナイズ王国の残党が町に集まり始めているということだったが、すでに一国と戦争ができるくらいの数が町にはいるように見える。


正確な数はわからないが、敵の数は数十人――いや百人はいるかもしれない。


その対してこちらは四人。


どう考えても勝ち目がないと、レオパードがマダム·メトリーに怪訝な顔を見せる。


「安心しなよ。ジャドの護衛は四人くらいだから。町にいる全員をまともに相手にする必要なんてないって」


「でも、結局は全員倒さなきゃなんでしょ? アタシ、自信なくなってきた……」


「だからそれは話したでしょ? こいつらは指揮するジャドがいなきゃただの甲冑の置物なんだってさぁ。さて、その辺で喋るのはやめな。次の角を曲がった店に奴がいる」


マダム·メトリーは不安そうにしているレオパードにそういうと、目的の酒場へと辿り着いた。


彼女を先頭に扉を開け、店の中へと入る。


店内には客の姿はなく、以前はマダム·メトリーの指定席となっていたテーブルにジャド·ギ·モレーの姿が見え、他にも甲冑姿の団員たちが周囲に立ち並んでいた。


「ほら、四人だったでしょ」


小声でドミノたちへそう言ったマダム·メトリーは、彼女たちを連れ、奥にいるジャド·ギ·モレーへと近づいていく。


それを見たジャドは席から立ち上がり、その表情を緩ませていた。


「ほら、捕らえてきたわよ。約束どおりね」


マダム·メトリーがそういうと、ジャド·ギ·モレーはドミノとレオパード二人へと視線を向けた。


そして、ジャドは彼女たちの周りを歩きだし、何かを確認するように一周する。


「変わらず素晴らしい拳銃だな。そしてそちらの少女が背負っている大剣。それもガナー族の加工技術によるものだろう。たくみの技とはまさにこれらのことをいう」


ジャドが見ていたものは、ドミノとレオパードではなく、彼女たちが所持していた武器だった。


村での戦闘でボロボロになったレオパードの大剣は、村人から与えられた家の火炉によってドミノが打ち直していた。


反乱軍がハーモナイズ王国を滅ぼす数年前に、その特殊な加工技術から造られる武器を恐れた王国によって皆殺しにされたガナー族(ドミノはその一族の生き残りだ)。


ジャドは王国軍の幹部でありながらも、そんなガナー族に一定の敬意を持っているようだ。


まるで絶世の美女の裸体を見たかのような視線で、ドミノのホイールロック式の拳銃やレオパードの大剣を眺め、恍惚こうこつの表情を浮かべている。


「どうだ一杯やらないか? 我々の取引完了を祝して」


「えぇ、もちろん付き合わせてもらうわ」


上機嫌に言ったジャドの誘いに、マダム·メトリーは妖艶ようえんな笑み浮かべて返した。

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