#32

メイスを放り捨てマダム·メトリーは言葉を続ける。


「というわけだから、いい加減に剣を収めてくれない?」


「信用できるかッ!」


敵意がないことを見せても、レオパードは剣を収めなかった。


完全に騙されていた彼女からすれば、当然の態度だといえる。


レオパードは剣を構えながら言う。


「ドミノ、これもこの女の作戦だよ。こいつはアンタがギルドの決まりを知ってるから、こんな手の込んだことをしてるんだよ!」


「いや、それはない。どんなに汚い手を使おうとも、マダム·メトリーはギルドの決まりを破らない」


「だからそれを利用してるんだってッ!」


声を張り上げ続けるレオパードだったが、それでもドミノはマダム·メトリーのいうことを信じた。


そんな彼女のいうことを受け入れたのか。


彼女たちの後ろにいたシスルのほうは、すでに肩から力を抜いていた。


レオパードはうぐぐと顔を強張らせながらも、剣を背中へと収める。


「やっとわかってくれたみたいだねぇ。じゃあ、アンタらもう逃げちゃいな。後はワタシのほうで上手くやっておくからさ」


マダム·メトリーは、ドミノたちに赤ん坊を連れて逃げるように言うと、馬へと乗ろうと歩き出した。


そんな彼女の背中を一瞥すると、ドミノは幌馬車のほうへと視線を向ける。


馬車の荷台には、ゆりかごがかすかに見え、眠り続けているマジック·ベビーの姿が見える。


それからドミノは、まるで何かを確認するかのように両目を瞑って俯くと、マダム·メトリーに向かって口を開く。


「待て、マダム。アンタの作戦は続行する」


「はぁッ!? ちょ、ちょっとッ!? なにを言ってんだよドミノッ!?」


「あいつら……ジャド·ギ·モレーたちが生きている限りベビーは追われる。なら、ここでマダム·メトリーの作戦に乗ったほうがいい」


「だからそれは罠だったんでしょッ!?」


「だからこそだ。マダム·メトリーがこっちについたなら、敵の裏をかける」


必死で反対するレオパードに、ドミノはこのまま敵地へと乗り込むと言い続けた。


マダム·メトリーはそんな彼女たちのほうを振り返って、先ほど放り捨てたメイスを拾う。


「そっちのお嬢ちゃんの言う通りだよ。相変わらずムチャなこと言うねぇ」


嬉しそうにしているマダム·メトリーに、ドミノは無愛想な顔を向けた。


レオパードが呆れながら言う。


「ったく、アンタどうかしてるよぉ」


「こうするしかない」


「じゃあ、アタシも行くよ。その敵の親玉はアタシが斬り殺す」


反対していたかと思えば、レオパードは自分もついて行くと言い出した。


だがマダム·メトリーは、当初の作戦通りにやらなければ敵に怪しまれると、彼女の決意に水を差す。


「向こうは赤ん坊を連れ去ったドミノがいればいいんだ。アンタまで近づいたら作戦が台無しになっちゃうでしょ?」


「うっさい! アタシはやるといったらやるんだよ!」


そこから不毛な言い争いが始まり、ドミノはただマダム·メトリーとレオパードのことを静観していた。


そんな光景の後ろでは、シスルがクスッと笑いを漏らしながら、雲一つない空を見上げるのだった。


その後、結局レオパードのほうが折れて、当初の作戦通りにやることをになった。


マダム·メトリーが、ドミノとマジック·ベビーを捕らえたといって酒場にいるだろうと思われるジャド·ギ·モレーへと近づき、敵の指揮官を仕留める。


店の外にはレオパードとシスルに待機してもらい、何かしらの合図を出して、二人にはジャドの傍にいるであろうテンプル騎士団の護衛を倒してもらう。


「連中をぶっ殺したら後は町の掃除もしたいんだけど。それも手伝ってくれる?」


マダム·メトリーはジャド·ギ·モレーを仕留めた後に、町に集まっていたハーモナイズ王国の残党を一掃したいと言った。


彼女の立場からすれば当然のことだろうが、レオパードはムッと顔をしかめている。


たしかに、ドミノやレオパードたちがそこまでする義理はない。


ジャド·ギ·モレーさえいなくなれば、テンプル騎士団は指揮官を失ってまとまらなくなるのだ。


それ以上の戦闘は、彼女たちからすれば無意味である。


「依頼か……。引き受けよう」


だがレオパードの気持ちとは裏腹に、ドミノは承諾した。


レオパードはまたも声を張り上げる。


「だからおかしいでしょアンタッ!? アタシらがそこまでする必要ないってッ!」


「乗り掛かった船だ。それに、もう二度と王国の残党があの子に手を出すようなことがないようにしたいしな。テンプル騎士団がマダム·メトリーの賞金稼ぎギルドに敗れたと知れば、ここらの地域に連中も寄り付かなくなるだろう」


ドミノの返事を聞いて、レオパードは不満そうながらも何も言い返すことはなかった、


そんな二人の姿を見たマダム·メトリーは、メイスを掲げて声を張り上げる。


「よし! まあ、いろいろあったけど。一丁やってやろうじゃない!」


「なんでアンタが仕切ってんだ! どさくさ紛れ仲間ヅラしてんじゃないよ!」


「細かいことは気にしないの。大人になるっていうのはこういうことなのよ。しょうがないしょうがないってね」


「アンタは自分を棚に上げ過ぎッ!」


それからドミノたちは再び馬と幌馬車に乗り込み、マダム·メトリーの賞金稼ぎギルドのある町へと向かう。


手綱を引きながら、先頭を進むマダム·メトリーを眺めるレオパードの顔はまだ不機嫌そうだったが、馬のユニコが「機嫌を直しなよ」とばかりに鳴いていた。


そんな彼女後ろにある荷台内では、ドミノがゆりかごで眠るマジック·ベビーを撫でている。


マダム·メトリーの傷を癒す奇跡を起こしてから、ずっと目を閉じているベビー。


ドミノは顔にこそ出ていないが、赤子に触れる彼女の態度から、かなり心配していることがわかる。


「なあ、ドミノ。話しておきたいことがあるんだが」


シスルはマジック·ベビーを撫でているドミノに声をかけた。


彼のいう話したいこととは、ベビーが起こした奇跡――そしてシスル自身が使用していた炎についてだった。


シスルは両方の力のことを、現在は失われた力――魔法だとはっきりと口にする。


なんでも彼がいうには、数年前に魔獣討伐で共に戦った漆黒の剣士から魔法の使い方を学んだようだ。


話を聞いたドミノが口を開く。


「お前のあの力もやはり魔法だったのか。だが、今学んだと言っていたな? そうなるとベビーはどうやって……」


「あぁ、俺も驚いているよ。しかもその子の魔力は、人間が持つ力をはるかに越えている」

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