#31

ドミノ、レオパード、そしてシスルの活躍によって鳥の魔獣らの撃退には成功したものの、マダム·メトリーが深手を負わされた。


その胸に刻まれた傷はかなり深く、彼女は痛みに呻きながらその場で倒れ込んでいる。


「こいつは酷い……」


ドミノは拳銃をヒップホルスターに収めると、マダム·メトリーの傷の具合を見ていた。


正直いって彼女がまだ意識を保っているのが不思議なくらいの重傷だ。


マダム·メトリーの着ている紫色のブラウスのボタンを外したドミノは、レオパードに馬車に積んであった傷薬と包帯を急いで持ってくるように言う。


「前に街で買っておいたのがあるはずだ。急いでくれ」


「うん! わかったよ!」


レオパードは抱いていたゆりかごを地面に下ろすと、慌てて馬車へと走り出した。


ゆりかごの中にいたマジック·ベビーは、這いずってそこから出ると、マダム·メトリーと彼女の傷を見ているドミノのもとへゆっくりと歩み出す。


「取ってきたよドミノ!」


レオパードが声を張り上げると、ドミノは彼女から受け取った傷薬をマダム·メトリーの身体へぶちまけた。


消毒と血を止めることはできたが、それでもマダム·メトリーの傷が治るわけでもなく、彼女は苦しそうに息を吐いている。


シスルは周囲にまだ鳥の魔獣がいないかを見張り、マダム·メトリーの護衛二人も同じように周りを警戒している中、その場にいた誰もがもうマダム·メトリーが助からないと思っていた。


「そんなに酷いの?」


わかりきっていることを訊ねたレオパード。


ドミノはマダム·メトリーの身体に、手元に残った傷薬を塗りながら答える。


「かなりな……」


「じゃあ、ワタシはここで死ぬのかい? ぐッ!?」


「弱気になるな、マダム。ともかく呼吸を整えるんだ」


周囲に鳥の魔獣がいないと判断したシスルや護衛二人も、ドミノたちにところへと集まってくる。


三人とも口は開いていないが、その表情は心配そうだ。


傷薬の効果が薄い。


ならば、今から街へ戻るか。


だが、ここまで酷い傷を治せる医者なんているのか。


ドミノがどうすればマダム·メトリーが助かるかを考えていると――。


「あッ! ちょっとベビー!? ダメだよ近づちゃッ!」


レオパードが、マダム·メトリーに手を伸ばそうとしているマジック·ベビーのことを止めようとしていた。


しかし、そのマジック·ベビーの行動から何か意志のようなものを感じ取ったドミノは、反対にレオパードを止めた。


「子供が見るもんじゃないでしょ!?」


「静かに……ベビーが何かしようとしてる」


レオパードが怪訝な顔をして言うと、ドミノはマジック·ベビーの好きなようにさせた。


ベビーはその短い手を、マダム·メトリーの胸へと手を伸ばす。


「おっぱいが……欲しいのかい? こんなときに……不謹慎な子だよぉ」


マダム·メトリーは皮肉を込めた言葉を吐いた。


たしかにこれで血塗れじゃなければ、母の乳房を求める子のように映るが、残念ながらそんなほのぼのとした光景ではない。


一体何がしたいんだと、マダム·メトリーが青ざめた顔で呆れていると、突然マジック·ベビーの手が輝き出した。


その光は側にあった焚き火よりも明るく輝き、まるで辺りが昼間のようになる。


「これは……? やっぱりこの子ッ!?」


「あぁ、前にも見せた奇跡だ」


レオパードとドミノがそう言うと、マジック·ベビーの放つ暖かい光がマダム·メトリーの身体を包んでいく。


すると、あれだけ深かった傷が塞がり、まるで何事もなかったのようにマダム·メトリーの豊かな胸からその痕さえも消えていった。


そして光が消えると、マジック·ベビーはその場にバタンと腰を落とした。


ドミノがそんなベビーを抱き上げると、赤ん坊は彼女の腕の中で眠りつく。


「魔法……。まさかこんな赤ん坊が?」


奇跡の光景を目の当たりにした誰もが言葉を失っている中で、シスルが呟くように口を開いた。


その後に陽が昇り、一眠りしたドミノたちは出発した。


荒野をそれぞれ馬と幌馬車で進み、目的地であるマダム·メトリーの賞金稼ぎギルドがある町まであと少しというところまで辿り着く。


その移動中、誰もマジック·ベビーの起こした奇跡について話さなかった。


いや、会話らしい会話がなかったといったほうが正確だ。


誰もが口をつぐみ、ただ淡々と馬を走らせるだけだった。


「もうすぐ到着だね。ここでちょっと休もうか? ついでに着いてから段取りも確認しておきましょう」


マダム·メトリーの提案に、護衛二人は馬を降りた。


ドミノたちもまた幌馬車から降り、彼女たちが立っているところへと歩を進める。


「なんか変じゃない? もう目の前なんでしょ、その町って」


「あぁ、油断するなよ。ここまで何もなかったほうが変だったんだからな」


小声で話しかけてきたレオパードに、ドミノもまた声を押し殺して返事をした。


シスルもそんな二人の会話を聞きながら、彼女たちの後をついていく。


あの夜――鳥の魔獣らの襲撃後から眠ったままのマジック·ベビーを馬車に置いてマダム·メトリーらの後ろに立ったドミノたちは、彼女が話し出すのを待っていた。


マダム·メトリーは彼女たちのほうを振り返ると、クスッと笑みを浮かべてドミノへと近づいてくる。


そんなマダム·メトリーにドミノは訊ねる。


「段取りの確認をするんじゃないのか?」


「そうだよ。でも、ちょっと予定が変わっちゃってね」


マダム·メトリーがそういった次の瞬間、彼女の両脇にいた護衛二人が剣を抜いた。


そして、マダム·メトリーは素早くドミノのヒップホルスターからホイールロック式の拳銃を奪い、もう片方の手にはメイスを持ってさらにその口角を上げる。


しまった、やられたといわんばかりに表情を歪めたレオパードが背負っていた大剣へ手をやり、彼女たちの後ろにいたシスルが六尺棒ろくしゃくぼうを構えた瞬間。


マダム·メトリーは両脇にいた護衛らに、ドミノから奪った拳銃を撃ち、もう一人にはメイスを振ってその頭を打ち抜く。


一瞬で殺された護衛二人がその場に倒れる。


まだ硝煙しょうえんが立ち上っている中、マダム·メトリーはホイールロック式の拳銃を眺めながら大きなため息をついた。


それから驚愕するドミノたちへ、彼女が口を開く。


「実はねぇ。黙っていたことがあるの」


マダム·メトリーはそう言いながら、死体となった護衛二人の身体を蹴り飛ばした。


彼女は二人が完全に死んでいることを確認すると、ホイールロック式の拳銃をドミノへと放り投げる。


「黙っていたこと?」


放り投げられた拳銃を受け取ったドミノは、訊ねながら手に取った銃をマダム·メトリーへと向ける。


レオパードのほうも大剣を構え、今にもマダム·メトリーへと斬り掛かろうとしていた。


マダム·メトリーは答える。


彼女が連れていた護衛二人は、実はハーモナイズ王国の残党――テンプル騎士団の団員であり、新人の賞金稼ぎだといって変装させていたこと。


そして、ドミノたちに嘘の提案をしてマジック·ベビーを奪うつもりだったことを、メイスを収めて両腕を上げながら口にした。


「上手く騙せたと思ってたんだけど、あの子に助けられちゃったから、そいつができなくなっちゃったってわけ」


「信用できると思ってんの!? 現にアタシたちを騙してたんじゃん!」


レオパードが声を張り上げたが、ドミノのほうは拳銃をヒップホルスターへと戻した。


そして、レオパードにも剣を収めるように言うと、彼女は口を開く。


「大丈夫だ。この女はもうベビーに手は出さない」


「えッ!? なにそれ!? 意味がわかんないんだけど!?」


「それがギルドの決まりだからだ」


レオパードが訊ねると、ドミノは言葉を続ける。


マダム·メトリーの賞金稼ぎギルドでは、不義理は何よりも不名誉なことだ。


何よりもギルドのルールを守っていた彼女からすれば、当然命を救ってくれたマジック·ベビーに手を出すことはできない。


「なにそれ? よくわかんないなぁ……」


「しょうがないことなのよ。ワタシとしても、ジャドのヤツとやり合うのは望まないんだけどねぇ。ま、決まりは決まりだから」


マダム·メトリーはそういうと、両腕を上げたままで、自嘲気味に笑ってみせた。

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