#30

ドミノたちはマダム·メトリーらと共に焚き火を囲み、細かく肉が切り刻まれたスープの器を手に取り、食ベ始める。


今夜は月も星もないためか、辺りは真っ暗で何も見えなかった。


暗闇の夜空を、マジック·ベビーがゆりかごの中から呆けた顔で眺めている。


レオパードはそんなベビーの首にナプキンを巻き、スープをスプーンですくって食べさせている。


その様子を見ていたマダム·メトリーが、ドミノに訊ねる。


「その子は肉食なのかい? ようやく歩けるようになった感じだけど」


「こいつには好き嫌いがない。私の知る限りではなんでも食べる」


「へぇ、赤ん坊ってのは苦味とか酸味を毒だと思い込むから嫌うって聞いたことがあったんだけどねぇ。それにしても、こうやって見ると本当に普通の赤ん坊だねぇ。ジャドのヤツがどうして大枚をはたいてこの子がほしいのか、見れば見るほどよくわからないわ」


ハーモナイズ王国の残党――テンプル騎士団の総長であるジャド·ギ·モレー。


マダム·メトリーはマジマジとマジック·ベビーのことを見ながら、そんな依頼主のことを理解できないと言いたげに両方の眉尻を下げている。


その悲し気な表情をしている彼女に、ドミノが言う。


「段取りについて話してくれ」


「そうだったねぇ。じゃあ、町に着いてからの流れを話そうか」


雑談を終わらせるような言い方で口を開いたドミノに、マダム·メトリーは「はいはい」とでも言いたそうに説明を始めた。


まず町に到着したら、ジャドがいる酒場へと向かう。


そのときのメンバーは、ドミノとマダム·メトリー、そしてマジック·ベビーだ。


ジャドがベビーに食いついたら、外で待っているレオパードやシスル、そしてマダム·メトリーの護衛らに合図を送り、酒場にいるテンプル騎士団の連中をなぎ倒す。


「それからアンタがジャドの額に弾丸を撃ち込めば、それで仕事は完了。晴れてワタシのギルドはまた活動を再開して、アンタらはもう逃げなくてよくなるって感じ」


「そんな簡単にいくのか? ハーモナイズ王国の残党が集まっているんだろう?」


ドミノが懸念していたことを訊ねると、マダム·メトリーは鼻を鳴らした。


よく彼女が相手がおかしなことを言ったときに見せる仕草だ。


「大丈夫よ、そこらへんは。王国の残党は指揮できる人間がいなきゃ、ただの烏合の衆なんだから。いくら数がいたってまとまっていなければ楽勝だわ」


「連中が烏合の衆ではなかったら? 各自でまとまって反撃に出てきたら、いくらジャド·ギ·モレーを殺しても私たちが返り討ちに遭うぞ」


「だから大丈夫だって。それは王国のその後を見ればわかるでしょ? もし騎士団の連中にそんな頭があったら、ハーモナイズ王国は残党なんて呼ばれずに、とっくに巻き返してるわよ」


マダム·メトリーの口にしたことはもっともだった。


事実ハーモナイズ王国の残党には、反乱軍との戦いの後に目立った動きはない。


それはジャド·ギ·モレーのような彼ら彼女らを指揮して先頭に立つ者がいないからだった。


ドミノはたしかにと思いながらも、マダム·メトリーの考えた作戦に不安を抱いていると――。


「それにもし騎士団の連中が反撃に出ても、この二人がなんとかしてくれるわ。新人だけど大したものなのよ、この子たち」


マダム·メトリーは、彼女についてきていた護衛二人に親指を突き立てた。


ドミノは二人のことを全く知らないが、どうやらマダムがいうにかなりの凄腕らしい。


「さらにアンタの仲間もいるじゃない。なんていったって漆黒の剣士の仲間だったシスル·パーソンがいるんですもの。向かって来る敵をなぎ倒してくれるって。だから心配はいらないわ」


マダム·メトリーがそう言った次の瞬間、突然彼女に向かって真っ暗な空から何かが飛んできた。


空から突進して来たのは、翼を広げたハゲワシのような鳥だった。


だが、その全身を覆う黒い羽と闇夜に光る目から、明らかに普通の野生動物ではないことがわかる。


「ぐわぁぁぁッ!」


飛び込んできた黒い赤目の鳥は、マダム·メトリーの身体を引き裂いた。


鋭い爪を突き立て、マダムの上半身へ深い爪痕を残すと、再び上空へと戻って行く。


ドミノは、腰にあるヒップホルスターへと手をやって、ホイールロック式の拳銃を握ると、マダム·メトリーへと駆け寄った。


傍にいたレオパードのほうは、マジック·ベビーの入ったゆりかごを抱いて、背負っていた大剣を構え驚愕の声をあげる。


「なんなんだよあれはッ!? あんなおっかない鳥がこの辺にはいるのッ!? 先に言ってよ、そういうことはさッ!」


「気を付けろ。あれは魔獣だ」


六尺棒ろくしゃくぼうを構え、シスルが呟くように答えた。


彼に言葉に、マダム·メトリーの二人の護衛も剣を握って臨戦態勢へと入っていたが、その顔からは疑問の色が見て取れた。


それもそのはずだ。


魔獣といえば、黒い毛をした四つ足の犬のようなものが一般的で、鳥の姿をした魔獣など見たことも聞いたこともない。


しかし、それでも犬のような魔獣と、今目の前にいる共通点があった。


黒い身体に赤目は、たしかに魔獣のそれとわかる禍々しい特徴だ。


「鳥の魔獣は群れで行動する。たぶん一匹じゃないぞ。最低でも三、四匹はいるはずだ」


「えッ!? あんなのが何匹もいるの? てゆーかこんな暗闇じゃどこから襲って来るかわからないじゃん!? どうすんだよッ!」


大剣で身を守りながら叫ぶレオパードに、鳥の魔獣が飛び掛かってくる。


彼女はゆりかごを庇いながら身を屈めた。


幸いすでに防御の態勢に入っていたおかげで、ダメージを負うことはなかったが――。


「まだ来るぞ!」


シスルが声を張り上げると、二匹の鳥の魔獣が再びレオパードに向かってきた。


左右から下降するように襲ってきた鳥の魔獣。


ゆりかごを抱え、思うように動けないレオパードでは、この攻撃に対応できない。


「なんとかしてよドミノッ!」


「あぁ、任せろ」


ドミノは返事をする前から飛び出しており、両腕に付けたガントレットで向かって来る鳥の魔獣の一匹を殴り落とした。


もう一匹はすでにレオパードへと襲いかかっていたが、先ほどと同じように分厚く大きな大剣で身を守ることに成功。


爪が剣を削る金切り声のような音がすると、鳥の魔獣が再び上空へと戻って行こうとしたが、ドミノは敵を逃さない。


すでに握っていたホイールロック式の拳銃の引き金を引き、鳥の魔獣を撃ち落とす。


血を噴き出して地面に叩きつけられた鳥の魔獣。


ドミノはそれを確認すると、拳銃に火薬と弾を込める。


「これであと一匹ってところか。大丈夫か、マダム?」


「ワタシの心配はいいから、とっとと片付けちまいな」


マダム·メトリーは、切り裂かれた胸の傷を手で押さえながらメイスを握っていたが、その焚き火に照らされた顔色はかなり青ざめていた。


どう見ても重傷だ。


早く手当てしなければ命の危険がある。


ドミノはそう思うと、拳銃を構えながらレオパードに声をかける。


「レオパードはベビーを頼むぞ。私は残りを仕留める」


「でも、いくらアンタの武器が飛び道具だからって、こんな暗い空じゃ狙いがつけられないじゃん!」


レオパードの言う通りだ。


敵が上空にいても攻撃の手段を持つドミノではあるが、こうも暗くては敵が接近して来ないと捉えることができない。


急がないとマダム·メトリーが危ない。


この場にいる誰もが冷や汗を掻き、表情をしかめていると、シスルが六尺棒を振り回し始めた。


「俺がやる。君たちは身を守ることだけを考えろ」


まるで風車のように回る六尺棒には、炎がまとい始めていた。


シスルがその回転させていた六尺棒を振ると、火の輪が暗い夜空へと飛んでいく。


「ヴワァァァッ!!」


そして、シスルの放った火の輪は鳥の魔獣を捉えた。


おぞましい叫び声をあげ、燃えていく翼をバサバサと振りながら落下し始める。


シスルは両目を瞑ったままでありながら、落下してくる鳥の魔獣へと走り、止めの一撃をお見舞いした。


「念には念を……」


それから彼は死体となった鳥の魔獣の側まで近寄り、灰になるまで燃やし尽くすのだった。

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