#29

――次の日の朝。


マダム·メトリーは再び村へと現れた。


護衛を連れた彼女たちを見て、畑を耕していた村人たちがいぶかしげな視線を向けている。


そこへ馬車を引いて現れたドミノたち。


マダム·メトリーは口角を上げて彼女たちに声をかける。


「決まったのかい?」


まだ距離がある状態で投げられた言葉に、ドミノは何も答えなかった。


彼女は馬のユニコの手綱を引くレオパードと、並んで歩いていたシスルを一瞥し、マダム·メトリーと距離が縮まってからようやく口を開く。


「あぁ、決まった。アンタを信用しよう」


「そいつはよかったよ。ワタシらもここを火の海にしなくて済むしね」


マダム·メトリーはそう言葉を返すと、馬車の御者台ぎょしゃだいに座るレオパードと、傍を歩くシスルへと視線を向ける。


「そっちのお嬢ちゃんはアンタが逃げるときに手を貸した子だね。それと、アンタの隣にいる色男は……目が見えないのかい?」


両目を閉じ、六尺棒ろくしゃくぼうをついて歩くシスルを見たマダム·メトリー。


彼女は、すぐに彼が盲目であることを理解した。


そしてマダム·メトリーは、これからハーモナイズ王国の残党であるテンプル騎士団を相手にするというのに、両目の見えない人間など役に立つのかといわんばかりの視線を向けている。


そんな不信感を覚えた顔をしてる彼女に、ドミノが言う。


「心配ない。二人の腕は私が保証する」


「いや、ちょっとまって、色男のほうには見覚えがあるわ。……そうだ、アンタあの漆黒の剣士のパーティーメンバーでしょ? たしか名前はシスル·パーソン……」


マダム·メトリーが声を押し殺すようにそう言った。


彼女の話が本当なら、シスルはかつて世界に現れた大型の魔獣を討伐した漆黒の剣士の仲間ということになる。


その話を聞き、マダム·メトリーの後ろにいた護衛たちが両目を見開いていた。


シスルが反乱軍のメンバーだとは聞いていたドミノとレオパードも、さすがに驚いている。


「そうなのか、シスル?」


「前にこの目が獣にやられたと話していたと思うが……。まあ、昔の話だ」


シスルがドミノに愛想なく答えると、レオパードが声を張り上げる。


「それは聞いてたけど! まさかあの英雄の仲間だったなんて思わないじゃんッ! そういうことはちゃんと言っておいてよもうッ!」


喚き出すレオパードを見て、ドミノとシスルが微笑む。


この娘はいつでもどこでも感情的になって、まるで赤ん坊だと。


反対にマジック·ベビーは、いつでも笑顔で何よりも幼子とは思えないほど静かだ。


「アンタら知らないで一緒にいたの? しょうがないわね、本当に……」


そんな彼女たちを眺めながら、マダム·メトリーが大きなため息をついた。


ドミノをよく知る彼女からすると、目的以外に興味を持たないところは変わってないとでも思っていてるのだろう。


肩を落としながら、「ハハハ」と引きつった笑みを浮かべている。


「ともかく行きましょう。詳しいことは移動しながら話すわ」


ドミノたちはそれから村を出発。


村人たちは去っていく彼女たちが乗った馬車を見送り、ずっと手を振っていた。


「また村に来てね!」


「落ちているもの食べちゃダメだよ!」


その中でも、子供たちは涙ぐみながら必死に両手を上げ、声を張り上げていた。


マジック·ベビーは、馬車の荷台から、姿が見えなくなっても村人たちのいる方向を眺め続けている。


まだ言葉を話せないベビーにもわかっているのだろう。


これが別れの挨拶だったと。


村を出て、馬に乗るマダム·メトリーらを先頭に、ドミノたちはその後をついて行く。


その目的地は、マダム·メトリーの仕切っていた賞金稼ぎギルドのある町だ。


「ゆっくり行きましょう。旅の疲れを残してもいいことないしね」


騎乗した状態で振り返り、ドミノたちの乗る場所にそう言ったマダム·メトリー。


たしかに、これからハーモナイズ王国の残党――ジャド·ギ·モレー率いるテンプル騎士団と戦うことを考えたら、移動での疲れが残るのはよくない。


町への経路には危険の多い森を避け、見通しのよい荒野を選択することにする。


多少遠回りにはなるが、一応マダム·メトリーらに捕らえられたという形になっているため、人目を気にすることも急ぐ必要もない。


ドミノたちが長期滞在しようとしていた村から、賞金稼ぎギルドのある町までは人の足ならば数日かかるが。


馬にも余力を残すため、馬の歩く速度も、人の足で歩くよりもほんの少し速いくらいで抑えていた。


長く荒れ果てた野原を進んでいると、いつの間にか日が暮れ、ドミノたちはマダム·メトリーに言われ、今夜はここで野宿することを決める。


暗くなる前に火を焚き、食事の準備に入るドミノとレオパード。


今夜の料理は、肉の入ったスープだ。


いつもならばこう少し手の込んだものを作るドミノだったが、今日を手を抜いている。


シスルも二人を手伝おうとしたが、気にしなくてもいいと彼女たちに言われてしまう。


「肉は切れたか?」


「うん。でも、こんな細かく切ったら食べ応えがないんじゃない?」


「いいんだよ。肉が大きいとベビーが食えないだろう」


「そっか」


そんな会話を交わしながら、ドミノとレオパードがスープを煮込んでいると――。


「美味そうだねぇ。ワタシたちもごちそうになっていいかい?」


マダム·メトリーが彼女たちに声をかけてきた。


そんな彼女にレオパードが苦い顔を返していたが、ドミノは多めに作ったので構わないと答える。


「別にいいが、文句は言うなよ」


「言わないわよ。じゃあ、アンタが作ったスープを食べながらでも、町に着いてからのことを話しましょう」

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