#28

ニヤリと笑ったマダム·メトリーは、その笑みのまま口を開く。


「アンタは今のところ追っ手から逃げられるようだけど、連中は獲物を手に入れるまで絶対に諦めないわよ。そこでワタシから依頼っていうか提案があるの。ねえ、とりあえずギルドに戻ってこない?」


ドミノたちの捜索以外の仕事ができない状態にされたマダム·メトリーは、ハーモナイズ王国の残党――ジャド·ギ·モレー率いるテンプル騎士団のことを、彼女とドミノの共通の敵となったと言う。


そこで彼女からの提案というのは、ドミノと赤ん坊を囮に使ってジャド·ギ·モレーを殺すというものだった。


マダム·メトリーがドミノたちを捕らえたと彼に近づき、その隙を突いて仕留める。


現状では互いに最善の策だと、彼女はドミノに説明した。


「ジャド·ギ·モレーが死ねば指揮する人間はいない。アンタは赤ん坊を守れるし、ワタシは仕事を再開できる。どう? どちらにも利益がある話じゃない?」


その提案を聞いて、ドミノは悪くないと思った。


もしマダム·メトリーの話が本当ならば、ハーモナイズ王国の残党が戦力を増やしていることになる。


現在は王国を滅ぼし、革命を成功させた反乱軍もいない。


ジャド·ギ·モレー率いるテンプル騎士団が再び旗揚げをすれば、逃げ続けることも不可能になる。


だが、完全には信用できない。


マダム·メトリーとドミノは長い付き合いだけあって、彼女が油断ならない女であることは知っている。


この誘い、乗っても良いのかどうか。


「何を迷ってるのよ? それともワタシが信用できないわけ?」


「あぁ、できないな。だが、その話には一理ある。少し時間をくれないか? こっちも今は一人じゃないんでな」


「なに? 男でもできたの?」


「そんなじゃないが。まあ、信用できる人間が何人かできたんだ。アンタと違ってな」


「相変わらず皮肉屋ね。いいわ、一日だけ待ってあげる。だけど、断ったらこの村が火の海になることは覚悟してよね」


「アンタも相変わらずだ。それはもう依頼とか交渉ではなく脅迫じゃないか」


「あら? これでもかなり譲歩じょうほしてあげてるのよ。だって、なんだかんだいっても、アンタはワタシのお気に入りだからねぇ」


そう言ったマダム·メトリーは、護衛を連れて村の外へと出て行った。


彼女たちの様子が気になった村人たちが集まっていたが、マダム·メトリーは気さくに手を振って笑みを浮かべて去って行く。


そんな彼女の背中に、ドミノが気になっていたことを訊ねる。


「アンタが連れているヤツら……見ない顔だな。ギルドメンバーじゃないだろう?」


「新人よ、新人。古株だったギルドメンバーは、テンプル騎士団の連中に逆らって大半が殺されちゃったわ」


「そうか……。そいつは残念だったな」


「それも皮肉?」


マダム·メトリーがくるりと振り返って訊ねると、ドミノは真剣な眼差しを彼女に向ける。


その表情は、ドミノが本当にギルドメンバーの死を悲しんでいることがわかるものだった。


けして仲が良かったわけではないが(最後に顔を合わせたときは殺されかけた)、彼女なりに同じギルドにいたメンバーということもあって、多少の仲間意識はあったようだ。


「どうやら皮肉じゃないみたいね。それじゃ、また明日の朝に来るわ。村の外にいるから、もし早く決まったらアンタのほうから来てもいいわよ」


「あぁ、早く決めれば私のほうから出向く」


ドミノの返事を聞いたマダム·メトリーは、再び彼女に背を向けて、今度こそ村の外へと出て行った。


――マダム·メトリーが護衛と共に村を去った後。


集まっていた村人たちに事情を話したドミノは、心配そうにしている彼ら彼女らを置いて、マジック·ベビーといるはずのレオパードのもとへと向かった。


彼女たちが長期滞在するはずだった家だ。


すでに清掃も済んでおり、中は綺麗に整理されている。


「何かあったのか? 村の人たちが慌ただしくしてたぞ」


家にはシスルも来ており、ドミノはちょうどいいと思いながら、彼とレオパードにマダム·メトリーから持ちかけられた話を始めた。


マダム·メトリーの仕切る町がハーモナイズ王国の残党であるテンプル騎士団に占拠され、賞金稼ぎギルドが仕事ができない状態であること。


そして、そういう理由からマダム·メトリーにとって、連中の指揮するジャド·ギ·モレーが邪魔な存在になったこと。


ドミノたちの追っ手が共通の敵となったことで、協力してほしいと頼まれたことを二人に伝えた。


「アタシはそのマダム·メトリーって人をよく知らないけど、信用できんの? 前に甘くないとか言ってたじゃん」


「そうだな、完全にはできない」


「それじゃ、なんでそんな前向きなんだよ?」


少し呆れた様子で言ったレオパードは、抱いていたマジック·ベビーをゆりかごへと移動させた。


ベビーは子供たちと遊び疲れたせいなのか、いつものようにすやすやと眠っている。


ドミノは、そんな赤ん坊を見て呟くように答える。


「マダムの町に、ハーモナイズ王国の残党が集まり始めていると聞いたからだ」


「ハーモナイズ王国の残党だと?」


ドミノの口から出た名前を聞いて、シスルが驚愕していた。


それも当然だ。


彼は、元々この世界を支配していたハーモナイズ王国を滅ぼした反乱軍のメンバーなのだ。


かつての敵が勢力を取り戻そうとしていると聞けば、当然の反応だろう。


ドミノは、そんな彼を尻目に話を続ける。


「敵の数が増えれば追っ手の数も増える。またハーモナイズ王国が復活するとは思えないが、できるなら早いうちに叩いておきたい」


「たしかに、そんな話を聞いたらたとえ罠でもやるしかないかも……」


「お前ならそう言ってくれると思った。なら、この話に乗っても構わないな?」


「ま、なんとかなるっしょ。なんてたってアタシらのコンビは大型の魔獣を倒し続けてるんだからね」


「それでもこそ“勇者さま”だな」


「からかうなッ! ったく、いつまでネタにする気なんだか」


レオパードがブツブツと文句を口にしていると、椅子に座っていたシスルが立ち上がった。


彼は手にしていた六尺棒ろくしゃくぼうを床に突くと、ドミノとレオパードに声をかける。


「俺も君らについて行っていいか?」

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