#27

――略奪者の集団との戦いから数日後の朝。


マジック·ベビーは外であるものを追いかけていた。


身を屈めて地面に伏せたまま何か小さいものの後をつけている。


その周りにいた子供たちが、ベビーが何を追いかけているのかをじっと見ている。


「ねえ、なにしてるの?」


「そんなところになにかいるの?」


子供たちがマジック·ベビーに声をかけるが、ベビーは余程集中しているのか、彼ら彼女らの声が耳に入っていない。


マジック·ベビーが追いかけていたのはヤモリだった。


どこにでもいる普通の爬虫類だ。


ベビーは手にヤモリを捕まえるとパクッと口の中に放り込む。


「あッ!? 食べちゃった! 食べちゃったよッ!」


「大変だ! 早く吐き出させなきゃッ!」


それを見た子供たちが大慌てでマジック·ベビーへと駆け寄ると、ベビーは小首を傾げながらも、ヤモリを口の中から吐き出した。


前にもトカゲを口に入れてドミノたちが慌てたことがあったせいか、ベビーは道端にあるものを口に中には入れてはいけないことを、子供たちの反応を見て理解する。


ヤモリを吐き出したマジック·ベビーを見た子供たちは、ホッと息を吐くと全員が笑みを浮かべていた。


「あの子もすっかり馴染んでいるね」


そんな光景を見ていたレオパードが嬉しそうにいうと、ドミノが表情を緩ませた。


だが、すぐに彼女の顔が厳しいものへと変わる。


「それでも、ここに長居はできなそうだな」


「なんでよッ!? それが今回がんばった理由だったじゃん!?」


声を張り上げて訊ねるレオパードに、ドミノはその理由を説明し始めた。


いくらここが人里離れた村とはいえ、あれだけの戦いがあったのだ。


略奪者の集団がもう一度ここを襲うとは思えないが、大型の魔獣を使役していた彼らが、そのことを誰かに話すだろうことはわかりきっている。


辺境での噂は広まるのが早い。


ハーモナイズ王国の残党であるテンプル騎士団や、マダム·メトリーのギルドの人間らに知られる前に立ち去ったほうが無難だ。


「……まあ、アタシはいいけどさぁ。あの子はこの村を気に入ってそうだよぉ」


レオパードがねた様子で返事をした。


その態度から、彼女も村を離れたくないことがわかる。


それはレオパードもマジック·ベビーと同じく、この村の住民たち――特に子供たちから勇者と慕われていたのもあって、気に入っていたからだった。


そのことはドミノも理解していた。


先ほど述べたように、まだこの村に来てから日こそ浅いが、二人が村人たちといて楽しそうにしていることは知っている。


それでも、やはり村は出なければならない。


大型の魔獣を連れた略奪者の集団を返り討ちにした村なんていうあり得ない話は、すでに追っ手の耳に入っているかもしれないのだ。


「寂しがるとは思うが、これも経験のうちだ。今のうちから慣れておかないとな」


ドミノの言葉は、これからの彼女たちのことを言っていた。


彼女たちはもう追われる側の人間で、今後に誰かと親しくなったとしても、目立つようなことが起きれば別れなければいけない立場だ。


レオパードはそのことを寂しく思うと、ドミノのがそんな彼女の頭を撫でる。


二人に言葉はなかった。


ただ幸せそうに子供たちとじゃれあうマジック·ベビーを眺めているだけだ。


もうこんな光景は見れない――。


二人がそう思いながら感傷に浸っていると、どこからか女性の声が聞こえてくる。


「魔獣の死体……どうやらここが聞いていて村のようだねぇ。さて、ドミノと赤ん坊はどこに隠れているのやら」


遠くからでもはっきりとわかる聞き慣れた声。


間違いない、ドミノがガナー族を皆殺しにされてからずっと世話になっていた、賞金稼ぎギルドのリーダーであるマダム·メトリーの声だ。


「レオパード、あいつを連れて子供たちと隠れていろ」


「えッ!? それって敵が来たってこと? だったら協力して追い払ればいいじゃん!?」


ドミノに隠れるように言われたレオパードは、追っ手が来たのなら戦おうと答えた。


だが、ドミノはマダム·メトリーが本気でこの村に自分たちを捜しに来たのならば、とっくにこの場が戦場になっていると言葉を返す。


「マダム·メトリーには何か意図があるんだろう。私に聞こえるようにわざと遠くから声を出しているのが、その証拠だ」


「で、でもさぁ……」


「いいから急げ。おそらく戦闘にはならないと思うが、万が一ということもある」


レオパードはそう言われると、マジック·ベビーと子供たちのところへと向かった。


ベビーを抱き上げ、周りにいた子供たちに簡単な事情を伝え、村の奥へと移動する。


彼女たちが去って行くと、ドミノは声のするほうへと歩き出した。


その先には、深いパープル色のブラウスに、コルセット風サスペンダーをした熟女――マダム·メトリーが数人の護衛を連れ、ドミノたちが倒した大型の魔獣の死体を見ている。


そしてマダム·メトリーは、自分たちへ向かって来る白いワイシャツに編み上げアンダーコルセット姿のドミノのほうへと振り返った。


「久しぶりねぇ、ドミノ。元気そうじゃない。こんなデカいの仕留められるくらいにさ。アンタたちのことは噂になってるよ。逃亡者っていう立場なのに、少々やり過ぎたねぇ」


「マダム·メトリー……。何を考えている?」


ドミノが訊ねると、マダム·メトリーは両腕を組んだ。


開いた胸元を強調したその姿は、普通の女性にはないその大人の色気を発しており、彼女が中年であることを忘れさせるものがある。


「あれから、こっちもいろいろあってね。あいつら……ハーモナイズ王国の残党っていうか、他の地域にいたテンプル騎士団の連中が、ワタシの町に集まって来ちゃったのよ」


「そいつはご愁傷しゅうしょうさま。ま、自業自得ってヤツだな」


皮肉めいた言葉を返したドミノに、マダム·メトリーはムッと表情をしかめてると、彼女は再び話を続ける。


話によると、これまで散り散りなっていたハーモナイズ王国の残党が集まり出して、マダム·メトリーの仕切っている町を武力で占拠したようだ。


そのせいで賞金稼ぎギルドの商売はあがったりとなり、マダム·メトリーとしてもいい加減に出て行ってもらい存在となったと言う。


マダム·メトリーの話を聞いてドミノは思う。


なるほど、だから村を襲うことなくこうやって話をしに来たというわけかと。


いや、これは交渉というよりも依頼。


賞金稼ぎギルドのリーダーらしいやり方だ。


ドミノはそう思い直していると、マダム·メトリーが組んでいた両腕を開く。


「ようするに、連中はワタシにとってもアンタにとっても敵なわけ。そこで、アンタにワタシから仕事を依頼したいんだけど」


内心で「ほら来た」と思ったドミノは、詳しいことを話すようにと返事をした。

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