わたしだけの、水色の勾玉

 放課後、北星神社までの道を、黒川部長とスバル先輩、無量くんとわたしの四人で歩いていた。

 無量くんは明らかにご機嫌斜め。

 北星神社は、樹齢何百年かの大きなクスノキが目印なの。御神木というものかな。


「彰子(あきこ)さん、こんにちはー」

 スバル先輩が挨拶する。社務所から出てきたのは、いつも朝方出会う、黒髪に黒いワンピースの女の人だ。

 女の人は無量くんを見て、意味深に笑ってる。無量くんの顔は真っ赤。


「息子ですから」って、この間言ってたよね。

 今は巫女装束を着たその人に、わたしは思い切って声をかけていた。

「あの、朝はすみません」

「全く構わないよ。『清めて』あげるから、こっちにおいで」

 女の人は笑うと、わたし一人だけを神社の奥に連れていった。


「ここ、普段は厄除けの祈祷をするところなんだ。若いから、そんなの興味ないかなー」

 女の人はわたしに白い装束を着せると、神社内の講堂みたいな部屋に連れていく。そこには祭壇があり、パイプ椅子も十個くらい置いてあった。

 わたしは言われたまま、そのパイプ椅子の一つに座る。


 女の人は、祭壇に向けて一礼する。そして、わたしに、甘酒の入ったコップを渡してくれた。


「神力の強い甘酒。これでスッキリするよ。無量のこと、よろしくね!」


 恥ずかしくて、甘酒を勢いよく飲んでしまう。軽くむせてケホケホしてしまった。

「あらあら、大丈夫?」

 女の人は、わたしの肩に優しく触れた。


 今日、三回目だな。

 濱本さん。無量くん。それから、この女の人。おそらくは無量くんのお母さん。


 お母さん、という感じのいい匂いがした。

 わたしは目を閉じる。遠くから声が聞こえてきた。


 無量くんのお母さんじゃない。わたしのお母さんの声。


 閉じた目の奥に、お母さんの姿が浮かぶ。巫女装束なんかじゃない。わたしが好きな、桜色のスーツを着てるお母さん。わたしの七五三の時も、そうだった。


 お母さんは少し涙を浮かべてたけれど。

「もう、桃ちゃんは一人じゃない。わたしはそろそろ、向こうの世界に戻らないとね。向こうに帰る期限が迫ってたの。もともと」


 お母さんの声が耳元ではっきり聞こえた。

「待って。おかあさ」

 わたしが口にすると、その、わたしのお母さんの幻は霧散してしまった。


 目を開けたわたしに、無量くんのお母さんが静かに言う。


「死者は蘇らない。でも、思いは残るの。だから、あなたの中には、お母さんから継いだ、清らかな『水色の勾玉』がある」


 無量くんのお母さんはそう言った。

「手を出して。念じてほしい。いつでも、あなたの中から取り出せる。あなただけの勾玉」

 

 言われるがまま、わたしは、両手を卵を包むように丸めて、静かに思いを送る。


 かしゃり、と静かな感触がした。

「水色の勾玉」がわたしの手のひらの中にある。

 しばらく見てると消えるけれど、それは、わたしの中に帰っただけ。なくなったわけじゃない。

 わたしが本当に大事にしなきゃならないのは、この勾玉。濱本さんの評価とか、体育がうまくなりたいとか、なんかじゃないんだ。


「戦いなんて、基本的には、男子に任せておけばいいの。ただ、ここぞと言う時に、この勾玉が聖なる神獣を呼べる。覚えておいて。わたしもたまには戦い、手伝おうかなー」

 無量くんのお母さんは、ホットケーキでも焼くような気軽な口調。


「もう一度言うかな。無量のこと、よろしくね。バカな息子ですが!」


 無量くんのお母さんは、そっとわたしの手をとった。


「ミヤとの戦いは明日以降、考えればいい。まずは良く寝なきゃね」

 無量くんのお母さんはそう言った。


✳︎ ✳︎ ✳︎

 日記帳は、毎日つけていた。けれど、そうだ。昨日はつけてなかった。

 わたしは日記帳の新しいページに、「昨日と今日あったこと」を書こうとした。

 でも、ダメだね。

 頭がついていかないよ。


「早く寝ないとー」

 ベッドに入って、スマホを見ることもなく、よく眠った。


(第2章 終わり)


お読みいただき、ありがとうございます。

ますます、変な話度が加速しておりますが。

よろしくお願いいたします。

 


 



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中学生になってから、妖怪退治をしています! 瑞葉 @mizuha1208mizu_iro

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