「花みや」の「おばけ」の話④

「桃子ちゃん。今日の部活は『北星神社』集合だから」

 五限と六限の間の休み時間に、スバル先輩がわざわざ教室に来て、わたしに伝えてくれた。

「場所、わかるかな。無量は当然、わかるよな」

 スバル先輩は、人が悪そうな笑みを浮かべてる。


「嫌なんだよなあ。『あの人』と、他の人とみんなで会うの」

 無量くんが小さな声でこぼす。

 無量くん。でも、わたしね。


「ごめんなさい。頭痛いから、早退するね。無量くん、先生に言っておいてください!」

 わたしははっきりとそう言って、カバンだけ持って、フラフラと教室を出た。


 なに、こんな頭痛、初めてだよ。


 空き教室に逃げ込んで、しばらくじっとしている。すると、わたしの「影」が赤く立ち上がった。

 

 ミヤ。

 忘れていたのはなぜだろう。和菓子屋でのアユと無量くんとの会話にヤキモチを焼いてた時に、視界の端に映った「黒いもの」。


 今はその本性を現して、存在自体が、炎のように紅く明るく輝いてる。


「桃子の巫力をたっぷり吸えたから、ミヤはもう行くにゃ。北星神社の『巫女さん』は面倒そうにゃむ」


 ミヤは紅い虎に姿を変えると、走って空き教室からいなくなった。

「桃子ちゃん!」

 スバル先輩と黒川先輩が、空き教室に入ってきた。


「取り逃したか」

 黒川先輩が悔しそうに言う。

 スバル先輩は、わたしのそばに座ると、おでこに軽く、その手で触れた。

 温かいものがわたしに流れ込んでいく。

 

 スバル先輩の緑の巫力は、癒しの巫力なんだね。


 わたしは、ため息のような大きな息を、深く吐き出した。


「よし。もう大丈夫。教室、戻りなよ。あとで、北星神社、行こうな。無量とも一緒にな」


 スバル先輩は、少し楽しそうな口調。でも、その目は心配してた。

「先輩」

 わたしはか細い声で言う。

「あの、ありがとうございます。迷惑かけて、申し訳ありません」

「迷惑なんて、桃子ちゃんはかけてないよ!」

 スバル先輩は、わたしの髪をわしゃわしゃと撫でた。目と目が合って。

 

 スバル先輩が女子に人気あるの、わかる気がする。

 

「いや。実際、『水の巫女姫』の桃子ちゃんの巫力を一日中吸った、紅い虎、か。もともとは『和菓子屋の屏風から昭和初期に逃げた、絵の虎』が、巫力を得たか。強敵になりそうだ」

 黒川先輩が、こちらをどきりとさせるようなことを言った。


「無量にやらせるさ。そして俺が無量を援護する。それでいいだろ。黒川」


「いや。瀬田さんの力が必要だよ。どうしても。あれは『もう一人の瀬田さん』なんだよ」


 黒川先輩は、考え込む目をやめて、少し優しく笑う。彼はわたしに握手を求めた。わたしも応じる。


 黒川先輩の、黒い巫力。宇宙の闇みたいなものを、束の間、眼前に見たように思う。


「やっぱり、瀬田さんは無量のこと、気になってるんだね」

 黒川先輩は、深い目をしたまま、わたしに言った。


「ちょっとだけ、瀬田さんの心を覗いたよ。普段はやらないんだけれど。瀬田さんの無量への思いは、ほんとは、自分で思ってるよりずっと強いの、わかる?」


「わ、わたしは、無量くんのことなんか」


 スバル先輩の方がカッコいいって思うくらいなんだよ。

 でも、そうだね。

 なんか、気になるんだよね。

 

 そう。あの、中庭でのファーストコンタクトの時に思ったんだ。

 この男子くん、他の人と違うかな。って。

 無量くんにあの時会わなかったら、スバル先輩や黒川先輩との縁もなかったかもしれない。


 


 


 

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