鏡の中のチョコレート
なんで?
とても大事なものなのに、自分から捨てるようなまねをしてしまったんだろう。
――だって。
鏡の中のチョコレートだ。
全身が映せる細長の鏡に、私がバレンタインデーの手作りチョコの箱を持っておめかしをした姿を見た、……ら。
すうっと、気持ちが冷めたのだ。
甘いものが苦手な
もう、何年になるだろう?
物心ついた頃には、お隣に住む
私が綺麗にラッピングしたチョコレート。
たくさん練習して、チョコレートのお菓子もラッピングもちょっとずつ上達してきた。
なかでも今回のお菓子は最高に上手に美味しく出来た!
このチョコレートのお菓子の試作品だって、友達に食べてもらって味見してもらったけれど、すっごく評判が良かったんだよ。美味しいからまた食べたいって言ってたもん。
ぜんぜん。
私が
とんだ思い上がりだよね。
鏡の中のチョコレートは、嘲り笑ってる気がした。
私が、空兄へのチョコレート菓子の箱を持つのが滑稽に思えてくる。
気づけば丁寧に綺麗にと念じながら包んだラッピングを、私は乱暴に
リボンが落ちる、包装紙がひらひらと床に舞い散る。
「もう、会わない。
サヨウナラ」
「ずいぶん、勝手だな。それって
「――えっ?」
わっ、やば、空兄に聞かれちゃってた!
私と空兄の部屋は、窓が向かい合っている。
家どうしが密接して距離が近いからか、窓越しでも大声でなくてもけっこう声が聞こえちゃう。
空兄はガラガラっと窓を開けて、窓枠に肘をつく。それから私に向けて「蘭菜の方も窓を開けて」って言いながらジェスチャーをする。
「これでよく聴こえるなあ」
「う、うん」
こっちをじっと見てる空兄は、ちょっと怒ったような呆れた顔をしてる。
気まずい空気が流れてます。
「だって、空兄って彼女がいたんでしょ? 昨日、駅前のオープンテラスのカフェに女の人といるの見ちゃったんだから」
「ぷぷっ」
「な、なに笑ってるの? 空兄!」
「蘭菜が見たっていうのは従姉弟の
「えっ? ええ――っ!」
は、恥ずかしい。
空兄と真向かいに座る女の人しか見えてなかった。そういや、大人数用テーブルに座ってたかも。
……しかと思い出しました。
完全なる、私の早とちりだ。
「そそっかしいなぁ。まあ、そんなトコも蘭菜の可愛い魅力の一つだけどね。声をかけてくれたら紹介したのにな。俺の彼女ですって」
「えぇっ!?」
「蘭菜〜。『えぇっ!?』じゃないよ。だからお酒を飲みながらの大事な話はやめようって言ったのに、蘭菜は今が良いって言うから。――俺達、先週から正式に付き合うことになったよね。蘭菜が俺への誕生日プレゼントは私よとか言い出して」
「わ、忘れてました」
「勘弁してくれよ。まあ、蘭菜は可愛いから許すけど。あーあ。蘭菜からのバレンタインデーのチョコを楽しみにしてたのに」
「だって、だって。……それに空兄、甘い物が苦手だって」
「蘭菜の作るチョコ菓子は甘くないから美味しい。それに今年は特別じゃん。彼女からのチョコはどんなでも嬉しいよ。もらいたかったなあ」
「空兄、チョコいる? 食べる? ラッピングは破いちゃったけど、中のチョコは無事だよ?」
「いる。……蘭菜、俺の彼女になったことを忘れてたお詫びに、二つ約束して」
「約束?」
「突っ走って決めつけて勝手にサヨウナラとか言わない」
「う、うん」
「俺が大好きなのは蘭菜だけだから、蘭菜も俺だけって言って欲しい」
「う、うん。あとでね」
「よしっ! 蘭菜、約束通りこれから遊園地デートしよっか」
「うん。……空兄、一人で勘違いしたり嫉妬したりしてごめんね」
「謝らなくていいよ。不安にさせちまう俺が悪いんだから。今日からそんな風に思わないぐらいラブラブバカップル目指そうな。ずっと蘭菜だけを溺愛します」
ひえ〜、は、は、恥ずかしいっ!
姿見に映る私とバレンタインの手作りチョコレート。
空兄に早く渡したい、食べてもらいたい。
手作りチョコレートがそわそわと、空兄の元に行きたがってるみたいで。
私は、わくわくキラキラな光で光ってる。
そんな風に見えた。
了
鏡の中のチョコレート【バレンタイン🍫短編集】 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE
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