第一節 十項 物語の始まりは暗闇と共に

 思わぬ名前が吉野の口から発せられ、俺は困惑していると吉野は言葉を続ける。


「さっきも言ったけど、オリジナルの能力は代々遺伝されるモノだ。でも玲香のオリジナルの能力は、親から遺伝されたモノではなくて玲香自身が生み出した、この世界で玲香だけの、正真正銘のオリジナルの能力が反映なんだ」

「・・・なんで俺が霧島玲香の子供だってことが分かったんですか?」

「それは蛍から渡されたジィさんの手紙に書いてあったからだよ。それに・・・蛍は玲香とそっくりだから言われなくても気づくさ」

「・・・そんなに似てますか?」

「あぁ、そりゃあもう、いかにも親子ってくらいに玲香とそっくりさ。特に目のあたりなんかそっくりだ」


 このことは昔、ジィにも言われた。

俺はそんなにも母親と似ているのか? 俺は子供の頃の母親の写真以外を見たことが無いから、正直イメージがつかないけど母親と似ていると言われて、嫌な気分にはならない。

 吉野は更に言葉を続ける。


「そこに戦い方まで玲香とそっくりとなれば、もう蛍が玲香の能力を引き継いでいるのも疑い様のない事実になるさ。だから蛍の能力は、玲香と同じ反映という訳になるのさ」

「・・・吉野さんがジィと知り合いだから、母親の事を知っているのはなんとなく分かります。でも、なんで母親の戦い方まで知っているんですか?」

「それは玲香が、ここで調査員として働いていたからだよ」

 俺の母親が、ここでは調査員して働いていた!? そんなことジィは一言も言ってなかったぞ!?

「多分、それを当時の蛍に言っても理解してくれないと思ったから、言わなかったんじゃない?事実、今も理解出来てない訳だし」


 吉野は俺の心を読み取って、疑問に答えた。

まだ口に出していない疑問を、先に答えられてしまう感覚はどうにも慣れない。この違和感のおかげで少しだけ俺は、落ち着きを取り戻した。


「・・・母親は・・・強かったんですか?」

「うん、強かったよ。なんせ能力が最強だからね」

「そのさっきから聞きそびれていたんですけど・・・反映ってどんな能力なんですか?」

「あぁ、そういえば説明していなかったね。だいぶ脱線しちゃったな。え~っと、反映って能力は、吸収という能力に原理が近いんだ。吸収は能力を使う人によって、吸収する対象が変わってくるけど、共通する部分として、何かしらのエネルギーを吸収して能力者自身の身体能力を向上させるところがあるのさ。このエネルギー源とするのが、能力を使う為の呪いだったり、自然にある水とか火のエネルギーを使うモノもあったりと本当に人それぞれなのさ。ちなみ碎も吸収の使い手なんだけど、エネルギー源として使っているのは呪いなんだ。」


 吉野はそう言うと、後ろにいた碎に顔を向ける。

 フェールの治療が終わってゆっくりしていた碎は、いきなり話が自身に振られたことが理解出来ずに、まるで鳩が豆鉄砲でも喰らったようにポカンとした顔をしていた。

少しの間をおいて、この先の話は自分がしなければいけないことに気づくと、すぐに気を入れ直して話を続けた。


「あ~確かに俺は吸収の能力を使っていて、エネルギー源はそこら中に漂ってる呪いを使ってる。まぁ正確に言うなら、使えるエネルギー源は能力に目覚めた段階で決まっているんだがな。で、さっき蛍と戦った時も能力を使って力を高めていたんだ。だから人間離れした動きが出来たんだよ。納得だろ?」


 確かに。そう説明されれば、あの目にも止まらない人間離れした動きをすることが出来るのにも納得がいく。

でも、なんで吉野は反映の説明をするために、わざわざ碎に吸収の説明をさせたんだ?


「いや、碎に吸収の説明をさせたのはあまり深い意味はないよ。実際に使っている人の話を聞いた方がわかりやすいかな、って思ったんだ」

「・・・」


 よくわからない人だな。

俺は、純粋にそう思った。何を考えて話をしているのか? 意図して話をしている時とそうで無い時の違いがまったくわからない。


「まぁそんな訳で、吸収はそういう能力なのさ。で、ここで話を戻すと、反映は吸収と原理が似ている、という話だったよね?」


 俺は吉野の言葉に頷く。


「じゃあ違うところはどこなんだ? ってなると言えることはただ一つ。反映はエネルギーを吸収するのでは無くて、目の前にいる人の能力をそのままの強さで扱うことが出来るということなのさ」

「・・・つまり、この反映は個人の力を高めるために周りにあるエネルギーを使う吸収と違って、相手の能力そのものをまるで自分の力の様に使うことが出来るということですか?」


 本当にそうだとしたら、かなり強い能力じゃないか?

俺は能力のロマン性に少しだけ楽しくなっていたが、それを吉野はピシャリと断ち切った。


「そう、その通り。でも万能そうに見える能力だけど、この能力にはいくつか欠点がある。その中でも一番問題になってくるのが、能力を使う時と使わない時の切り替えが出来ないというところで、この切り替えが出来ないと意図せずして能力を反映してしまうんだよ。これの何がいけないかというと、相手が能力を使う時の方法にあるんだよ。僕が確認しているだけでも数件の事例があって・・・自分を傷つけることによって能力を使うことが出来る人がいるんだよ。まぁ大体そういう発動方法の能力を使うのは拗らした人間が多くて、自己再生出来る力を備えているから当人には何ら問題は無い。でも能力を反映する玲香には危険だったんだ。玲香が反映する部分は、その能力にとって本命の部分なだけであって、自己再生とかの能力によって得られた副産物は玲香には反映されないから、発動方法が自死系だったら能力を反映した段階で死ぬ可能性もある、ギャンブル性の高い危険な能力なんだよ」


 俺は吉野の現実を叩きつけるような説明に、舞い上がっていた気持ちが地に落ちた。

そして俺はこれからの吉野の説明に、さらに現実を突き付けられる。


「実際に何回か、危ないシーンはあったよ。特にヤバかったのは、調査員の仕事で別の世界に行った時に出くわした能力者の発動方法だね。その能力の発動方法は、鋭利な刃物で自分の心臓を突き刺す事だったんだ。そいつと出くわした時にはもう、能力を発動している状態だったから、玲香はすぐに能力を反映してしまって自分の心臓を手に持っていた刀で刺してしまったんだよ」

「・・・っ!? それでどうなったんですか!?」

「当時調査員をやっていた人が、治療系の能力を持っていてすぐに手当てをしたから大事には至らなかったよ。いや~あの時は本当に焦ったよ」


 俺は吉野の言葉に胸を撫で下ろした。それは周りで話を聞いていた碎達も同じだったらしい。俺の母親は、そんな危ない能力を持っているにも関わらず、調査員として前線に立っていたなんて・・・すごい人だな。

 初めて母親の詳しい経緯を聞いて、抱いた俺の気持ちは純粋な母親の尊敬の意と、母親と繋がりを感じられた事へのうれしさだった。


「その気持ちを大事に持っておくといいよ。きっと玲香もうれしいはずだから」


 吉野はまた俺の心を読んで、アドバイスをくれた。だから勝手に俺の心を読むんじゃねぇよ、まったく。

内心はそう思っていたが体は正直なモノで、自然と口角が上がっていくのを感じた。


「まぁそんな感じで、かなり危険性の高い反映をうまく駆使して活動を続けた結果、多くの世界の消滅を食い止める事に成功して歴代最強の調査員になった訳なのさ」


 吉野は、まるで自分の事に様に嬉しそうにしていた。でも、その目にはやはり純粋な嬉しさだけでなく、一種の哀しさを含んでいた。

 確かに自分の部下が活躍している姿を見て、嬉しくなる気持ちは分かる気がする。でも、それならなぜ吉野は哀しそうな目や表情をするのだろう・・・そもそもなぜ吉野は一部下であった母親にそこまで感情移入するのだろう?

そんな疑問を心の中で思っていたが、吉野はその疑問に答えてくれることはなかった。


「・・・長々と昔話をしてしまったね。まだフェールとの戦いが残っていると言うのに」

「・・・いえ・・・それは構いません」

 フェールは、吉野から伝えられた俺の母親の話、能力の話を聞いて完全に気後れしていて、さっきまで俺の事を馬鹿にしていた彼の姿は見る影を無くしていた。

「そうかい?ならよかったけど。じゃあ蛍には続けて、フェールと戦ってもらうよ。まだ碎と戦った時に使った反映の効果が残っているはずだから、フェールとも互角に戦えるはずだよ。反映の効果は、別の能力を反映してもしばらくの間は続くから能力を切り替えられるはずだ。特に碎の能力は、身体能力向上系だから切り替えなくても勝手に能力が発動している状態になってるはずだから・・・まぁ、あとは成るようになるさ」


 ここまで丁寧に説明してきたのに、最後だけ適当だな!

俺は心の中で軽くツッコミをしたが、やはり吉野はそれに返してくれることはなかった。


「・・・準備はいいか?」

 フェールは戦う準備が出来たかどうかの確認をしてきたが、その声色はどこか硬く、緊張している様に感じられた。

「あぁ・・・大丈夫だ。というか、お前こそ大丈夫なのか?」

「・・・・・・何がだ?」

「俺の気の所為なのかもしれないけど、なんかお前が緊張している様に感じるんだよ。さっきまでのお前の話し方よりも、堅さを感じるからさ・・・」

「・・・気の所為だ、気にするな。それよりも、他人の心配をするよりも自分の心配をした方がいいのではないか?それこそ、俺にやられるかもしれないという心配をな」


 フェールは上から目線で俺の治療をした時と同じ様に煽ってきた。

さっきまで俺だったら、その挑発に乗っていたかもしれない。でも碎との戦いと吉野から能力の説明を受けた事によって、俺はフェールから挑発を受けた時よりも冷静にフェールの事を見ることが出来たし、挑発に乗ることもなかった。

だから俺を煽ってきた時の声も、やはり硬かった事に気付くことが出来た。


 素直じゃないなぁ・・・こいつ。さっき吉野も言ってた事だけど、根が頑固で負けず嫌いだから自分に正直になれないんだろうなぁ・・・

 俺はこれからの戦いの事よりも、純粋にフェールの性格の事を考えていた。


「準備が出来たのなら、始めるぞ」


 フェールは、高圧的な態度を示すかの様に首をボキボキと鳴らしながら言うと、腰に下げている西洋剣を鞘から抜き、大きく振りかぶると、そこには赤く燃えた炎の剣があった。

剣から発せられる熱気が、少し離れた俺のところまで伝わってくる。見せ掛けではなく、あれが正真正銘の燃える炎の剣である事を俺に実感させた。


「俺の能力は、獄炎。触れたモノの全てを地獄の業火によって焼き尽くす能力だ。それがたとえ同じ火使いであったとしても、同じダメージを与える事が出来る。・・・だから、能力を真似できるお前に・・・同じ火使いになるお前に負ける事など出来ないのだ!」


 フェールは火使いとしてのプライドを守るためにも、俺に負ける事は出来ない。緊張している理由は、そこにあったのか。

 冷静にそんな事を思っていると、急に体の中が熱く感じてきた。

でもその熱さは、体が燃える様な熱さではなくて、体を包み込む優しい暖かさの様に感じた。そして不思議と体の底から力が湧いて来る様な感じがして、もしかしたら俺も炎を出せるかもしれないと思ったから、刀を振ってみるとフェールと同じ様に刀が燃え始めた。


「おぉ・・・出来た」

「・・・絶対に負けない・・・覚悟しろ!」


フェールは能力を反映する事に成功した俺を見ると、フェールの中で渦巻く激情を抑えることが出来なくなり、ついに弾かれた様に駆け出した。

フェールの勢いは碎程に速い訳ではないけど炎を纏っている分、迂闊に触れれば碎と違ったダメージを受ける事になる。でもそれは、フェールも同じ事だ。だからやることは変わらない。あいつの攻撃を避けながら徐々にダメージを与えていく、それだけだ。

 俺は頭の中でフェールとの戦い方を整理し終わると、フェールが目の前まで迫っていた。


「ふんっ!」


 フェールは勢いそのまま、俺に向かって剣を大きく振り下ろした。

俺はその攻撃を軽々と避けるが、振り下ろされた剣によって生じた衝撃波とも呼べる熱風によってバランスを崩してしまった。フェールはその隙を逃さず、続けて剣を俺に向かって突き刺す。慌ててその突きを避けたが、服に少しだけ剣が掠って燃えていた。すると炎はたちまち全身へ燃え広がり、瞬時に体に激痛が走った。


「〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 声にもならない悲鳴を上げながら、俺は地面にのたうち回ることしか出来なかった。

しかしフェールはそれで満足せず、もっと俺に悲鳴を上げさせようと剣を俺の腹に突き立て様としていた。

 すると、体中走っていた激痛が突然和らいだ。なぜだ?と思い、原因を探そうと目を動かすと、そこには俺の体で燃えていた炎を吸収している刀があった。

そのおかげで少しだけ動く事が出来る様になったが、それでも炎によって爛れた皮膚からの痛みで動きにくい事には変わりない。それでも、俺の腹に突き立てようとしているフェールの剣を避けることぐらいは出来た。


「逃げるな。逃げなければすぐに楽にしてやる」

「いや逃げるよ・・・逃げなきゃ俺を殺すでしょ・・・」

「当たり前だ。殺して俺がお前よりも強い火使いであることを証明しなければならないのだ」

「いやそもそも、俺は火使いではないし・・・俺がお前よりも強いとは1ミリも思っていないから・・・」

「お前の私情は関係無い。使命を遂行するために俺はお前を殺さなければならないのだ!」


 フェールは語気を強めて言い放つと、また駆け出した。今度はさっきよりも距離が短からすぐに、ぶつかってしまう。それに俺は、重度の火傷でほぼ動けない状態だ。そんな状態で俺が取れる選択肢はもうこれしかなかった。


「かハッ・・・」


 喉の奥から込み上げて来た血と声が混ざって、掠れた声が出た。

でもこの声は俺から発せられたモノではない。声の主は、目の前で俺の刀で腹を貫かれているフェールによるモノだった。

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世界は廃亡と共に 依神十和 @areishu

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