第一節 九項 物語の始まりは暗闇と共に
光の様なスピードで飛び出した碎を、俺はギリギリの所で回避した。回避した時に、少しだけ俺の服の裾を碎の拳が掠めた。掠めただけなのに、俺は碎の拳から発せられた、まるで衝撃波の様な風圧によって体のバランスを奪われてその場に尻餅をついてしまった。
碎は、俺の方を振り返る様に見て目を丸くしていた。
「えっ・・・避けた?さっき俺の動きをまったく見切る事が出来なかった蛍が・・・避けた?」
どうやら碎は、俺が攻撃を避けた事を本気で驚いているようだ。しかしそれは、俺も同じことだった。実際には、碎の動きを見切ることは出来なかったが、なぜだか体が勝手に動いたおかげで碎の攻撃をギリギリで避けることが出来た。
だから俺にも、なんで避けられたのか理解が出来なかった。
俺も碎も目の前の現状を理解出来ずに固まっていると、吉野が今までに聞いたことがない、ドスの効いた声で一喝した。
「蛍、立て!まだ戦いは終わっていないぞ! お前は実戦の時でもそうやって、ずっと尻餅をついているつもりか!」
吉野の一喝で、俺と碎は思考することに意識が持っていかれている事に気づくと、急いで立ち上がり、また向き合った。
今は目の前の事に集中しなければ、やられてしまう。次避けられるとも限らないのだから、碎の動きに集中しなければ・・・
碎の動きを集中して見ていると、また碎がさっきと同じ様に飛び出したが、また俺は碎の攻撃を避けてしまった。しかも今度は掠りせずに。それから何度も何度も碎は攻撃をしてくるが、俺はその度に避け続けて、遂には自分の目でも碎の動きを見切れるようになり、迫ってくる碎に刀を当てて攻撃することまで出来るようになった。
碎の体には俺の攻撃によって出来た刀傷が、体中に出来ていた。傷からは血が流れ出し、碎が纏っている白い袴は、ほとんどが赤く染まっていた。碎は、ずっと俺に向かって突進を続けていたからか息が絶え絶えになっていて、膝をついてうなだれていた。
「・・・ここまでだね」
碎の様子を見て、吉野は小さく言った。吉野の言葉によって、俺と碎の戦いは決着となった。
この結果を見て、瑠衣葉とフェールは目を見開いて驚いていた。ここにいる人間は俺が勝つとは誰も思っていなかっただろう。しかし吉野は2人とは違い、予想通りと言った様な表情をしていた。
吉野の千里眼には、心を読み取るだけでなく未来を見る事も出来る能力もあるのかと思っていると、後ろでうなだれていた碎がゆっくりと立ち上がり、戦う前とは比べ物にならない程の小声で俺に話かけた。
「はぁ・・・負けた。蛍・・・お前本当に戦ったことないのか?」
「うん・・・ないよ」
「マジかよ・・・最初の時と動きが全然違ったぞ・・・」
「本当ですよ・・・最初の一撃はまったく動けなかったのに、次の攻撃からは避けられる様になって、最後はまるで宙を舞う紙の様に華麗な身のこなしで碎の攻撃を避けるなんて・・・」
「・・・」
瑠依葉はふらつきながら立っている碎を支えながら話していたが、その顔にはまだ驚きを隠せないでいた。それは隣で俺の時と同じ様な治療をしていた、フェールも同様だった。
すると縁側でそのやり取りを見ていた吉野が、なにやら嬉しそうな顔をしながら俺達の所まで来ると、これまた上機嫌な声色で話を始めた。
「蛍ありがとよ~僕が作った最高傑作をバカにした碎をボコボコにしてくれて」
「え~っと、それは・・・どうも?」
俺はいきなり刀の実力を証明してくれた事への感謝を吉野から伝えられて、うまく言葉を返すことが出来なかった。
吉野は俺へのちょっと曲がった感謝の意味が伝わったことを見ると、今度は碎への煽りを始めた。
「どうよ、碎? これまでバカにしてきた僕の最高傑作によって倒された気分は? 悔しいだろぉ?」
「お前なぁ・・・今さっき勝負に負けた人間にかける言葉がそれか?」
「だって嬉しいんだもん」
「お前なぁ・・・」
碎は吉野の煽りを怒りで返すのではなく、呆れた様子で返していた。
同じような煽りを一通りやって満足した吉野は、本題に切り出した。
「ふぅ、満足した。それでどうだった?碎から見て蛍の能力に見当はついた?」
「いや・・・まったく。フェールの能力みたいに火を出すような特徴的な変化は見られなかったから、俺と同じような身体能力を向上させるような能力じゃない?」
「うん、半分正解だね。確かに、最初に碎の正拳突きを受けた時と最後の蛍の動きでは雲泥の差があったから、そう考えるのも間違いでは無いと思うよ。」
「ん?おい吉野。その口振りだと、もうお前は蛍の能力がなんなのか、分かってるみたいじゃねぇかよ」
「うん・・・実は碎との勝負をする前からある程度は見当がついていたんだ」
「なんだよそれ!それじゃあ俺が勝負する意味無かったじゃねぇか!」
「いやでも、ジィさんの手紙だけじゃあ確証を持てなかったんだよ。だから碎には一肌脱いでもらいたかったのさ」
「・・・納得いかねぇ。まるで俺がかませ犬みたいじゃねぇかよ。」
「まぁまぁ、近い内に何か奢るから」
「忘れんなよ?まったく。それで?蛍の能力は一体に何なんだ?」
俺はこれから発せられる吉野の言葉に、固唾を飲んで集中する。
「・・・おそらく、蛍の能力は反映だと思う」
「反映? 聞いたことねぇ能力だな」
「私も聞いたことがありませんね」
ここいる吉野以外、全員知らない能力らしい。どんな能力なのか尋ねようと、吉野の顔を見ると、吉野は嬉しそうと言うか哀しそうと言うか、なんとも言い表せない表情をしていた。
吉野は、俺達の反応を見て話を続けた。
「そりゃあ知らなくて当然さ。だってこの能力は、他の人が発現させることが出来ないオリジナルの能力だからさ」
オリジナルの能力? じゃあオリジナルの能力以外があると言うなら、コピーの能力でもあるのか?
そう思っていると、吉野はその心の中の疑問について答えてくれた。
「そう、能力にはオリジナル性のモノとコピーの能力の2種類があるんだ。今ここにいる人は全員能力を持っていて、その能力はみんな他の人が発現させることも使うことも出来ないオリジナルの能力なんだ。」
「じゃあ俺の反映? って言う能力は、俺自身が作り出した新しい能力ということになるんですか?」
「いやそういう訳では無いんだ。オリジナルの能力は大抵の場合、親から遺伝して受け継ぐモノなんだ。ここにいる碎や瑠依葉、そしてフェールもみんな代々受け継いできたオリジナルの能力を使っている訳なのさ。それでコピーの能力は、能力を使うことが出来ない人達が、オリジナルの能力と似たような効果を発揮する機械を作ったモノの事を指すのさ。で、蛍は恐らく、親が使っていた能力に目覚めている」
「? さっきはっきりと、蛍の能力は反映でそれはオリジナルのモノだって言ったよな?という事はお前は蛍の親を知っている、ってことか?」
吉野の言葉を聞いていれば、当たり前の様に思い当たる疑問を、碎は吉野にぶつけた。
そして吉野は、碎の疑問に頭を縦に振って同意を示した。
「そう、この反映という能力は蛍の母親、霧島玲香のオリジナルの能力だ」
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