第一節 八項 物語の始まりは暗闇と共に

場所は、長室の外にある庭園へと移る。


 「さぁ蛍! 準備は出来たかぁ!」


 碎は自分の体の身軽さを主張するように、ジャンプをしていた。

準備の確認を確認してきた碎自身は、武器を何も持っていない。それに対して俺は、吉野から渡された刀を持っていた。しかもこの刀は、俺の知っている刀とはかなり違っているモノであった。

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 「さて、碎とフェールと戦うために刀を蛍に渡す訳だけど、刀は使ったことあるだろ?」

 「いやジィに刀は絶対に触るなと、言われてたので・・・」

 「そうか・・・じゃあこの刀の使い方を知ってるはずもないか。」


 いや、そもそもこれは刀なのか? 吉野の手に置かれた刀(・)と(・)呼ばれる(・・・)モノ(・・)は、刃の部分が何一つない、柄だけが残された、もはや刀とすら呼べないモノ(・・)であった。

俺は吉野から柄しかない刀を手渡されて困惑していると、吉野は説明を続けた。


 「「なんでこんなゴミを俺に渡したんだ? こいつは俺を笑い者にするつもりか?」みたいなことを考えなくていいから。僕もそこまでクズじゃないつもりだよ? ちゃんと説明するから。え~っと、その柄の目貫がボタンみたいになっているからそこを押さえるように握って、思いっきり振り切れば刃が出てくるから。」


 吉野はジェスチャーを交えながら教えた。俺は本当に刃が出てくるのか疑っていたが、ここで考えていても話が進まないと思い、吉野の教え通りに柄を振った。

 すると吉野の言葉通り、柄の鍔から折り畳まれた状態で入っていた刃が元の形に戻る様に出てきて刀になった。


 「わぁっ!? 本当に出てきた!?」

 「そう、最初にその刀に触れた人はみんな同じ反応をするね。これが僕から渡す武器、折り畳み式の刀だよ。折り畳み式とは言っても強度や切れ味は普通の刀と同じだから、安心して使ってね。これで刀に関する説明は終わりだけど、何かわからないことはある?」

 「・・・特に無いです。」


 俺は初めて見る折り畳み式の刀に、気が向いていたから吉野の問に少し反応が遅れた。


 「そう?ならよかった。あとはもう、能力の事も二人とどうやって戦うのも蛍自体だからね。少しアドバイスするなら二人の動きをしっかり見ることかな。最初は動きについていくのは無理だと思うけど、必死に喰らいついていけばその内に目が慣れて攻撃を与えることが出来るかもしれないから全力で頑張ってね。健闘を祈るよ。」

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 俺は刀を持っているが、碎は何も持っていない。もちろん刀は真剣だ。相手に刃を当てれば切れるし、傷を負わせることだって出来る。いくら刀を使った事の無い人間が相手だとしても、それはさすがに危険なのではないか?


 「うん。準備は出来たけど、碎は武器を持たなくて大丈夫なの?」

 「あぁ? 俺はおもちゃなんか使わねぇよ。そもそも刀を使ったこともねぇ奴なんかにやられたりしねぇから安心しな。」

 「さ~い? 僕が作った傑作をおもちゃ呼ばわりするとはいい度胸してるじゃないか? 蛍との戦いが終わった後、僕と一戦やろうか。」

 

吉野はまるで悪人の様な笑みを浮かべて、碎に脅しをかけた。それに対して碎は、さっきまでの勢いはどこかに消えて、おどおどしながら弁論を始めた。


 「お・・・おいちょっと待て。俺は別に吉野に喧嘩吹っ掛けようとして言ったわけじゃねぇんだぞ? 俺はただ蛍の硬さを取ろうと冗談を言っただけで別に言葉に意味は無いんだよ。」

 「仮にそうだったとしても、その冗談は冗談になってなかったわよ。ただ吉野に喧嘩を売っている様にしか見えなかったわ。」 

 「まぁとりあえず蛍が待ってるから先に戦いな。話の続きはその後だ。」

 「そんなぁ・・・」

 

 どうやら碎は碎なりに気を使ってくれたらしい。しかしその気遣いは俺に届くことが無く、むしろ碎自身の首を絞めるきっかけになって地獄を見ることになってしまった。

 

 「はぁ・・・やっちまったなぁ。仕方ねぇやっちまったことだし。じゃあとりあえず始めるけど、蛍は本当に準備イイか?」

 「うん・・・いいよ。」


 軽い感じではあるが、これから行われる事は互いに死ぬ可能性がある決闘だ。自分も真剣を振るう以上、覚悟を決めて望まないといけない。わかっているからこそ、俺は刀を握る手に力が入る


 「まぁそんなに肩に力入れなくていいからな? 俺だってしっかり手加減するからさ。・・・それじゃあ行くぞ。」


 碎は最後の確認を終えると、半身の構えを取って戦闘態勢になった。俺も刀を碎に向けていつでも迎撃出来るような体制をとった。


 しばらくの沈黙が2人の間を包んだ。この状態はどちらかが動かない限り、変わることはない。しかし、動いた途端に俺は一気に叩き込まれて終わってしまうことをわかっているから迂闊に動くことが出来ずにいた。


 向き合う事1分。ついに沈黙が破られた。先に動いたのは、碎の方だった。


 「ゴハッ!」


 俺は腹から押し出された空気を勢いよく吐き出したことによって、まるで漫画の登場人物が腹を殴られた様な声を上げてしまった。

 どうやら碎は俺に向かって勢いよく飛び込んできたらしい。なぜ過去形なのかって? 俺には碎の動きがまったく見えなかったからだ。


碎が蹴り出した地面を見ると、抉られる様に足の形が残っていた。それだけの勢いのまま俺に飛び込んで来たから、俺は碎の強烈な正拳突きに防御を取ることも、吹き飛ばされた後の受け身もまったく取る事が出来ず、ただ情けない声を上げて倒れることしか出来なかった。


 「おいおい、大丈夫か? 少しぐらい弾かれても問題無いように弱めに踏み込んだんだけどよ、そのまま綺麗に腹に入っちまって・・・これでもかなり手加減したつもりだったんだがよぉ・・・スマン」


 これでっ・・・手加減したのかよっ・・・


 俺はあまりの激痛に碎の言葉に反応することが出来ず、ただ腹を抱えてのたうち回る事しか出来なかった。

 しばらく腹を抱えていると、急に痛みが引いて体がポカポカと暖かく感じた。それでも腹を殴られた感覚は消えなかったから、腹を押さえながら立ち上がると碎の横には金髪の少年が立っていた。金髪の少年の手には蛍が持っている刀とは違う、所謂いわゆる西洋剣と呼ばれる様な剣を持っていた。


 「すまねぇな、フェール。わざわざフレイムフィーリング(・・・・・・・・・・)を使わせて」

 「いや気にするな。俺の対戦相手がボロ雑巾ではやる気も出ないだけだ。」


 なんだ・・・コイツ? 妙に高圧的だな。

俺は突然現れた金髪の少年が何者か疑っていると、縁側で観戦していた吉野が近づいてきて説明をしてくれた。


 「この子はフェール・イルミス。碎と同じ廃亡の都で調査員をしている職員だよ。蛍の痛みを和らいでくれたのも、フェールの能力のおかげなんだよ。だから感謝してあげてね。そうすればフェールも喜ぶから」

「いえ、別に俺は感謝されたくて能力を使った訳ではありませんから。そもそもこんなボロ雑巾に感謝されても俺は嬉しくありませんから」

「素直じゃないねぇ。少しは自分に正直になってもいいだぞ?」

「お言葉ですが、俺はいつも自分に正直であります。ですから、先程のボロ雑巾に感謝されて嬉しくないのは俺の本心です。そもそも俺がこんなボロ雑巾に負けるはずがありませんから。強いて言えば、ボロ雑巾が万全な状態で戦えることへの感謝を伝えてくれたらまだ俺も嬉しく感じることも出来ますけどね」


 フェールは、超上から目線で俺に喧嘩を吹っ掛けてきた。そもそもフェールは、俺に喧嘩を吹っ掛けているとさえ思っていないかもしれない。でも・・・


「まだ戦ってもいない相手にそんな啖呵切れるなんて、ずいぶんと強気だね? もしこんなボロ雑巾に負けたら・・・笑われちゃうね。」

「・・・フン。そこまで言うならそれなり自信があるということだな?ではどこまで足掻けるか、楽しみにしよう。」

 

 正直勝てる見込みなんてまったくない。おそらく戦ったら1秒ももたないだろう。でも、あそこまでコケにされたら俺も黙っていられない。売られた喧嘩は買うまでだ。

 俺と碎の間でバチバチと火花を上げてぶつかり合っている殺気を感じとった吉野は、


「まぁまぁ、そんなに焦らなくても順番は回ってくるからさ。まだ、碎との戦いはまだ終わってないからさ。それより、さっきの碎の動きを見ることは出来たかい?」

「いや・・・全然見えなかった」

「まぁだろうね。さっきの碎の攻撃は、普段の力の1割にも満たない力だったけど、それでもあれだけの速さで動けるからねぇ~正直初見であれを捉えることは難しいと思うよ。でもめげずに喰らい付いていけば、碎の動きについていけるようになるから。とりあえずしばらくは碎の攻撃を避けることだけに専念して、碎の動きがわかってくるようになったら自分の出来る範囲の攻撃をして構わないから。じゃあ頑張ってね」

 

 話終えると、吉野は縁側の方に戻っていった。


 いや、碎の攻撃を避けろと言ったって、そもそも碎の動きを見切ること自体が難しいんだよ! またさっきみたいに吹っ飛ばされるのが関の山だ。でも、やらないと先には進めない。それにフェールと戦う前にやられたら、またバカにされてしまう。それだけはなんとしてでも避けなければ。

 

俺は再度、気合いを入れ直して碎に向き合った。


「本当にもう大丈夫なのか? 無理して戦わなくてもいいんだぞ」

「いや、大丈夫だよ。だからもう一回お願い」

「・・・そうか。じゃあ行くぞ」


碎はさっきと同じ様に、半身の体制を取って戦闘態勢になった。俺は気を集中させて、碎の体の動きを凝視した。


 沈黙はすぐに途切れ、碎がさっきと同じで勢いで俺に向かって飛び出した。

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