流浪の子
雪月綾
第1話
「行かないで。どうして行っちゃうの。そんなに血縁関係が重要なの?颯や私たちの気持ちは関係ないんですか。こんな世の中おかしい」
義母である里子さんが強制的にワゴン車に乗れられる僕を見て泣いている。
終わりはいつも突然訪れる。
僕は、優しい眼差しの母-美沙子と、背が高く一緒にいるとどこか安堵感のある父-義久の間に生まれた。なに不自由なく、たくさんの愛情をもらってすくすくと育った。幼稚園に入園し、友達もたくさんできた。気づけば、幼稚園の年中さんになっていて、下の子もでき、ちょっとだけお兄ちゃんになった気分で毎日が楽しかった。
あの日が来るまでは・・・
ある夏の日の朝、いつもと同じように、幼稚園に登園し、体操服に着替え、みんなで歌を歌い、外で遊んでいた。少し、怪訝そうな顔をして、滑り台を待つ、園長先生が僕を呼ぶ。僕はなんとなくではあるが嫌な予感がした。
「大事な話があるの。すぐには受け入れてもらえないと思うんだけどね、颯くんのお父さんが交通事故に巻き込まれて、天国に旅立たれたの。さっき、お母さんから連絡が入った。もうすぐお母さんが迎えに来るから、帰る準備をして」
僕は、あまりにも急すぎたために、状況が飲み込めず、なにを考えていいかわからなかった。担任の先生に連れられ、教室に戻り、帰る準備を済ませ、母の迎えを待った。1時間ほどして、母は迎えに来た。それから1週間は、母も、そして、段々と状況が5歳児ながら少しずつ飲み込めてきた僕も、大好きな父を失った悲しみで冷静さを失われていた。冷静さを失いつつも、役所などで手続きを済ませないといけない母は、悲しみに耐えながら、次々に手続きを終わらせた。
これから、母と僕との2人で生活しないといけない時に、更なる悲劇が訪れる。父が、5000万円の借金を抱えていた。
これが、僕の人生を狂わせた、全てのきっかけだ。
母は、僕を養いながら、借金を返済するために、今までも勤めていた昼の仕事をしながら、夜はスーパーの店員のバイトを掛け持ちした。僕もしばらくは幼稚園に通うことができたし、毎日、大変そうな母を見て、幼いながらも少しでも母に楽をしてもらおうとできる限り家のことも手伝った。朝はパン1枚、母に連れられ、幼稚園に行き、延長保育の閉園時間ギリギリで母が迎えにきて、家へ帰り、前日のバイトで買ってきたスーパーの特売品を2人で食べた後、僕を寝かしつけ、母はまた、夜の仕事へ向かう。いろいろなことで節約を強いられた、苦しい毎日だった。それでも僕は毎日友達と会えて、母とご飯の時だけでも一緒に過ごせたから幸せだった。
ある日のこと、幼稚園から帰り、母がいつものスーパーの特売品を電子レンジで温めるかと思えば、とても美味しそうなお寿司を並べた。
「これからは、毎日美味しいものが食べられるよ。幼稚園にも行かないでいいからね。その代わり、夜は毎日、一緒に入れないから。でもね?お昼の仕事、やめたから、一緒にいれるよ」
これは、どういう意味なんだろうか。お昼の仕事をやめたのに贅沢??その当時の僕には全然わからなかった。そして、嬉しい反面、少し不安になった。どうして昼の仕事をやめちゃったんだろう、そう母に聞きたかったが、普段の母はとても忙しそうだったから、聞くのをやめた。
母は次第に、派手になっていった。ギラギラしたものを身体にたくさん身につけて、お昼はパチンコに出かけるようになった。僕のご飯も忘れて。母は、夜のお仕事も、数が減らしたらしいが、その分、ホストに通った。
母はとうとう新しい男の人を家に連れてきた。僕なんか蚊帳の外だった。母は新しい男の人が大好きだったようだが、僕は嫌いだった。何かあったらすぐ殴られたり、冷水をかけられたり・・・ もちろん、母に相談したが、母はいつも決まって同じことを言う。「すべて私たちの言うことを聞かないお前が悪い」と。
前の優しい眼差しの母親の面影はもうどこにもない。誰かに助けを求めたくても求めることができない。
幼い僕は、こんな母親でも、あの優しい母親にいつか戻ってきてくれると信じていた。でも、戻って来ることなどなかった。
同じような日々が毎日続いていたある冬の日、チャイムが鳴った。
「児童相談所の者です」
久しぶりに、母と母の連れた男に人以外の大人を見た。
「颯くんの虐待の疑いがあるという通報を受け・・・・」
スーツを着た、大人の人が母親に話す。話終わったかと思うと、僕はその大人に手を引かれ車に乗せられた。全く状況が飲み込めない。突然の母との別れだ。でも、内心、助かったと思った。
スーツを着た男性が、大きくで「あしたの家」と書いている看板がある大きな建物に僕を連れた。
「今日からここが君の家だよ」
流浪の子 雪月綾 @ganji1202
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