第5話

 大都市新宿から離れた場所にある沿線上の駅。

 都会の喧騒から離れ、住宅が立ち並んだ街並み。そんな地上に出てきた静香はルカの手を引いて歩いていく。

「……ここで買い物、するのですか?」

「ええ、そうよ」

「お店、空いているようには見えませんけど……」

「ま、表にあるのは昼に開いている店だからね」

 立ち並んでいるのは住宅ばかりだが、その合間には商店がある――が、どれもシャッターが下りており、沈黙し切っている。

 営業している店があってもそれは物静かなバーかコンビニばかり。そのコンビニを見てルカは首を傾げる。

「コンビニで買い物、ですか?」

「コンビニも悪くないけど、望むものが売っていないし、監視カメラで足がつくわ。だから、アングラな場所で買い物するのよ――ここよ」

 立ち止まったのは明るいコンビニの向かいにある薄暗い建物。分厚い扉が一つあるだけで、看板すら出ていない。だが、小さく『Bar ACP』と書かれているのが分かる。

 静香は扉を押し開けると、中からぷんとアルコールの香りが漂い、視界には落ち着いた酒場の光景が広がっていた。木を基調にしたモダンなバー。カウンターの中には燕尾服の男性が煙草をくゆらせ、退屈そうに欠伸をこぼしていた。

 が、すぐに静香の来店に気づくと、にやりと口角を吊り上げた。

「――よぅ、静香。数馬から話は聞いているぜ」

「さすが兄さん、話が早いわね――ルカ、この人は陣内さん。この店の店主よ」

「お、子連れなのは聞いていないぞ? この店は未成年は立ち入れないんだが」

「少しくらい多めに見なさいよ。陣内さん」

 気安いやり取りをしながら静香は店に入り、ルカはその手をぎゅっと握りながら室内を見渡し、小さな声で訊ねる。

「ここで買い物するのですか?」

「ええ、そうなるわよ」

「……お酒を?」

「酒もいいが、俺の店はもっといいものを置いてある。たとえば――」

 その言葉と共に陣内は背後にある棚に手を添えて横に動かす。酒瓶がずらりと並んだ棚がず、と重たい音を立てて動く。そして――その背後から無骨な鉄が見えた。

 壁一面に並ぶそれを見て、ルカは大きく目を見開く。

「……銃」

「ああ、そうだぜ。坊主。俺が裏ルートで仕入れた自慢の商品だ。ま、新しい銃はさすがに日本では手に入らないが、前の世代の銃でも十分に戦えるはずだな。好きなのを持って言ってくれればいい」

「あら、大盤振る舞いね。とはいえ、長物はいらないわね」

「だろうな。数馬から聞いて話だと――この辺がいいんじゃないか」

 陣内が手で指し示す拳銃が並んだ棚を見て、静香は一つ頷いた。

「ええ、持ち運びコンシールドできる方がいいから。銃弾アモも十分な量があるといいわね」

「となると、複列弾倉ダブルカアラムだな。グロック系は?」

「ストライカーファイアは好きじゃないの。撃鉄式ハンマーがいいわ」

「わがままなお姫様だ。なら――こいつはどうだ?」

 陣内はそう言いながら棚から1挺の銃を取り出してカウンターに置く。それを見て静香は軽く眉を寄せた。

「……ガバメント……にしてはデザインが新しいような」

「ああ。STACCATOスタッカート社のコンパクトモデル、C2だ。フレームは軽量合金で、装弾数は16発。トリガーの切れもいい。海外のガンスミスの評価だと、スプリングフィールド製のガバメント以上の実力があるとかな」

「よくそんなものを手に入れたわね」

 銃器メーカー、スプリングフィールド・アーモリーは品質のいいガバメントカスタムを販売しており、海外の警官などが愛用していることも多いのだが。

 静香はカウンターに置かれた銃を手に取り、ふむ、と一つ頷く。

 スライドを引き、薬室チャンバーに銃弾が入っていないことを確かめてから壁の方に銃口を向けて引き金を引く。かちり、と乾いた音と共に撃鉄が落ちる感覚。

 いわゆるドライファイアと呼ばれる動作を何度か続け――静香は一つ頷いた。

「なるほど。確かに軽い。引き金も、銃の重さも」

「だろ? お前さんにはぴったりの銃だと思うぜ」

 陣内はそう言いながら引き出しを開け、いくつかマガジンを取り出す。

「予備弾倉マグが何本かと、あと9mm弾――ホルスターはサファリランド製をつけとくぜ」

「助かるわ。ホルスターは低い位置ローライドにしてくれる?」

「OK、そっちの方が抜銃ドローしやすいからな。他に入用なのは?」

「……そうね、一応、G19くらいは用意してくれる? バックアップ用に。あとサングラス――セラコートされているものがいいわね」

「サングラスは構わねえが、G19は生憎カスタムしていないからな。新品箱出しになるぜ」

「構わないわ。よろしく頼むわ」

 静香と滑らかにやり取りをした陣内はカウンターの中で作業を始める。静香は一つ吐息をついてルカの方を見る。彼は目をぱちくりさせてルカを見上げていた。

「……ごめんね、ルカには分からないやり取りだったと思うけど」

「いえ。銃器について、ということは何となくわかりました。慣れているのですね」

「ええ、公安の頃から付き合いがあるの。業界用語でいうところの〈協力者〉」

(ま、陣内さんはどちらかというと、情報屋なんだけど)

 まさか武器を求める日が来るとは思わなかった。静香は肩を竦めてルカに言う。

「あまり気にし過ぎない方がいいわ。ルカ。無事に逃げ延びたらここで見たことを忘れることをお薦めするわね――さもないと、クロノス以上に厄介なものを敵に回すわよ」

「……クロノス以上に厄介なもの?」

「そう。人間の憎悪とかね」

 静香の言葉にルカはぴんとこないように曖昧に首を傾げる。それもそうか、と静香は苦笑いを返しながらルカの頭を軽く撫でる。

(年不相応に物を知っているせいで大人っぽく見えるけど、まだこういうところは子供か)

「ま、ルカも経験を積めば分かるわよ」

 静香はそう言いながら視線を陣内の方に戻す。彼は革張りの鞄を机に置き、そこへ銃を納めていた。

「これに入れておけば多少はごまかせるはずだ。このサイドポケットからすぐに銃のグリップが握って引き抜けるようになっている。中にはオーダー通りの品。これで十分か?」

「ええ、十分。料金は兄さんに請求しといて」

「はは、了解した。それじゃあ――ん? 悪い、電話だ」

 陣内は笑みを引っ込め、自分のポケットに手を突っ込み、携帯端末を取り出した。

「おう、俺だ――ああ……どうした? うん……なにぃ?」

 陣内の声色が徐々に変わっていく。その様子に静香は眉を寄せていると、陣内は手ぶりだけで『少し待っていろ』と伝えてくる。

(……何かあったのかしら)

 静香とルカは顔を見合わせていると、陣内は電話を切って真剣な視線を向けてくる。

「お前さんたち、どこかで足取りを掴まれたか?」

「……そのつもりはないけど。まさか、追手?」

「この近辺をパトカーがうろついてやがる。しかも有人ではなく、無人巡回のタイプだ」

「……なるほど、間違いなく彼らが捜しているのは私たちね」

 思わず静香は舌打ちをこぼし、陣内に視線を向ける。

「陣内さん、貴方、他の情報屋にも連絡は取れるわよね。山手線沿線で」

「あ、ああ、いくつかなら」

「連絡を取ってみて。場所によっては恐らく、巡回しているはずよ」

「……どういうこと、ですか」

 ルカは困惑したように静香を見上げる。彼女は目を細めながら言葉を続ける。

「警察組織お得意の行動分析よ。恐らく足取りを最後に掴まれたのが新宿の歌舞伎町。車、電車などの交通機関を使わないとなると、徒歩での行動範囲は絞られるわ。その場所を狙って無人機を巡回させているのよ。となると、ここがバレるのも時間の問題ね」

 現在の無人機パトカーには特殊な光線を路面に照射し、足跡を辿ることができる。その足跡から割り出せるのは足のサイズなどだけでなく、体重やいつ頃ついたものかまで細かい分析が可能だ。

(私みたいな成人女性の靴跡ならごまかしが利く。けど、この時間帯にルカの年頃の子が出歩いているのは明らかにおかしい……すぐに引っ掛かって増援が来るわね)

 そう判断していると、陣内は電話を切って静香の方を見て告げる。

「ああ、確かに沿線上の情報屋でも無人パトカーの報告があった――だが、もう撤収しつつあるらしいぞ」

「……まずいわね。すぐにずらからないと陣内さんに迷惑がかかる」

「ヤバそうだな。分かった、隠し通路を使え」

 陣内は一つ頷くと、カウンターの中で手招きする。静香は一つ頷くと鞄を持ち、ルカの手を取ってカウンターを潜る。

 陣内は床下収納の蓋を開けていた。中はダクトのようだが聞こえるのは空洞音――。

「……地下通路に繋がっているの?」

「ああ、再開発計画で利用された作業用通路に通じている。尤も、追手がここを抑えている可能性も無きにしも非ずだが」

「正面から行くよりはマシね。使わせてもらうわ――ルカ。先に」

「は、はい」

 ルカの背を押し、先にその中に入らせる。静香もダクトに足を踏み入れながら振り返った。

「陣内さん、手間をかけさせたわ」

「別に気にするな――お前さんには何度も助けられているからよ」

 ほら、さっさと行け、と手を振る陣内に静香は微笑み返すと、ダクトの中に入り込む。しばらくすると後ろの蓋が閉じられ、闇の中に包まれた。


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