第4話「かみさまの結婚式 その2」



 新郎新婦の親友、親戚、そして両親……各々の暖かい言葉を受け、披露宴は和やかな雰囲気に包まれた。ウェディングケーキの入刀にファーストバイト、特別な写真撮影など、様々なイベントが披露宴を彩っていく。


「ここで、新婦 凛奈さんから、新郎 陽真さんへの特別スピーチです」

「え!?」


 盛り上がってきたところで、凛奈先生からの突然のサプライズだ。陽真さんが驚きの声を上げている。スタッフが立ち上がった先生に近付き、口元にマイクを伸ばす。


「私と結婚してくれた浅野陽真さんに向けて、改めて感謝の言葉を贈らせていただきたく、お時間を用意させていただきました」


 会場内の照明が一時的に暗くなり、先生に大きくスポットライトが当てられる。手紙を広げ、今までの人生を見つめ返すような麗らかな声で、愛しの陽真さんに向けて語る。


「私と陽真君の出会いは、小学3年生の時だったね。陽真君が転校生としてやって来たあの日のこと、鮮明に覚えてる。初めて見た時から、陽真君はカッコよかったよ」


 言葉が軽やかになる。出会った当時の自分に若返ったように、先生の語りは幼く聞こえる。いつもの凛々しくて大人びた美人教師の風格とはまるで違う。今の彼女は、愛する男性に想いを伝える一人の女の人だ。


「いじめっ子から私を助けてくれたこと、今でも鮮明に覚えてる。本当に嬉しかった。私の人生を救ってくれた陽真君は、最高のかみさまだよ」


 先生が陽真さんのことを“かみさま”と呼称した。それがどんな意味が込められているかは私には分からないけど、その言葉一つに数えきれないほどの大切な思い出が詰まっていることだろう。


「小学校、中学校、高校、大学……。いつでもどこでも私のことを思いやってくれて、大切にしてくれて、泣き虫で弱虫な私達をそばで支えてくれた」


 ふと隣を見ると、星君が真剣な表情で先生の涙ぐんだ顔を眺める。先生の過去が自分の人生と重なっているように感じているのだろう。それと同時に、誰かを思う心の大切さを目の当たりにして、深く感動している。


「特にフォーディルナイトに行った時、命懸けで私を守ってくれたことは凄く嬉しかった。そして私の告白の返事のために、帰ってきてくれた。忘れた私との記憶を思い出してくれた。優しく抱き締めてくれた。本当に……ありがとう……」


 二人だけにしか分からない思い出のはずなのに、なぜか私や星君まで涙を誘われる。二人はきっと辛く苦しい出来事を乗り越えた末に結ばれたんだろう。本当に漫画のような人生だ。


「ありがとうが言い足りないので、思い付く限りここで全部言います……私と出会ってくれてありがとう……私を選んでくれてありがとう……たくさん助けてくれてありがとう……愛してくれてありがとう……こんな素敵なウェディングドレスを着せてくれてありがとう……」


 ありがとうを重ねる度に、嗚咽が止まらなくなる先生。手紙も溢れ落ちる涙でしわくちゃになっている。でも、今先生が伝えているのは、きっと手紙にも書いていない彼女の丸裸の心だ。


「私と結婚してくれて……ありがとう……」


 陽真さんも何か言いたげに、隣で体を震わせる。思い付く最後のありがとうを言い終わると、先生は涙を拭いて陽真君の方へと顔を向ける。


 そして、飛びっきりの笑顔をつくって叫んだ。


「陽真君、大好きだよ!」


 先生が叫んだ瞬間、陽真さんは立ち上がって先生を抱き締めた。強く、優しく、誓いを込めた手つきで。それを見てしまった私達も、ついに涙が床に溢れ落ちた。


「俺も凛奈のことが大好きだ。いつまでも愛してる。改めて、俺と結婚してください」

「ふふっ、喜んで」


 結婚式でまさかの再びのプロポーズ。会場は再び笑いに包まれる。しかし、誰よりも美しい愛を目の当たりにした人々は、大きな拍手で二人を祝福した。私達も涙を拭うことを忘れ、力一杯手を合わせた。






 披露宴が最高に盛り上がってきたところで、ずるずると庭園に出ていく女性の出席者達。どうやら今からブーケトスを行うらしい。挙式が終了した直後にやるのが一般的なのに、珍しいなぁ。


「七ちゃん、行ってきなよ♪」

「え、えぇ……」


 星君が私の肩を押す。ブーケトスは結婚式のイベントと一つで、花嫁が投げたブーケを出席した女性達がキャッチする。見事キャッチできた女性は、次に結婚することができると言われている。ゲストに幸せをおすそ分けするために行う催し物だ。


「みんな、いくよ~」


 チャペルの2階から凛奈先生が手を振り、下に群がる女の人達は歓声を上げる。その勢いに押し負かされ、私は端っこで突っ立ていることしかできない。

 まぁ、私もまだまだ子供だし、結婚を望む大人の人達の前で出しゃばるわけにもいかないだろう。


「せーの!」


 凛奈先生が背中を向け、思いきりブーケを空中に放り投げた。


『えぇ!?』


 しかし、先生のコントロールがあまりにも悪く、ブーケは女の人達を無視してあらぬ方向へと飛んでいく。




 バサッ


「……え?」


 そして、ブーケは私の腕の中に収まった。


「おぉ~、ナイスキャッチ!」

「誰かと思ったら、凛奈の教え子ちゃんじゃん!」

「学生のうちから結婚決まるとか、めでたいねぇ~♪」

「おめでとう! 式、楽しみにしてるよ♪」


 さっきあらぬ方向と表現したけど、正直に言うとあまりに綺麗に私のところへと飛んできた。凛奈先生へと顔を向けると、彼女は優しい瞳を輝かせながら私に微笑みかけていた。


 もしかして、わざと私の方向に投げたの……?


「七ちゃん! やったね!」


 星君が歩み寄って祝福してくれる。もちろん他の出席者の人達も。




「……」


 何となく、凛奈先生がみんなから慕われる理由が分かった。長年仲が良い学生時代の友人ではなく、未来ある子供の私にブーケを贈った。

 彼女の心はこちらが恥ずかしくなるほどに綺麗なのだ。誰に対しても平等に優しい感情を振り撒き、暖かい愛で包み込む。陽真さんはきっと、そんな彼女だからこそ惹かれたんだろう。


「ふふっ……///」


 世界はなんて美しいんだろう。この会場にいる人達のような、そして星君のような優しい人間がいっぱいだ。そんな中でたった一人の愛する人と出会い、恋をして、結ばれる。そんな愛の形に私は感動した。


 結婚式に来てよかった。


「七ちゃん、どうしたの?」

「何でもないわ。誘ってくれてありがとね、星君」

「うん!」


 そして、今隣にいる男の子が、その愛しの相手になるのだろうか。そんなこと考えてみながら、私は愛というかけがえのないものの素晴らしさに、こんな美しい世界に生まれたことに心から感謝した。


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七つ星ロマンティック 番外編 KMT @kmt1116

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