第3話「かみさまの結婚式 その1」
それは私達が高校一年生だった頃、長々と居座る冬の寒さにうんざりしていた2月のこと。
「七ちゃん! これ見て!」
そう言って星君が見せてきたのは、鮮やかな黄色を放つ綺麗な手紙だった。拝啓、何たらかんたらの候がどうのこうの……堅苦しい文章を読んでめまいを感じた直後、ようやく私の記憶にも馴染みのある人物の名前が飛び込んできた。
浅野陽真 清水凛奈
「あ、凛奈先生……」
「そう、清水先生の結婚式、再来週の土曜日にやるらしいよ!」
私達1年1組の担任で、美人な女教師の清水凛奈先生。彼女は先日同い年の知人男性と結婚することを発表した。色恋が好きな青少年達は、これでもかと言うほどに沸き立った。
それもそうだ。あの学校中に人気の凛奈先生が結婚するのだ。男子達は泣き崩れ、女子達は黄色い歓声の嵐だった。
「てことは、それ結婚式の招待状?」
「そうなの。恵美さんに日程を教えてもらって、先生にこっそりお願いしたんだ。そしたらもらえたんだよ~」
周りに気付かれないようにヒソヒソ声で話す星君。生徒に招待状を出す先生もアレだけど、恵美のリーク力が衝撃的過ぎて怖い。先生も日程だけは秘密にしてたのに、なんで知ってるのかしら……。
「よかったわね。楽しんで」
「あ、七ちゃんの分もあるよ」
「は?」
星君が手紙を横にずらすと、もう一枚の手紙が後ろからこんにちはと顔を出した。
会場にいる出席者はみんな知らない人ばっかりだ。スーツをバッチリ着こなして、主役の晴れ舞台を心待ちにしている。私と星君はそれらしい衣装は持っていないため、普段着用している高校の制服で出席した。
「私達、かなり浮いてるわね」
「でも、先生には一年間ものすごくお世話になったし、綺麗な姿見てみたいでしょ?」
「まぁね」
先生は苦手な社会の勉強を教えてくれたし、私達生徒のことを思いやる優しい人だった。そのお礼として、しっかりお祝いしてあげたい気持ちは私にもある。
「二人共、失礼のないようにね」
『はーい』
お母さんが私達に釘を指す。流石に未成年者だけでの出席は認められないため、同伴者として私のお母さんも出席することになった。私達なら失礼はない。多分カズ君とかなら、泣き叫んで迷惑かけちゃいそうだけど。
「あ、時間だね。行こうか」
「えぇ」
早くも時間が迫ってきた。私は胸元のリボンを整え、一呼吸して挙式へ向かう。
『新郎 陽真さんのご入場です』
大きな扉が開き、凛奈先生の新郎さんが姿を見せた。会場は拍手に包まれる。陽真さんは黒髪で背の高い男性だった。紺色のタキシードを着用し、凛々しい表情で歩みを進める。真面目そうでカッコいい。正統派イケメンってやつね。
「イケメンだ……」
星君は陽真さんの圧倒的なカッコよさを前に、口をポカンと開けて突っ立っている。凛奈先生が惚れたのも無理はない。あんなに一目で心を掴んでくるような男性、この世になかなかいないもの。
でも、星君も悪くないわよ……。
『続いて、新婦、凛奈さんのご入場です』
いよいよ凛奈先生の入場だ。
「あぁぁ……」
あまりの美しさに言葉を失った。胸元や裾を純白のバラで飾ったAラインのウェディングドレス。まさに先生の清楚なイメージを体現した美しいドレスだった。そそり出る白い肩や腕が眩しい。
「先生、綺麗だね」
「えぇ、凄く綺麗」
私もいつかあんなふうに綺麗になれるのかな……。
『それでは、新郎 陽真さんから、新婦 凛奈さんへ、ウェディングキスを』
陽真さんが凛奈先生のウェディングベールを上げ、彼女の柔らかい唇に自分の唇を重ねる。なんと美しい光景だろうか。二人の愛し合う男女が見せる珠玉の一幕。
私達の目の前で繰り広げられる二人のやり取りが、私達の心の凹凸を削ぎ落としていく。
「いやぁ~、何となく二人は結婚するだろうと思ってましたが、いざ目の当たりにしてみると、過去最高に口の中が甘ったるくて仕方がないですわ」
厳かな挙式はあっという間に幕を閉じ、隣接されたパーティールームで披露宴が始まった。凛奈先生の高校時代の友人がスピーチを行っている。
先生も私や星君と同じ葉野高校出身だ。今私達の周りにいるほとんどの人が、OBということになる。みんな新郎新婦の共通の知り合いなのね。
「とにかく二人共おめでとう! 絶対に幸せになりなさい! 以上! 元生徒会長からでした!」
「ありがとう、花音ちゃん♪」
メガネをかけた紫髪の女の人が、親指をグッと立てて祝福を贈る。あの人、元生徒会長なの?
彼女の語りによると、陽真さんは先生が小学生の頃からの幼なじみらしい。私と星君と同じだ。小さい頃から同じ時を過ごしてきて、長年想いを寄せていた相手と結ばれるなんて漫画みたいね。
「続いて、自称新郎新婦の一番の親友である、アンジェラ・クラナドス様からのビデオメッセージです」
司会の人が口にした自称という言葉に、会場は笑いに包まれる。名前からして外国人かしら。そんな知り合いがいるのね。
「え!?」
「アンジェラから!?」
先生と陽真さんが驚く。そして、前方の天井からスクリーンが降りてきた。どうやら自称一番の親友さんは、都合が悪くて式には出席できなかったらしい。
『凛奈! 陽真! おめでとぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
ライブ会場顔負けの爆声が鳴り響く。出席者は思わず耳を押さえて萎縮する。威勢のいいお祝いだこと。
『式に参加できなくてごめんね~。こっちの仕事が忙しくて、日程が合わなかったのよ。でも哀香と蓮太郎がビデオメッセージ?ってやつを撮ってくれるみたいだから、これでお祝いってことにしてね♪』
金髪のウェーブがかかった女の人が、可愛らしいドレスを着て映像の中ではしゃいでいる。日本語が流暢ね。あと、どことなく凛奈先生にも似てる。
『あなた達と一緒に闘ったあの戦争が、つい昨日のことのように感じられるわね。本当に私を救ってくれたみんなには感謝してるわ』
せ、戦争? 今戦争って言った!? どういうことだろうか。女の人が話している内容がいまいち理解できない。他の出席者は平然としてるどころか、うるうると瞳に涙を浮かべている。戦争したことが感動的な思い出なの!?
『そして陽真、凛奈、あなた達が結婚したって聞いた時は、飛び跳ねて喜んだわ。本当は私が陽真と結婚したかったけど、やっぱり凛奈の愛には負けるわね』
ほら、またしれっと衝撃的なこと言ってるし。結婚式でそんなこと言っていいんですか? まぁ、当の本人は満更でもないような笑みを浮かべてるから、笑い話で済ませられることなんだろうけど。
『凛奈、いつまでも陽真のそばにいて、彼を支えなさい。そして陽真、一生かけて凛奈を守りなさい。永遠に愛し続けなさい。不倫したら許さないわよ』
勇ましく二人に語りかけるアンジェラさん。二人のことを大切に思う気持ちがよく伝わる。どうやら一番の親友というのは嘘ではないみたいだ。
『二人共、決して離ればなれになっちゃダメだからね。愛し合う二人で、一生懸命生きていきなさい。これは女王命令よ!』
じょっ、女王……? ダメだ。もう話に付いていけない。周りは上手いこと言ったであろう彼女に対し、大きな拍手を贈っている。
「アンジェラ……ありがとう……」
「言われなくても分かってるっての……」
瞳に大粒の涙を浮かべる二人。よく分からなかったけど、二人はたくさんの人に愛されてるんだなぁ。いろんな人から祝福を貰えるのは実に嬉しいことだ。
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