七つ星ロマンティック 番外編

KMT

第1話「二人の願った日々」



「それでは、文化祭の成功を祝いまして~!」

『かんぱぁぁぁぁぁい!!!』


 居酒屋に大勢の歓声とグラスをぶつけ合う音が響く。葉野高校2年生の生徒達が七海商店街の一角の居酒屋を貸し切り、文化祭の成功を祝う打ち上げの会を開いているのだ。


「旨ぇ~! ドでかい行事を乗り越えた後の飯はやっぱり旨ぇなぁ♪」


 刺身をドカ食いする和仁を中心に、生徒達は各々グラスの飲み物をぐいっと飲み干し、食事に手をつけていく。当然彼らは未成年であるため、交わすのは酒ではなくソフトドリンク類だ。


「本当にいいんですか? こんなにご馳走になって……」

「いいんですよ。私と三神先生でお金は出しますから。今日は楽しんでください」


 常識人の恵美は、手をつける前に凛奈に了承を得る。凛奈は朗らかな笑顔で食事を勧める。最初は自分達で代金を払おうと考えていた生徒達だが、せっかくの打ち上げなのだから担任である自分が払うと凛奈が言い出した。


「そうだ! 君達はお金の心配なんかしないで、好きなだけ食べなさい!」

「先生……」


 そして、1組担任の凛奈と、2組担任の三神で割り勘という話になった。凛奈の聖人っぷりは元からとして、あの三神までもが財布を握るとは意外だった。以前の女性教師にセクハラをしている姿と比べると大した成長だ。


「ごちになります!!!」

「これで昇君もいれば完璧なのにぃ……」


 2組の涼太と早智が料理にありつく。昇は先日の七瀬への性的暴行により、警察に連行された。重い処分とまではいかず、すぐに釈放されたものの、当然葉野高校での居場所はなくなった。

 以前までの完璧超人イケメン男子のイメージは崩れ去り、女を食い物にする変態的野獣のレッテルが貼られ、彼を賞賛する声は一気に減少していった。


 早智は悪人と理解しておきながら、彼の美顔にまだイメージが引っ張られてはいるが……。


「転校が決まった時は驚いたなぁ。まぁ、仕方ねぇけど」

「ま、あんな奴いなくなって当然よ」

「優しい人だと思ったのにね……」


 和仁、恵美、美妃の三人はこれでもかと昇を非難する。しかし、七瀬への性的暴行、プリシラへの性行為の強要と奴隷のようにこき使った横暴、KANAEの能力を悪用して体育大会を邪魔してきたこと……。

 彼の罪は図り知れない。ありったけの悪評を浴びせられても仕方ないことをした。


 それと同時に、彼の本性に気付くことができず、イケメン男子として持ち上げていた自分達が恥ずかしくなった。


「まぁ、彼のことなんか忘れて、今日は楽しみましょうよ」


 真理亜が昇の話題で沈みかけた空気を持ち上げる。彼女も数々の男を誘惑した罪が残っているが、あれから反省して真っ当な人間の道を歩んでいる。昇の残忍性が圧倒的過ぎて、彼女の詰みを誰もとがめなかった。


「そんなことより……」


 真理亜が企みを込めた笑みを浮かべる。




「七瀬! 星君と付き合えたんですって? やったじゃない!」

「え、えぇ……///」

「七瀬ちゃん、おめでとう!」

「よっ、リア充実行委員会!」

「末長く爆発しろー!」


 真理亜の指摘を筆頭に、生徒達は次々と七瀬と星の二人を祝福する。七瀬は肩をすぼめてメロンソーダをすする。

 この宴会は文化祭の打ち上げと称しているが、実質星と七瀬の交際を祝う会という扱いになっていた。二人が恋人として付き合うことになったという噂を聞き、和仁達は宴会で二人を祝おうと張りきった。


「星君もおめでとう!」

「あ、ありがと……///」


 だが、星の反応も微妙だ。これだけ大々的に祝ってもらうと、逆に恥ずかしさが込み上げて堂々としていられなかった。


「やっぱり星君に一番お似合いなのは七瀬よねぇ。星君、七瀬を幸せにしてあげてね」

「それはもちろん!」

「そして七瀬! 私の代わりに星君を支えてあげなさいよ! もし破局なんかしたらぶっ飛ばすからね!!!」

「分かってるわよ」


 真理亜の強い人当たりにも堂々と応える星と七瀬。お互いを大切にすると誓う愛の強さは本物であり、一緒消えることのない固い絆であることが証明される。


「あ、ちなみに俺達も付き合ってま~す♪」

「ひゃっ、急に触るな馬鹿!///」


 バチンッ


「ぐへっ!?」


 和仁が突然恵美を抱き寄せ、彼女と交際していることを明かした。しかし、和仁の腕が恵美の胸に触れてしまい、恵美は和仁の頬をひっ叩く。

 触られた際の咄嗟の悲鳴が喘ぎ声のようになってしまい、恵美は頬を真っ赤にして萎縮する。


「す、すまん……」

「馬鹿……クズ仁……///」


 これでもかと罵倒を浴びせる恵美だが、心の底ではしっかり彼のことを愛しているのだった。






「ぐっ……だいぶ酔ってきたかも」

「三神先生、大丈夫ですか?」


 三神は顔が真っ赤に染まり、ふらふらと頭を揺らしている。相当アルコールを体に溜めているようだった。倒れそうになるところを凛奈が隣から両手で支える。

 対して凛奈は生徒達と同様にソフトドリンクを飲んでいる。家の遠い生徒がいた場合、後に車で送迎ができるようにするためだ。


「だ、大丈夫です……///」


 凛奈が袖を掴んだ瞬間、ビクッとして体勢を立て直す三神。三神の方が圧倒的に身長が高いめ、彼女が上目遣いでこちらを見つめる形となり、あまりの可愛さにドキドキしてしまう。


 そして、三神は唾を飲み込む。


「あ、浅野先生!///」

「は、はい!」


 三神は背筋をピシッと伸ばし、凛奈の方へ体を向ける。凛奈も驚いて背筋を伸ばす。二人は見つめ合い、間に緊張が走る。


「そ、その……あ、あなたにずっと言いたかったことがあるんです……い、言ってもいいですか?///」

「はい……どうぞ……」




「浅野凛奈先生! 最初に会った時からあなたのことが好きです! 結婚を前提にお付き合いさせてください!!!///」

「え!?」


 三神は堂々と叫んだ。凛奈は口をぽかんと開けて呆然と座り尽くしている。三神はわざと大量に酒を飲み、酔っぱらっていた。思いを告げる勇気が湧かず、酒の力で伝えようとしたのだ。


「今までお尻や胸を触ろうとしたり、スカートをめくろうとしてたのも、あなたの意識を引きたかったからです! どうかお願いします! 俺と結婚してください!!!」

「そんなこと言ってOKする馬鹿はいねぇだろ……」

「あと、さらっと告白からプロポーズに変わってるし……」


 生徒達は次々と三神先生にツッコミを入れる。そして、既に結末が分かっているため、虚しい気持ちで二人を見つめる。




 スッ

 凛奈は左手の薬指にはめた結婚指輪を見せる。


「あの、ごめんなさい、三神先生。私、実はもう結婚しているんです……」

「……へ?」

「先生知らなかったの!?」


 凛奈の結婚指輪を見て呆然とする三神に、生徒達がつっこむ。どうやら彼女が既婚者であることを知らず、ずっと思いを寄せていたようだ。逆に生徒達は日常的に彼女から惚気話を聞き出していたため、周知の事実だった。


「そういえば、凛奈先生が結婚するって職員室で知らされた当日、三神先生風邪で休んでたわね……」

「恵美……なんで知ってるんだ?(笑)」


 ともあれ、三神の告白もといプロポーズは、多くの生徒達が眺める中で虚しく失敗に終わった。




「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ガシッ


「んん!?」


 すると、発狂した三神は凛奈を抱き寄せ、注文した日本酒の瓶を手に取って彼女の口に突っ込んだ。凛奈はものすごい力で押さえつけられ、口に日本酒を大量に注ぎ込まれる。


「ん、んん!? んんっ!」

「もう終わりだぁ! 俺の人生はおしまいだぁぁぁぁ!!!」

「ちょっ、三神先生! 落ち着いて!」

「こりゃ相当酔っぱらってるな……」

「誰か! 先生を止めて!」






 何だかんだあって宴会も盛り上がり、時刻は午後9時。明後日の学校もあって長居するわけにもいかず、ここでお開きとなった。


「じゃあ……みんな外で待ってて。俺が会計済ませておくから」

「すみません……陽真さん」


 陽真が財布を持って会計へと向かう。彼を呼んだ星と七瀬は頭を下げる。

 三神に大量に日本酒を飲ませられた凛奈はベロンベロンに酔っぱらい、まともに動けない状態となってしまった。三神も酔いに酔って眠ってしまい、頼りにしていた大人の情けない姿に、生徒達は頭を抱えた。


「お待たせ。みんなごめんな、うちの凛奈が……」

「いえ、もそも三神先生のせいなので……」

「こちらこそ色々とすみません」


 そこで、ふらふらして歩けない凛奈を家に帰すために、星はスマフォで彼女の夫である陽真に電話をしたのだ。居酒屋に到着した陽真は、凛奈の代わりに料金を払うとまで言ってくれた。


「陽真くぅ~ん……来たなら一緒に飲もうよぉ……えへへ……///」

「宴会はもう終わりだ。帰るぞ」


 陽真は酔っぱらった凛奈を支え、車へと向かう。当然アルコール飲料を飲んだ凛奈は運転はできないため、陽真が代わりに運転することになった。

 三神も酔っぱらって動けないため、ついでに彼も車に乗せて自宅に送ることにした。陽真が今日非番でよかったと、心から思う星達であった。


「あの、先生の介抱手伝いましょうか?」


 あまりに酔っぱらいすぎた凛奈が心配で、七瀬は陽真に声をかけた。普段はおしとやかで純粋な彼女が、酒が入ってあられもない姿となっている。そこが逆に可愛いくも感じてしまうのは、やはり彼女の魅力だろう。


「大丈夫だよ、家で何とかするから。君達はもう遅いから家に帰りな」


 陽真は爽やかな笑顔を向け、丁重に断る。普段の凛奈もそうだが、陽真も立派な大人としての風格が出来上がっており、七瀬や星は尊敬する。時たま星達を支えてくれて、非常に優しい心の持ち主である。

 それに彼は高身長の黒髪イケメンで、警察官というエリートだ。凛奈という超絶的美人の妻までいる。完全なる勝ち組だ。将来自分達もあぁいう大人になれるのか、とても不安になる。


 そんな完璧超人の陽真にお姫様抱っこされた凛奈は、ふらふらとした意識の中で陽真の頬を撫でる。相当酒に弱いようだ。


「陽真くぅん……ふふっ、私の旦那様ぁ……///」

「あぁもう……」


 チュッ

 呆れた陽真は、凛奈の唇に自分の唇を重ねる。その光景を眺めていた七瀬や星、凛奈も一気に顔が真っ赤に染まる。


「いい加減シャキッとしろ。先生だろ……」

「ふぇっ、す、すみません……///」

「ほら帰るぞ。つ、続きは家でしてやるから……///」

「う、うん……///」


 おとなしく陽真に抱かれながら、凛奈は車へと運び込まれた。発進してから車が見えなくなるまで、星と七瀬は二人のラブラブな雰囲気に呆然と立ち竦んでいた。






「じゃっ、また学校でな~」

「うん。じゃあね」


 和仁や恵美と分かれ、星と七瀬は自分達の家の方向へと歩いていく。夜の空気はだいぶ冷え込み、厚着をしても夜風をもろに感じる。


「寒いね……」

「早くお家に帰りましょうか」


 そう言って早歩きをするも、冷たい外気は足をすぐに止めてしまう。星と七瀬は諦めてゆっくりと歩く。そしえ、夜道で二人きりというこの状況に、気まずさを感じる。


「……陽真さん、カッコよかったね」

「えぇ、一人で全員分奢ってくれたし、いい人すぎるわね」

「凛奈先生も幸せ者だね。あんな素敵な人と夫婦だなんて」

「二人共ラブラブだったし。微笑ましいわ」


 陽真と凛奈の夫婦の話題が上がる。二人のことを考えると、どうしても自分達と結びつけてしまう。果たして自分達は二人のように愛し合っていけるのだろうかと。


 せっかく付き合えたのだから、この愛を決して生滅させてしまいたくはない。しかし、いつまた昇のように、自分達の愛を引き裂こうとする相手が現れるか分からない。再び乗り越えていけるのだろうか。


 スッ

 すると、星が七瀬の手を握り、自分の上着のポケットに入れる。


「七ちゃん、ここなら暖かいでしょ♪」

「星君……」

「僕達も凛奈先生達みたいになれるかどうかなんて分からないけど、でも……これからも七ちゃんを愛する自信だけはある。どんなことがあっても、僕が七ちゃんを守るから」


 星のたくましい表情を見て、昇の魔の手から自分を救ってくれた星の姿を思い出す。


 小学生の頃は小さな絆一つで泣きわめき、この度に女である七瀬に情けなく助けを求めるほどの弱い人間だった。しかし、いつの間にか七瀬の背丈を大きく追い越し、力も以前と比べて桁違いに強くなった。


 そして今、彼が愛しの恋人となってくれた。


「これからもどんどん強くなって、七ちゃんを守り続けるから。七ちゃんには本当に感謝してるんだ。僕を強くしてくれたことをね。本当にありがとう……」

「星君……///」




 七瀬は思った。自分は生涯をかけて、こうなることを願っていたのだと。星と一つになり、これからも彼と共に生きていく人生を望んでいたのだと。きっと彼も自分に対して同じことを願っていたと、心から信じられる。


「前の呼び方に戻ってるわよ。『七瀬』って呼んでくれるんじゃなかったの?」

「あっ、ご、ごめん! どうしても忘れちゃって……」

「まったく……」




 チュッ

 七瀬は背を伸ばし、星の唇に自分の唇を重ねた。


「なっ、なぁ……///」

「これからも愛してるわよ、未来の旦那様♪」

「な、七ちゃぁぁぁぁぁん!!!」


 星は勢いよく七瀬に抱きついた。


「だから呼び方! ていうか、痛い!」

「だって! 七ちゃんが可愛くて可愛くて! うぅぅ……僕と付き合ってくれてありがとう! 七ちゃん大好き!!!」

「ふふっ、私の方こそありがとう。大好きよ、星君……」




 自分達が将来結婚できるのか、いつまでも永遠に相手を愛し続けることができるのか。どれだけ深く考えても、遥か先の未来を決定付ける根拠はどこにも見つからない。

 だが、今目の前にいる愛しの相手を、ひたすら愛するだけ。そのような自分達ができる最大限のことを信じ、生きていくだけだ。


 星は七瀬を、七瀬は星を、心の底から愛し続けることを誓うため、お互い再び熱いキスを交わすのだった。


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