レイシェルトとエリシアのドレス その1


※書籍版は大幅に改稿しておりますので、こちらのSSも書籍版の内容で書いております~!


   ◆   ◆   ◆



 神前試合と祓いの儀式が終わった二日後。


 レイシェルトは王城の一室で深く思い悩んでいた。


「エリシアにはこちらのドレスが……。いやしかし、こちらのドレスも可憐な彼女によく似合いそうだ……」


 レイシェルトの前に広がるのは一面の雪景色――ではない。


 真っ白なドレスの数々だ。


 レイシェルトは近々行われるエリシアが聖女であると国王から宣旨を下される日のために、エリシアにドレスを贈るドレスを選ぶべく、王城に王室御用達の服飾店を呼び寄せていた。


 目の前に何着も広げられているドレスが白色ばかりなのは、白が聖女の清らかさを表現しているためだ。


 もちろん、聖女だからといって白いドレスしか着れないということはないが、聖女の宣旨のためのドレスとなれば、白一択しかない。


 が、単に白いドレスと言っても、デザインやついているレースやリボンの飾りによって、さまざまに印象が異なる。


 もう半刻ほど思い悩んでいるのだが、なかなかエリシアにふさわしいドレスが見つからない。


 これまで『邪悪の娘』と蔑まれ、心無い誹謗ひぼうを受けてきた彼女が、ようやく聖女として認められる日なのだ。


 レイシェルトが手ずから選んだ心のこもった装いで祝ってあげたい。


 だというのに、「これだ!」とぴんとくるドレスが見つからなくて困っている。


「ふふっ、レイシェルト様はずいぶんお悩みのようですわね」


 くすくすと楽しげな笑みをこぼしたのは、レイシェルトのそばのソファーで優雅にお茶を楽しんでいる義母のミシェレーヌ王妃だ。


 レイシェルトひとりだけで選ぶより、同じ女性でエリシアとも親しいミシェレーヌ王妃の意見をもらったほうが、よりよいドレスを選択できるのではないかと思い、同席を願ったのだ。


 義母の言葉に、レイシェルトは嘆息とともに頷いた。


「はい……。聖女の宣旨を受けるためのドレスですから、最もエリシアにふさわしいドレスを選んであげたいのです。ですが……。どのドレスも素晴らしいのはわかっているのですが、どのドレスが一番エリシアに似合うのか思い悩んでしまい……。申し訳ございません。お忙しい義母上にもお時間をとっていただいているというのに……」


 左斜めに座る義母に頭を下げて詫びると、笑顔でかぶりを振られた。


「そんな風におっしゃらないでくださいまし。わたくし、レイシェルト様に頼っていただけて、本当に嬉しゅうございますのよ。でも、こんなにドレスがあっては確かに目移りしてしまいますわね」


「可憐で愛らしいエリシアは、どのドレスでも似合うのはわかっているのですが……。どれも似合いそうだと思うと、さらに迷ってしまい……」


 叶うなら、エリシアをここに呼んで、一着一着ドレスを着た姿を見てみたい。

 どの姿も愛らしく、眼福極まりないことだろう。


 が、彼女にそこまでの手間をかけては申し訳ない。以前、二人で王室御用達の服飾店に行った時も、一着ドレスを選ぶだけで疲れていた様子だった。


 これまで『邪悪の娘』と呼ばれていたエリシアは、きっと服飾店でドレス選びをした経験などほとんどなかったのだろう。申し訳ないことをしてしまった。


 だが、色とりどりの布地や美しいレースを目を輝かせて見ていたエリシアの様子を思い出すと、レイシェルトの胸に甘やかな感情が湧き上がる。


 聖女として認められれば、今後エリシアも社交の場に出ることが多くなるだろう。その際はまた一緒にドレスを選びたいものだが、今回はレイシェルトからの贈り物として、エリシアを驚かせたい。


 エリシアが愛らしい面輪を輝かせて喜んでくれるさまを想像するだけで、レイシェルトの胸まではずみ、そわそわと落ち着かない気持ちになってくる。


「確かに、エリシア嬢はとてもお可愛らしいから、どんなドレスでも似合うでしょうね」


 笑んだミシェレーヌ王妃の声に、レイシェルト様は我に返る。


 にこにこと包み込むような笑みでこちらをみる王妃のまなざしに、心の中で考えていたことを見透かされたような気がして、頬に熱がのぼるのを感じる。


「すべてのドレスを……。と言いたいところですけれど、エリシア嬢は謙虚ですもの。きっと遠慮してしまうでしょうね。それに、宣旨の時に着れるドレスは一着だけですし……」


 白魚のような指先を頬に当てた王妃が、ふぅ、と吐息しながら小首をかしける。


「選べないのなら、まずは候補から絞ってまいりましょう。レイシェルト様が特によいとお考えになられたドレスはどれですの?」


「そうですね。わたしは……」


 問われるまま、五着のドレスを選ぶ。


「もしエリシア嬢にふさわしいドレスを、と問われたらこの中のどれかだと思うのですが……」


「ええ、確かにどれも素敵ですわ。どのドレスもエリシア嬢によく似合うでしょうね」


 ちらりと王妃を見ると、すかさず笑顔の頷きが返ってきてほっとする。


「では次に、どの点がレイシェルト様の意に沿わないかを考えてまいりましょう」


 選ばれなかったドレスを片づけている店員に指示し、ミシェレーヌ王妃がひとつめのドレスを広げさせる。


「こちらのドレスはどこが気に入りませんの?」


「全体的なデザインが……。ですが、豪奢なレースはとても素敵だと思うのです」


「確かに、このレースは宝石みたいに素晴らしいですわね。ため息が出るくらい素敵ですわ」


 うっとりとドレスを見やったミシェレーヌ王妃が、次のドレスを提示させる。


「では、こちらのドレスは?」


「袖のデザインはよいのですが、スカートが……。少し、エリシア嬢には子どもっぽいやもしれません」


「聖女として初めて着るドレスですもの。少し落ち着いて清楚なデザインのほうが、貴族達にも好まれるでしょうね」


 三着目のドレスは大胆に襟元えりもとが開いた大人っぽいものだった。


「あら、これは……」


 口元に手を当てた王妃の反応、に頬が熱くなるのを感じながらレイシェルトはあわてて口を開く。


「スカートのレースの重なりが美しいので選んだのです! 決してこのドレスを着てほしいと思ったわけでは……っ! エリシア嬢の肌を他の者にさらすなんて、言語道断ですっ!」


 勢いよく言い切ると、「まぁっ」と目を瞠ったミシェレーヌ王妃の瞳が柔らかな弧を描いた。


 顔が熱い。確かに、このドレスを着たエリシアを見たいと思ったことは確かだが……。余計なことまで口走ってしまった気がする。


「なるほど。レイシェルト様のご意見はわかりましたわ。そうですわね……」


 ひと通りレイシェルトの意見を聞き終えた王妃が、指先を頬に当て小首をかしげる。


「つまり、レイシェルト様はそれぞれのドレスの部分部分は気に入っていても、全体として見るとお気に召さないところや、不満に思う部分があるということですわね?」


「はい、そうなのです」


 本当はエリシアを呼び、一からドレスを作るのが最も彼女の好みにあうドレスができあがるのだろうが、聖女の宣旨は十日ほど後だ。時間があまりないため、今回は既製品のドレスに手を入れるしかない。


 だが、前に一緒に選んだ神前試合の観覧用のドレスの代金は公爵家持ちだったし、今回のドレスは、レイシェルトから初めてエリシアに贈るドレスなのだ。


 これから贈れる機会は何度でもあるだろうが、それでも、できる限り妥協はしたくない。


 と、王妃がにこやかな笑顔でぽんと両手を打ち合わせた。


「では、レイシェルト様の気に入った部分をあわせてしまいましょう!」


「あの、義母上……?」


 王妃が告げた内容がとっさに理解できず、戸惑った声を上げると、


「言葉の通りですわ」


 と王妃があっさりと応じる。


「幸い、どのドレスも白いドレスですから生地もほぼ同じものですし、もともと、エリシア嬢のサイズにあわせて調整することにもなっておりましたし……。一から仕立てるのは間に合わなくても、組み合わせたりレースをつけ足すのは可能でしょう?」


 後半の言葉は服飾店の店長に向けたものだ。

 四十代くらいの女性店長が恭しく一礼する。


「もちろんでございます」


「では、このドレスを主に袖はこちらのものを。レースはあちらのドレスからつけかえて……」


「スカートにも同じレースをあしらうというのはいかがでございましょう。たいへん華やかになるかと存じますが……」


「それは素敵ね! ではそのように」


 レイシェルトが呆気あっけにとられているうちに、王妃と店長がどんどん話を進めていく。


 王妃の指示にあわせて、店長が手にした紙にさらさらと木炭を走らせる。


「レイシェルト様、いかがでしょうか? ご確認くださいませ」


 しばらくのち、店長が描き上げたデザイン画を見た王妃が、レイシェルト様にもそれを差し出す。


 そこには、レイシェルトが思い描いていたドレスが描かれていた。


「はいっ! これで……。いえ、このドレスがよいです!」


 勢い込んで頷いたレイシェルトに、王妃が満足そうに頷く。店長もほっとした顔を覗かせた。


「では、こちらで進めさせていただいてよろしいでしょうか?」


「ああ、頼む。エリシア嬢のために、素晴らしいドレスを仕立ててくれ」


 王室御用達店なら手を抜くことなどありえないと知りつつも、思わずそう声をかけてしまう。


「お任せくださいませ。必ずや、王太子殿下のご要望に適うドレスを仕立ててみせましょう」


 自信に満ちた店長の声に、これでひと安心だと、レイシェルトはほっと息を吐き出した。


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