ジェイスとまじない師エリの出会い その2
「あの、よろしければこちらをどうぞ」
エリが小さな包みのうちのひとつを手に取り、両手でいそいそと俺に差し出す。
「ん? 何だこれは?」
受け取ると軽くて、甘い薫りがふわりと漂う。どうやら中身は菓子らしい。
「私が焼いたクッキーなんです。雑貨と一緒に、ここで販売してもらっているんですけれど……。警備隊のみなさんにはお世話になっていますし、よかったらもらっていただけませんか? その、お口に合うがわかりませんけれど……っ」
おずおずと、エリがヴェールの奥から俺を見上げる。
顔は見えなくても、不安そうにしているのが手に取るようにわかった。
思いついて行動したのはいいものの、よけいなことをしたんじゃないかと心配している……。そんな風に考えているのがごく自然にわかって、無意識に口元がゆるむ。
なんだか小動物を相手にしている気分だ。
最初は妹のマリエンヌを連想させたが、『もうっ! お兄様ったら! せっかく見目は悪くないのですから、もっと着るものに気を遣ってくださいませ! 今日の舞踏会ではわたくしのエスコートをお願いするんですから!』とぽんぽん遠慮なく言うマリエンヌと違い、エリはなかなか内気そうだ。
対応を間違えると心を閉ざしてしまうんじゃないかと、そんな懸念さえ思い浮かぶ。
事情はわからないが、せっかく町人街で店を開いたんだ。商売をしていれば楽しいことばかりじゃないだろうが、最初からつまずいてほしくはない。
「へぇ。クッキーか。甘いものは嫌いじゃない。せっかくだからいただくよ。ありがとうな」
にかっと笑うと、エリが安心したようにほっと息を吐く。
若い店員が驚いたように俺を見ているのは、ふだんは俺がこういう品物を受け取らないと知っているからだろう。
他の隊員にまでは禁じていないが、俺自身はあまり品物を受け取らないようにしている。
付け届けをしているから何かあったときに見逃してもらえると思われては困るし、下手に女性から品物をもらうと、後がややこしいからだ。
が、さすがに俺だって、妹と年の変わらない少女からの厚意を無下にするほど冷たい人間じゃない。
「さっそくひとつもらっていいか?」
「はいっ!」
尋ねると、エリが勢いよくこくんと頷く。
小動物を
紙袋の中からクッキーを一枚取り出した途端、思わず苦い顔になってしまう。クッキーがリリシスの花の形をしていたからだ。
クッキーだけじゃない。よく見ればテーブルの上の雑貨もみんな、リリシスの花をモチーフに使ったものばかりだった。
「あの……?」
俺の表情の変化に敏感に気づいたのだろう。エリが表情を曇らせる。
年下の女の子に気を遣わせるなんて最低だ。
俺は「うまそうだな」と笑うと、クッキーを丸ごと口に放り込んだ。
途端、バターの風味と蜂蜜のほのかな甘さが口の中に広がる。
「うんっ、すごくうまい!」
「よかったぁ~」
エリの愛らしい顔がぱぁっと輝く。
「リリシスの花のクッキーなんて珍しいな」
「そ、その……っ。どうしてもこの形がよくて、型を特注したんです……」
なぜかうっすらと頬を染めてエリが恥ずかしそうに告げる。
わざわざ型を特注するなんて、やっぱりお忍びのお嬢様かもしれない。
というか、こんなにリリシスの花ばかりだなんて……。
なんとなく、心にもやりとしたものが湧き上がる。
リリシスの花が象徴するのは、この国の王太子であるレイシェルト殿下だ。
王城の訓練場で会うたびに剣を打ち交わすレイシェルトは、俺の剣の練習相手であると同時に好敵手でもある。
確かに文武両道に優れ、顔だっていいレイシェルトは、王太子という身分もあって世の女性陣の憧れの的だ。妹のマリエンヌだって、舞踏会や式典で姿を見るたびに、
『レイシェルト殿下って、本当に素敵……っ!』と騒いでいる。
その気持ちはわからなくもないが……。なぜか、妙にもやっとする。
「まあ、リリシスの花のモチーフは好まれるからな。女性客への受けがいいんじゃないか?」
「はいっ! いっぱい売れてくれたら嬉しいです!」
内心を隠すように言った俺に、エリが無邪気な声で大きく頷く。
「クッキー、ありがとうな」
にこりと笑い、紙袋を手に背を向け、俺は巡回の続きに向かう。
近いうちに店主のヒルデンさんにエリが何者が聞かないとな、と思いながら。
のちに俺は、ヒルデンさんからエリが本当はサランレッド公爵令嬢だと知って驚いたり、エリを見ているうちに彼女のが隠している本当の力に気づいたり、レイシェルトを応援しているのがやけに悔しくて一年後の神前試合で全力を尽くしてレイシェルトに勝ったりするのだが……。
その時の俺は、そんな未来が来ることなど、まったく気づきもしていなかった。
おわり
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