54 ただ、心を無にしてお幸せをお祈り申しあげるのみ……っ!


 トーナメント形式で行われる神前試合は、騎士達の戦いぶりに熱い応援を送っているうちに、どんどん進んでいった。


 レイシェルト様の流れるように美しい剣技は、見惚れずにはいられない素晴らしさで……。かぶりつきの特等席で観戦を許してくださった王妃様に本当に感謝しかない。


 ああっ! どうしてこの世界にはカメラが無いの……っ!? と嘆いても、ないものはどうしようもない。


 レイシェルト様の勇姿を心の記憶装置に完全保存して、何百万回と繰り返し思い出して尊さに萌えまくります……っ!


 準決勝でレイシェルト様が戦った相手は、去年、優勝した巨漢の騎士だった。


 試合のため、使われている剣は真剣ではなく刃を丸めているものだが、もちろん当たれば打ち身になるし、場合によっては大怪我を負う。


 レイシェルト様を打ち負かそうと、観覧席にまで風を斬る音が聞こえそうな勢いで剣を振るう巨漢の騎士に、私も王妃様もティアルト様も、果たして怪我無く試合が終わるのかと、血の気を失くしていたほどだ。


 だが、レイシェルト様は引くどころか自ら前へ出て果敢に攻め立て……。


 激戦を制し、なんとか勝利を掴んだ時にはもう、息を詰めすぎていて窒息しそうになっていた。王妃様やティアルト様も同じだっただろう。


 一方、ジェイスさんのほうも力強い戦いぶりで順調に勝ち進み……。


 決勝戦に進出したのは、レイシェルト様とジェイスさんの二人だった。


 どちらも文句なしの美丈夫なので、観戦している令嬢達はそわそわした様子でどちらを応援するかと囁き合っている。


「わたくしはやっぱりレイシェルト様よ! もしレイシェルト様にくちづけを望まれたら……っ! わたくし、歓喜のあまり気絶してしまいますわ!」


「あら、レイシェルト様があなた選ぶなんて思えないけれど。レイシェルト様が優勝されたら、選ばれるのはやはり、セレイア様でしょう? 建国神話でも、勇者様は邪神ディアブルガとの決戦を前に、聖女様に愛を誓ったそうですし……」


「勇者と聖女が愛を誓う……。なんてロマンティックなのでしょう!」


「セレイア様なら、家格も釣り合いますものね……。ああっ、わたくしにも聖女の力があれば……っ!」


「その点、エランド男爵は誰を選ぶか未知数ですわよね」


「やっぱり、娘しかいない高位貴族を狙うんじゃありません? 婿養子むこようしに入れば、一気に出世できますもの」


「では、わたくしにも可能性が……っ! エランド男爵でしたら望むところですわ!」


 決勝戦の準備のため、武具の支度を整えているレイシェルト様とジェイスさんに熱視線を送りながら、期待に満ちた言葉を交わす令嬢達の声は、かしましいほどだ。


 神前試合の優勝者には、望む乙女からくちづけを贈られる権利が与えられる。


 令嬢達が言う通り、レイシェルト様は優勝すれば、セレイアを選ぶだろう。


 レイシェルト様にはもちろん優勝していただきたいっ! けど……。


 ずきずきと、心臓が痛みだす。


 わかってる。こんな風に想う資格なんて、私には欠片もない。面倒くさいオタクはただ、心を無にして、推し様のお幸せをお祈り申しあげるのみ……っ!


「義母上様。ご観戦ありがとうございます。ティアルトも応援ありがとう。声が聞こえていたよ」


 固く目を閉じ、一心に祈りを捧げていた私は、不意に近くで聞こえたレイシェルト様の声に、はっとして顔を上げた。


 想いがこうじすぎたせいでついに幻聴まで――じゃないっ!


 白銀の鎧に身を包んで腰に試合用の剣をき、かぶとを小脇に抱えたレイシェルト様が、王妃様に恭しく話しかけていた。


 決勝戦を前に、挨拶に来られたのだろう。後ろにはスケッチ用だろう紙の束を抱えたロブセルさんが控えている。


 そういえば、王妃様は神前試合が始まる直前、ロブセルさんを呼んで、今日のレイシェルト様の麗しい勇姿を永遠に留めておけるよう、素晴らしい絵画を描くようにとロブセルさんに厳命していた。


 り、凛々しい……っ! まさに光神アルスデウス様の勇者にふわさしいお姿です……っ! 王妃様がロブセルさんに命じるのも納得です……っ! このお姿は永久保存しておかなくては……っ!


 背中から後光が差していて、まぶしくて正視できません……っ! ああっ、でも、またたきもしないでそのお姿を脳内に焼きつけたい……っ!


 はっと我に返った私はあわてて立ち上がるとスカートをつまみ、膝を折ってこうべを垂れる。私の隣で、王妃様が華やいだ声を上げた。


「レイシェルト様、決勝進出おめでとうございます。義母として鼻が高いですわ。決勝戦も、ぜひ勝利を収めてくださいませね」


「お兄様、頑張ってくださいっ! 僕、精いっぱい応援します!」


「ありがとうございます、義母上。ティアルトもありがとう」


 王妃様に一礼したレイシェルト様が、次いで、まだ鎧用の手袋をつけていない手で、ティアルト様の頭を優しく撫でる。


 はぅわっ! ティアルト様に向ける慈愛の笑みが尊くて、くらくらしちゃいます……っ!


「エリシア嬢も、それはそれは熱心にレイシェルト様のことを応援してらしたのよ」


 不意に、王妃様が私の手を取り、水を向ける。


 思わずといった様子で、こちらへ視線を向けたレイシェルト様の端正な面輪が、私を目にした瞬間、強張った。


「それは……。お礼を言わないといけないね」


 答えつつも、レイシェルト様のまなざしは決して私を見ようとしない。


「い、いえっ! お気になさらないでくださいませっ! 私が勝手に応援させていただいているだけでございますから……っ!」


 震え、涙がこぼれそうになる声を必死に抑えつけて、かぶりを振る。


 申し訳ございません……っ!これ以上、レイシェルト様にご迷惑をかけぬよう、叶うことなら今すぐちりとなって消え去りたいです……っ!


「エリシア嬢……」


 レイシェルト様が何と言えばわからないと言いたげに、困り果てた声を出す。


 その声を聞くだけで涙があふれそうになり、私はぐっと唇を噛みしめてうつむいた。


 王妃様もまた、困ったように吐息する。


「もう、レイシェルト様ったら……。いい加減、素直にご事情をお教えくださいまし。わたくしの大切なお二人がそのようなお顔をしているなんて……。わたくしの心まで痛くなってしまいますわ」


「その……」


 王妃様の言葉に、レイシェルト様の面輪が歪む。と。


「王太子殿下は、わたしに気を遣ってくださっているのでしょう。何せ、エリシア嬢はわたしが選びたい乙女ですから」


 よく通るジェイスさんの声が響く。驚いて振り向くと、鎧姿のジェイスさんが王妃様の天幕へと歩いてくる姿が見えた。

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