53 後悔しないように話し合わなくてはね
「セレイアちゃん!? まさか本当に……っ!?」
「嫌ですわ、お母様。邪悪の娘がわたくしを陥れようとする妄言に惑わされないでくださいませ。ご心配なく。ちゃんと大役を果たしてみせますわ」
遠ざかるセレイアとお母様の会話がかすかに聞こえる。
確かに、ぱっと見ただけなら、誰もセレイアの不調に気づかないだろう。
「わたくし達も行きましょう。心配なら、最前列でセレイア嬢を見守ればいいわ。わたくしも、無理をさせぬよう、気を配っておくから」
「い、いえっ、私は後ろで見守らせていただきます!」
手を引いて促す王妃様に、ぶんぶんとかぶりを振る。
ついさっき私を見たレイシェルト様の強張った表情が、脳裏から離れない。
「大切な神前試合を前に、レイシェルト様のお心にご負担をかけたくないのです……っ!」
声が震えて、涙がにじみそうになる。
私の存在がご不快なせいで、もしもレイシェルト様が力を十分に発揮できなかったら……っ!
推し様にご迷惑をおかけするなんて、万死に値する罪ですっ!
「王妃様、申し訳ございません。やっぱり私……」
「だめよ!」
私が言わんとしたことに気づいたのだろう。王妃様が厳しい声で遮る。私を見つめるまなざしには、強い光が宿っていた。
「あなたとレイシェルト様の間に、何があったのかは知らないわ。けれど、逃げるのはだめ。あなたのレイシェルト様への想いは――そんなに簡単に捨てられるものなの?」
「いいえっ!」
考えるより早く、声が飛び出す。
「そんなこと不可能です! レイシェルト様は私の何よりも大切な推し様で、私のすべてで……っ!」
「そう。それだったら」
王妃様が包み込むような慈愛の笑みを浮かべる。
「決して後悔しないように、ちゃんと話し合って仲直りをしなくてはね」
「で、ですが……」
やっぱりレイシェルト様のご迷惑にしかならないのではないかと思うと、ふんぎりがつかない。
と、王妃様が「もうっ!」と
「これは王妃命令です! あなたは今日は、わたくしの天幕で一緒に神前試合を観戦して、レイシェルト様を応援すること! そして、神前試合が終わった時にこそ、ちゃんとレイシェルト様と話し合いをなさい! これは先ほども言ったように、わたくしの公務への張り合いにも関係してくる重大事なのですからね!」
「は、はいっ!」
王妃然とした高圧的な物言いに、反射的に背筋を伸ばして頷くと、王妃様が満足そうに頷いた。
「それでいいわ。セレイア嬢の儀式の間は、わたくしの天幕で休んでらっしゃい。貴族達から好奇の視線を浴び続けるのは負担でしょう。神前試合が始まったら、みな試合に夢中になって、あなたを気にするどころではないでしょうから……。安心して、セレイア嬢のこともちゃんと気にかけておくから」
「王妃様……っ。ありがとうございます。本当に、なんとお礼を申しあげればよいのか……っ!」
王妃様の優しさに、心の中にあたたかな感情があふれてくる。
レイシェルト様が私を許してくださるとは思えない。
けれど、私などのためにこんなに尽力してくださる王妃様のお心に応えなくては
王妃様のお力でレイシェルト様とお話しする機会が得られたら、心からお詫び申しあげよう。
許していただけるとは思わない。ただ、心から謝罪して、少しでもレイシェルト様の気持ちを晴らすことができたら、もうそれだけでいい。
たとえそれで、レイシェルト様に絶縁を言い渡されたとしても……。
身が裂かれるほどつらくても、それが推し様の安寧のためだというのなら、耐えてみせる!
王妃様の指示を受けた警備隊員に見守られながら、天幕で祈りの儀式が終わるのを待つ。
ここからではセレイアが祈りを捧げている姿は見えないけれど、セレイアのことだ。きっと、立派に聖女としての務めを果たしているだろう。無理をして体調が悪化していないかだけが心配だけれど……。
しばらくすると、神殿から参列していた貴族達が出てくる。セレイアの祈りは無事に終わったらしい。
誇らしげに顔を輝かせ、神殿の
騎士達や貴族達達が居並ぶ中、闘技場の中央に進み出た陛下が神前試合の開会を宣言し、競技が始まる。
「うふふ。今年はどんな熱い戦いが見られるのか楽しみね!」
天幕で私の隣に座られた王妃様が、口元をほころばせる。
「エリシア嬢! 一緒にお兄様を応援しましょうね!」
「はい……っ!」
王妃様を挟んですわるティアルト様の明るい声に、大きく頷く。
レイシェルト様……っ! せめて今だけは、レイシェルト様の勝利を心からお祈りさせてくださいませ……っ!
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