34 もしや、そちらにいらっしゃるのは……っ!?


 この感情には覚えがある。


 そう! 推し様がドラマでラブシーンを演じるとわかった時と同じ……っ!


 単なる一ファンにどうこう言う権利なんてない。むしろ、ふだん見れない表情をお見せくださりありがとうございますっ! って伏して感謝を捧げるところ……っ! なんだけど! でも……っ!


 どこかのお美しいご令嬢がレイシェルト様の頬にくちづけるかと思うだけで、どうしようもなくもやもやしてしまうのもまたオタクのさが……っ! うんっ、自分でも面倒くさいオタクだって自覚はあるけど!


 でも、レイシェルト様に今現在、婚約者はいらっしゃらないし、王妃様の今の反応を見るに、きっとレイシェルト様が優勝されたら、祝福を授けてほしいと指名される相手は王妃様なんだろうなぁ……。


 うんっ! 心友である王妃様なら、私も心の底から祝福の拍手を送れる! 大丈夫! 問題なしっ!


「私も、レイシェルト様のご優勝を心からご祈念申しあげます」


 真摯な想いとともに告げると、レイシェルト様が破顔した。


「きみにそう言ってもらえるなんて、誰に応援されるより嬉しいよ。きみに応援してもらえたら百人力だ」


 ま、まぶしい……っ! 輝くような笑顔に目がくらんじゃいます……っ!


 ほぅっ、と感嘆の吐息をこぼしたのは王妃様だ。


「鎧を纏って戦われるレイシェルト様は、さぞかし素敵でしょうねぇ。ロブセル、レイシェルト様の次の肖像画は、鎧姿のものにするのでしょう?」


 異論は認めないと言いたげな口調で、王妃様がレイシェルト様の供として一人だけ付き従っていた赤毛の青年に問いかける。


 青年が答えるより早く、私は身を乗り出していた。


「も、もしや、そちらにいらっしゃるのは宮廷画家のロブセル様なのですか……っ!?」


 両腕にスケッチらしき紙の束やペンを持ってるので、もしかしたらと思っていたけれど……っ!


 思わず大きな声を発してしまった私に、整った顔立ちの青年が驚いたように目を瞠る。


「し、失礼いたしました。お初にお目にかかります。私、サランレッド公爵家のエリシアと申します……」


 あわてて一礼した私に、


「あ、あなたが……っ!?」

 と青年がかすれた声を上げる。


 次いで彼の目に浮かぶだろう嫌悪のまなざしを予想して、胸がつきりと痛くなる。


 レイシェルト様も王妃様も、お人柄が高潔ゆえに、邪悪の娘である私にもふつうに接してくださるけれど、そんな方は稀有けうだ。


 いま、同じテーブルにいられること自体が奇跡なのだと、忘れてはいけない。


 と、青年が恭しく頭を下げた。


「申し遅れました。わたしは宮廷画家のロブセルと申します。どうぞ、以後お見知りおきを」


 芸術家らしい繊細で整った面輪を上げたロブセルさんが、私を見つめて感じ入ったように吐息する。


「先ほどは失礼いたしました。まさか、エリシア様にお会いできる幸運に恵まれるとは思ってもおらず……。噂には聞いておりましたが、本当に見事な黒髪と黒い瞳でいらっしゃるのですね……」


「も、申し訳ございません。ご不快でしょう?」


「そんなことはないっ!」

「いえっ、とんでもございません!」


 詫びた私の声に、レイシェルト様の美声とロブセルさんの声が重なる。身を乗り出したレイシェルト様が、膝の上に揃えていた私の手を握りしめた。


「不快だなんて、とんでもない。きみのつややかな髪も澄んだ瞳も、とても綺麗だ。確かに、黒は珍しい色だが……。それだけを理由にさげすまれるなど、看過できることではない。きみはもっと自信を持って、己を大切にするべきだと思うよ」


 真摯なレイシェルト様の声。


 あの……っ、自分を大切にするどころか、間近に迫ったレイシェルト様のお顔が尊すぎて、心臓が爆発四散しそうなんですけれど……っ!


 レイシェルト様の公明正大さに感動するより、心臓のどきどきが激しすぎて、応えるどころじゃない。


 代わりとばかりに、ロブセルさんが大きく頷いた。


「わたしも、エリシア様の黒髪は希少でとてもお美しいと思います!」


 緑色の瞳に強い光を宿して声を上げるさまは、レイシェルト様に追随ついずいしたお世辞ではないと私でもわかる。と、線の細い整った面輪を紅潮させ、ロブセルさんがずいと身を乗り出した。


「あの……っ! わたしにエリシア様の肖像画を描かせていただけませんか!?」


「えっ!?」


 思いもかけない申し出に思わず固まる。ロブセルさんが身を乗り出したまま、熱心に言い募った。


「幸いにも宮廷画家の一人として取り立てていただけましたが、わたしはもっともっと己の腕を磨きたいのです! 勇者の血を受け継がれる王家の皆様をさらに輝かしく描くためには、光だけでなく、陰影をあざやかに描く技術も学ばねばと痛感しているのです! ですが、残念ながら、練習しようにも黒髪のモデルは皆無でして……っ! 急にこんなことをご依頼する非礼は、重々承知しております! ですが……。お願いです! どうか、わたしにエリシア様を描かせていただけませんか!?」


 ロブセルさんが身を二つに折るようにして深く頭を下げる。


 最初の印象は、芸術家肌で繊細そうな方だと思ったけれど……。中身はかなり情熱的らしい。言葉からも声からも、並々ならぬ熱意が伝わってくる。


 きっと、これほどの向上心がなければ、若くして宮廷画家にはなれないのだろう。


 急な申し出には驚いたけれど、レイシェルト様の素晴らしい肖像画を描くための練習台になれるというのなら、これほど光栄なことはない。


 邪悪の娘と蔑まれてきた私の黒髪が役に立つというのなら、いくらでも協力いたしますっ!


 何より。


「あの、ひとつ確認させていただきたいのですが……」



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