32 俺は遠慮なんかしねぇからな


「エリ……っ!」


 告げた瞬間、強く手を握られる。


「きみは、本当に……っ」

 低い呟きを洩らしたレイ様がテーブルに身を乗り出す。


 空いていたほうの手が、私のフードの中に忍び込み、指先がそっと頬にふれ――。


「てめぇっ! エリに何してやがるっ!?」


 突如響いたジェイスさんの声に、レイ様の動きが止まる。


 ずかずかと荒れた足音でテーブルに歩み寄ったジェイスさんが、引きちぎるようにレイ様の手を振りほどいた。


「てめぇっ! なんで今週も来てやがる!?」


「きみに言われたくはないな。きみこそ、いつもやって来て……。職務放棄じゃないのかい?」


 手近なテーブルの椅子を引っ張ってきて間にどかっと座ったジェイスさんを、レイ様が冷ややかに睨みつける。


「俺は見回り中だよ! お前みたいな不埒者ふらちものがよからぬことをしないようにな!」


 苛立たしげに言い返したジェイスさんが、やにわに私を振り向く。


「大丈夫か? こいつにつきまとわれてねぇか? 何かあってからじゃおせぇんだ。今すぐこいつをしょっぴいてやろうか?」


「だ、大丈夫ですよ! そんな必要ありません! そ、それより……」


「お前のためなら、多少の罰を食らおうと……」

 と何やらぶつぶつ言っているジェイスさんに、気にかかっていたことを尋ねる。


「邪教徒の根城に突入したと聞きましたけれど……。大丈夫だったんですか?」


 レイ様もジェイスさんも、どこか怪我をしているようには見えない。


 けど……。お茶会の日に話を聞いて以来、二人の無事な姿を見るまで、ずっと心配していたのだ。


 私の問いかけに目を見開いたジェイスさんが、レイ様を睨みつける。


「お前……! エリに言ったのか!? 余計な心配をさせてるんじゃねぇよっ!」


「ち、違うんです! 私が頼んで教えていただいたので……っ。その、喧嘩の仲裁に入るジェイスさんと別れたきりだったので、心配で……」


 レイ様に食ってかかるジェイスさんをあわてて押し留める。


「エリが、俺を……?」


 なぜか急にジェイスさんの表情がわずかに緩む。レイ様が冷ややかな声を放った。


「妙な誤解をするな。別に、エリはきみだけの心配をしていたわけじゃない。わたしのことも、それはそれは心配してくれたんだ」


「はんっ、嫉妬は見苦しいぜ。それはつまりアレだろ。エリにはそれほどお前が頼りなく見えてたってコトだろう?」


「何だと? 言わせておけば……っ!」


 レイ様とジェイスさんが睨み合う。


「ちょっと!? 二人とも急にどうしたんですか!?」


 どうやら、二人はあまり相性がよくないらしい。一緒に突入した仲だというのに、本当に大丈夫だったのかと心配になる。


「それで……。首尾はどうだったんですか? 邪教徒達は……。捕まえられたんでしょうか?」


 二人の顔を見ながらおずおずと問うと、途端にそろって苦い顔になった。


「一応、邪教徒どもがふるまっていた酒は確保できたんだが……」


 ジェイスさんが歯切れ悪く切り出す。続いて口を開いたのはレイ様だった。


「残念ながら、捕らえられたのは下っ端ばかりでね。よどみを集めた魔石や、計画の全貌を知る上位の者は捕まえられなかったんだ」


「俺はひょっとすると、密告があって、踏み込んだ時にはもぬけの殻になっている可能性も考えたんだけどな」


 ジェイスさんが挑むようなまなざしをレイ様に向ける。レイ様が応じて睨み返した。


「どうやらその目は硝子玉がらすだまのようだな。わたしが邪教徒などと通じるわけがないだろう?」


「……ああ。一緒に戦って、その可能性はないとわかったよ。……ったく。お前の剣筋を見なけりゃあ、不審者としてしょっぴいてやれたってのに……」


 ジェイスさんが心底残念そうに嘆息する。

 レイ様がわずかに表情を緩めた。


「一応、きみにも礼を言っておくべきかな」


「いらねぇよ、そんなもん!」

 はんっ、とジェイスさんが鼻を鳴らす。


「言っておくが、俺は遠慮なんかしねぇからな」

「望むところだ。正々堂々、受けて立つよ」


 二人の視線が交差する。


 まるで、不可視の剣を打ち交わすかのような鋭いまなざし。


 突入した時に、二人の間で友情が結ばれるような何かがあったのかもしれない。

 というか……。


 はぅ~っ! 仮面をつけて凛々しいお顔のレイ様も素敵すぎます~っ! はぁ~っ、眼福~っ! 尊い~っ!


 心の中で、両手を合わせて拝ませていただきますっ!


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